第10話・トップランナー
「頭、上げてもらってもいいっすか?」
冷めた目線をラヴに向けながら、乙女は吐き捨てるように呟く。
「で、でもでも……」
「でもじゃないです。私、普通に生きてるし」
ラヴが、まだ何か言いたげに目を動かす。
キッと乙女が睨み付けると、彼女はさらに小さくなった。
「それで、私は今からどうすれば良いんですか?」
ため息混じりに問いかける。
ラヴは勢いよく頭を上げると、正座をしたまま口を開いた。
「乙女っちは新人さんなのでー、なんと協会まで来てもらいまーす」
万歳をしながら笑顔を浮かべるラヴ。
彼女を横目に、乙女は口に手を当てながら考える。
(魔法少女協会……どうするか)
魔法少女協会――
今から40年ほど前、魔法少女らによって設立された民営組織。
一般的に全ての魔法少女が所属している。
現在、その総数はおよそ――
800名。
逃げ切るなんて、夢のまた夢。
(大人しく連れてかれた方が、たぶん良いな)
原則として魔法少女は、協会への所属が義務付けられている。
中学の頃、公共の授業で習ったことだ。
乙女は両手を前に差し出し、手首を揃えながら呟いた。
「どうぞ、お好きなように」
「いやいやいや、別に逮捕する訳じゃないよ! 後輩が増えるのは大歓迎だからね」
ラヴが脚力だけで跳ねるように立ち上がる。
すぐさま乙女に近付いてくると、一瞬のうちに両手を掴み、振り回すように握手をしてくる。
(力が凄いな……腕が持ってかれそう)
鈍い腕の痛みに顔をしかめる。
数秒ほど好きなようにさせていると、ラヴが勢いよく話し始めた。
「よーし! それじゃ、協会まで案な……はっ、忘れるとこだった!」
突然、きょろきょろと周囲を見渡す。
すると何かを見つけたように、小走りで一直線に向かった。
「えっ、ちょっと。急にどこ行く……」
「うち魔石回収頼まれてた! それだけ拾っちゃうね!」
ラヴは振り返るとそう告げて、その場にしゃがみ込んだ。
不思議に思い、彼女の背中まで近付く。
地面を見下ろしてみれば、そこには鈍く輝く黒色の何かがあった。
「あぁ、テレビで見たことあるやつ」
縦に鋭く割れたような2つの塊。
その側には、この塊を擦り潰したような粉が砂に混じっている。
(これが魔石……実物を見ても、そんな感動しないな)
乙女も同じようにしゃがみ込むと、黒い粉末を指で摘む。
親指と人差し指を離せば、サラサラと落ちていった。
「これを回収すれば………………あの?」
声を掛けながら横をみれば、目をまん丸と開く彼女の姿が目に映る。
ラヴは何度もまばたきをしてから、チラッと乙女の方を向く。
そしてすぐに顔を戻すと、力を抜いたように俯いた。
左手をゆっくり動かして、目元を覆い隠す。
「う〜ん……乙女っち、またまたちょっと待ってねぇ」
ラヴが、どこかトーンの落ちた声で話す。
そのままスマホを取り出すと、操作をしてから耳に当てた。
「あ、さっきぶりさっきぶり〜」
立ち上がり、乙女に背を向けて話し出す。
微かな声がスマホ越しに聞こえるが、何を言っているかは分からない。
「その通り〜。蘭っちは話が早いね」
ラヴは魔石の方を振り向き、すぐに顔を前に戻した。
「簡単に言っちゃえば……魔石が2つある。ね! 乙女っち!」
「えっ? あ、そうなん……です?」
突然の問いかけに、困惑の声を漏らす。
乙女の反応に満足したのか、ラヴはすぐに話を続けた。
「これは緊急事態ですよー蘭っち。うち、もう衝撃でぶっ倒れちゃうよぉ」
どこか空回ったテンションで喋るラヴの姿が、乙女の視界に映る。
再び魔石に視線を移して、半分になった欠片を手に持った。
濁った表面は滑らかなのにざらついており、手のひらにずっしりとした重みを覚える。
(ガラスみたいなくせに……少し面白いかも)
乙女がじっと見つめていると、ふと脳内に映像が浮かび上がった。
薄汚れた黒板に、それを眺める人の列。
いつかの教室の風景だった。
チョークを握る先生と目が合い、彼女は口を開いた。
『魔物は心臓に近い器官を持っています。千桜さん、何か分かりますか?』
『魔石です』
記憶の中の自分が、静かに返答する。
『その通りです。1体の魔物には、1つの魔石しか作られません。人間の心臓と非常に似ていますね』
つまり、これは異常事態だ。
手の中で魔石を転がしながら、乙女は理解する。
空いた左手で、魔石の粉を撫でるように触る。
(簡単に言っちゃえば、面倒なことに巻き込まれた……ってことか)
記憶から意識が浮上してくると、ラヴの声が徐々に聞こえてきた。
「はーい。それじゃ、本部まで持ってきますね〜。蘭っちも、分析の方に連絡お願いしまーす」
スマホを耳から離し、ドレスの内側に仕舞い込む。
そのまま振り向いて乙女を見ると、口元に笑みを浮かべた。
「いやー、心配させちゃったね。ほれ、うりうり〜」
首筋に左手をやりながら、右手で乙女の髪を撫でる。
乙女はすぐさま払い退けると、ラヴの目を見て口を開いた。
「大丈夫なら良いですけど。じゃ、協会まで連行ですか?」
「だからしないって! よーし……」
乙女に優しくチョップをすると、大きく背中を伸ばした。
ぶんぶんと腕を振り回し、その場でクラウチングスタートの構えを取る。
「えーと、何してん……ですか?」
「ダッシュで向かうから、頑張って付いてきてね!」
彼女の突然の行動に、乙女が首を傾げて尋ねる。
跳ねるような声で答えた直後、ラブは勢いよく地面を蹴った。
砂埃が舞い上がり、一瞬にして姿が見えなくなる。
数秒ほど消えたラブの背中を眺め、乙女は顎を大きく開いた。
「いや、意味わかんないって!!!」
魔法少女レースが、唐突に始まった瞬間だった。




