第14話・冷酷、空き缶。
「もう間も無く着きますよ」
そう口にしながら蘭は廊下を右に曲がる。
乙女とラヴがそれに続くと、視界の端に自販機が映った。
(あれ、エナドリだけ売り切れてるし……)
一瞬目を向ければ、エナジードリンクの真下には『只今売り切れ』と赤文字で表示されている。
乙女の前を歩いていたラヴが、自販機を見て元気に声を上げた。
「あっ! そーだ、後でサイダーでも買おっと」
「白羽さんにも処理をお願いするので、そんな時間はありませんよ」
蘭の無慈悲な発言を聞いて、ラヴは肩を大きく落として項垂れる。
その滑稽な仕草に、乙女はふっと視線を逸らした。
「飲みたかったなぁ……キンキンに冷えたやつ」
速度を緩めず歩いていく蘭の後を、ラヴは文句を垂れながら、乙女は無言で着いていく。
そこから数秒ほど進んだ先、廊下の突き当たりまで辿り着いた。
歩いていた蘭が立ち止まり、ゆっくりと口を開いた。
「着きましたよ千桜さん。ここが課長室です」
足を止めた乙女の目の前に、『魔法少女課・課長室』と書かれた紙が貼られた、1枚の扉が佇んでいる。
傷ひとつ無いその見た目から重厚感が体に伝わり、思わず唾を飲み込んだ。
「それでは、私と白羽さんはもう行きますので。頑張ってください、千桜さん」
「あぁ、はい……えっ」
「うぅ……乙女っちを1人にするのは。でもごめん、うちも無理! が、頑張ってね!」
「え……?」
こちらを向いた2人が、そう口にしながら後ずさっていく。
乙女は小さく声を漏らしながら、離れていく2人を交互に見る。
「ここから、私1人?」
「「はい」」
ゆっくりと問いかければ、ラヴと蘭は間髪入れずに頷く。
1度唾を飲み込み、数秒ほど黙ってから口を開いた。
「……ほんとに?」
「「本当です」」
返ってきた言葉に、乙女はゆっくりと右に視線を逸らす。
首元に手をやりながら、か細い声を出した。
「じゃあ、頑張り……ます」
こちらに一礼すると、蘭は背中を向けて去っていく。
ラヴは「頑張ってね〜」と声を掛け、手を振りながら蘭を追っていった。
2人の姿が見えなくなり、数秒ほどして足音が完全に聞こえなくなる。
乙女は扉の方に視線を向けて、大きく溜め息を吐いた。
「冷酷、冷酷ねぇ……」
冷酷だが残酷ではない。
どこかで耳にしたことがある言葉が、ふと頭に浮かぶ。
(命の危険、は無いだろう)
ある種の精神安定剤かもしれない。
早くなるまばたきを、目元を手で押さえて止める。
「言い換えるなら、機械人間みたいなもの。心配は要らないかな」
乙女は独り言を呟きながら、右手を前に出す。
そのとき、誰かに見られている感覚がした。
「気のせい、か……」
振り向いてみれば、そこには廊下と自販機のみ。
(これは、変に神経質になってるな。良くない良くない)
頭を振って、引っ込めた右手をもう1度前に出す。
おもむろに取手を掴み、そして、勢いよく押し開いた。
木材の軋む静かな音が耳に入ってくる。
まず視界に飛び込んだのは、部屋の惨状だった。
床一面に、資料らしき紙と空き缶が散らばっている。
壁際のハンガーラックには、何着ものスーツが掛けられている。
真ん中に置かれたデスクの上、そこに置かれたパソコンに向かう1人の女。
激しくキーボードを叩く音が部屋の中で反響していた。
乙女は息を呑み、女の容姿を観察する。
肩の辺りで雑に切られた、真っ白く傷んだ髪。
人形のように整った顔に見える、目元の酷いクマ。
充血した瞳は、モニターを見つめ激しく左右に動いている。
凄まじい剣幕に圧倒されながら、乙女が1歩部屋に入る。
そのとき、踏み出した足が何かを下敷きにし、乾いた金属音が響いた。
足元に視線を落とせば、少し凹んだ空き缶が転がっている。
銀色の缶に赤色で絵が描かれている、有名なエナジードリンクの缶だ。
「気にするな。片付けが済んでいないだけだ」
突然声が聞こえ、乙女は反射的に顔を上げた。
目の前には、変わらずキーボードを叩く女の姿。
視線はモニターに釘付けであり、こちらに気付いていないように見える。
乙女が声を出そうとした直後、女の口が開かれた。
「千桜 乙女、年齢は16。花酔東高等学校第1学年生。クラスは4で、出席番号は28番。間違いは?」
今度は、乙女が大きく口を開く番だった。
何度もまばたきをして、右足を1歩だけ後ずさる。
(知られてる、か。なんというか……気味が悪いな)
視線を女に固定して、スッと目を細める。
ごくりと溜まった唾を飲み込み、慎重に声を出した。
「あー、はい。間違いない、です……よくご存知――」
「早速だが、能力名とその詳細の説明をしてくれ」
乙女の言葉を遮って言い放つと、女は手を止めてデスク上の缶を掴み、勢いよく煽った。
爪痕のようなイラストが印刷された缶、今度もエナジードリンクだ。
女の様子に絶句しながら、乙女は尋ねられた内容を反芻していた。
(能力……能力、私の……?)
自分が魔法少女になった、その自覚は既に持っていた。
ただ、肝心の能力については認知はおろか、考えることすらしていなかった。
(この質問に、なんて答えるべきだ……)
数秒ほどの沈黙の後、乙女はゆっくりと口を開いた。




