94 船の上の後継者
「おかしいな……どういうつもりだ……?」
イライラとした口調で、ズーは舵を指で叩く。
その視線は前方にある船に向けられている。
「どうしたんですか、あの船が何か?」
「さっきから進路を譲ろうとしねーから、こっちが方向を変えてやったんだよ。そしたらほら……進路をまっすぐにこっちに向けてやらあ」
……本当だ。
たまたま航路が被ったにしては、まっすぐこちらに向かい過ぎている。
と、イライラしながらズーが望遠鏡を覗くと。
「……やっぱり旗が上がってねぇな? てめえら、臨戦態勢を取れ!」
ズーの号令に、船内が一気に緊張する。
ぐんぐんと近づいて来るその船には、やはり旗は上がっていない。
明らかに、単なる通商船ではない。
「しかも覆面かよ、武装もしてるし……数は百以上だ、武器庫からモノを出せ! 急げ! じきに衝突する――!」
あわただしくなった船上で、獣人たちが走る。
ろくな準備もできないままに、船はぐんぐんと近づいて来て……
「お、おい、来るぞ! ぶつかる――っ!」
ぐ……っ!
衝突と共に、衝撃で俺は甲板を転がる。
せき込みながら見上げると。
「の、乗り込んでくる! 迎え撃て……!」
一糸乱れぬ動きで次々と海賊船に乗り込んでくる、覆面を被った獣人たち。
なんでコイツら、ピンポイントでこの船を襲って……⁉
刃を掲げる覆面達に、すぐに海賊たちが応戦する、が……!
「クッソぉ……! ボスが居れば、こんな奴ら……!」
数が多すぎる。力自慢の海賊たちも、この数を相手にするのは……!
相手も戦闘のプロだというのに、海賊たちは二対一、悪ければ三対一の状況でなんとか渡り合っている。
「……るあぁっ!」
海賊は馬鹿力で覆面を海へ投げ飛ばす。
が、その隙に刃を突き立てられる。
血を流し、傷だらけになり、それでも怯まずに立ち向かう。
これは……手段を選んでる場合じゃない……!
『衝撃波』……!
逃げまどうアニマに突き刺さるところだった剣を、奇跡で弾き飛ばす。
出し惜しみしてる場合じゃない!
ここは、どんな手を使ってでも……!
「あ、アニマを守れ……! ばらけるな、固まれ……!」
「がッ……!」
一人、また一人と倒れていく。
船の中央でアニマを囲うように戦う海賊たち。
が、覆面達の連携に、消耗していく。
何とか、この陣形を維持しないと。
どこにも穴を作っちゃだめだ、奴らの狙いは……!
俺は身に迫る刃を吹き飛ばそうと『衝撃波』を念じ……
き、奇跡が、出な……!
「ああああぁ……ッ!」
突き出した手に刀が突き刺さる。
痛い、痛い痛い痛い……!
くそっ、何でこんなことに……!
「あ、危ねぇ! アニマ……ッ!」
声が上がって、息が止まる。
痛みに怯んでいるうちに、後ろがガラ空きに……
「ズ、ズーさん……⁉」
アニマくんの悲痛な叫びに、言葉を失う。
庇うように差し出したズーの左胸に、覆面の獣人の剣が深々と突き刺さっていた。
変えようのない残酷な光景に、思わず放心状態になっていると。
ピーっと、甲高い笛の音が鳴った。
ズーの周りの血だまりが広がっていくように、覆面の獣人たちは散ってゆく。
ものの数十秒で、覆面達は船上から姿を消した。
その意味を考えるより先に、倒れ込んだズーの元に駆け寄ると。
「ごめ、んなぁ……。ボスが、いりゃあ、こんなことにゃ……」
そん……な……
せき込むズーのくちもとから、ごぼりと血が流れ出る。
命が流れ出ていく、不可逆の変化に誰も何もできない。
「でも……アニマ、お前が無事でよかっ、た……」
薄く目を開けるズーに、屈強な海賊たちが目を瞑って悼む。
その静寂を切り裂くように、アニマがズーに縋りつく。
「ち、違うんです! 生きなくちゃいけないのは、ズーさんの方なんです……!」
な、何を言って……?
穏やかな表情で沈みゆくズーの瞼が、僅かに開く。
「ぼ、僕は、王家の血筋を引いてなんかいません……! お、王家の血筋を引く者は、僕じゃなくて……ズーさん、あなたなんですよ……!」
その声はもう、届かない。
俺はぼんやりと、前に抱いた違和感について思い出していた。
ウルグガルグ内戦は、ズーが子供の頃に終結したもの。
それに対し、アニマがウルグガルグから出たのはたった三年前のことだ。
「だから、ズーさんが生きててくれなくちゃ……。死ぬべきは僕、だったのに……!」
冷たくなった亡骸に縋りつくアニマは、大粒の涙をこぼす。
ズーの心臓を貫いた瞬間に、覆面達が引き上げて言った理由も、これで分かった。
彼らは、ウルグガルグ王の血筋を絶やした。
ゲティアの命運も、ここで尽きた。
―――――――――――――
「血は絶えた。ウルグガルグへ向かう船の上で、ウルグ王子を襲撃し、その死亡を確認した。しかし……一つおかしな報告を受けてな」
暗い部屋のなかで、猿轡をかまされた獣人に言い聞かせるように言葉を続ける。
「送った暗殺者たちの話では……海賊たちは、アニマという名のサピアの少年を守るように戦っていた……と。おかしな話だ、後継者はズーと呼ばれる海賊の一員のはずなのに」
「…………っ!」
縛られた獣人は、がたがたと椅子を揺らす。
抵抗むなしく、その拘束はビクともしない。
「ゲティアの調査をしているとニーア、お前の行動に不審な点がいくつか見られてな。……念のため、嘘の情報をいくつか与えて様子を見ていたのだ。例えば……アニマ少年こそが王家の血を引く者だ、などと」
その言葉に、獣人は目を見開いた。
観念したように抵抗を辞め、相手を睨みつける。
「お前が余計なことをしたせいで、仕事が増えてしまった。だがまぁ、一つ鼠を駆除できたとも言えるか。既に情報の裏取りは済んでいる」
ゆっくりと歩みを進め、獣人の目の前に刃を突き立てた。
「裏切者には、死を」




