67 大賢者様
「無理ね」
「……はい?」
「無理って言ったの。ユゴルアは今、エンデと協定を結んでんだから。ゲティアとはどうやったって商売してくれないわ」
そ、そんな……
グラシア様は執務机に座ったまま、目線も上げずにそう告げる。
「きょ、協定を? 貿易の独占みたいなことをしてるってことですか……?」
「そういうこと。王国は正当な理由を持ってゲティアと戦争をしてる……って建前なんだから、悪であるゲティアと取引はできないでしょ?」
嘘……だろ……?
絶句する俺に、グラシア様はペンを走らせる手を止めて
「ほら、港でも最近ユゴルアの船を見ないじゃない? ユゴルアが本当に火薬を持っているかどうか以前に、通商が禁じられてるんじゃどうしようもないわ」
――――――――――――――――――――
……まずい。
あさはかな考えで過去に戻ってしまったものの、その構想は一瞬で打ち砕かれた。
この遡行が無駄になったってことは……残数はもう5回しかない。
そんな絶望をかかえたまま、俺は教皇室を出ると。
「―――――! ―――――――!」
……なんだ?
廊下では、一人の少女が兵士――ユギルに取り抑えられていた。
「――教皇室に許可なく立ち入ることはできない! 貴様、何をするつもりだった!」
「ご、誤解だよ! 教皇室へ入ろうとしたのは、盗まれた本を取り戻すためで……」
「盗まれた本? そのようなものが教皇室にあるはずが無いだろう!」
「で、でも、もの探しの奇跡はそれを示してて……あ、あれ? キミは……?」
なに? マジでどういう状況……?
取り押さえられていた少女は、こちらを見上げると眼を見開き。
「あ、あのときの魔導書どろぼう! やっぱりここで間違いなかったんだ……!」
俺を指さして失礼なことを大声で言う少女に、ユギルが押さえつける手を強める。
「ど、泥棒だと⁉ 貴様、相手がゼヘタ様と分かってのことか⁉ も、申し訳ありませんゼヘタ様、こやつはこちらで処分しますので……」
「ぜ、ゼヘタ様? 何の話をしてるんですか⁉ そんなことよりほら、キミは心当たりあるでしょ⁉ ねぇほら、ボクだよ! ほら、一か月くらい前にヘロシュで……」
魔導書……ヘロシュ……?
でも、確かにどこかで見覚えがある。
小さな体躯、ぶかぶかの青いローブ、それにこの声……
「どなたですか。俺は存じ上げませんね」
「ね、ねえ、その感じ、ピンと来てるよね⁉ ほら、ヘロシュの港の近くで、獣人たちと一緒に居たじゃん! キミにあのでっかい魔導書を盗まれた、大賢者エレミアさんだよ!」
大賢者……大賢者……?
「……あー。あのときの大賢者様ですか、はいはい。……でも今ちょっと忙しいんで、お話なら後でお願いします」
「そ、そうなの? ごめんね、忙しい時に……」
頭を下げながら二人の前を通ると、エレミアさんはしゅんとして。
「……じゃなくて! キミ、人のもの盗んどいて凄い態度だな! ほら衛兵! 取り押さえるならボクじゃなくてこの人を!」
「貴様、主に向かって何を!」
「い、痛い痛い! この人は何なの⁉ 大賢者に向かってひどい仕打ちじゃない⁉ ねえ泥棒クン! このひと何とかしてよお……!」
――――――――――――――――
深い蒼のぶかぶかのローブに身を包む、大賢者様。
乱暴に組み伏せられたからか、涙目になりながら腕の関節をさすっている。
最初ピンとこなかったのは、背中にでかい魔導書を背負っていなかったからか。
「……何でもいいんですが、今本当に忙しいんですよ」
「そ、それは申し訳ないけど……でも、あの魔導書は命より大事なものなの! 早く返してもらわないと……」
「今は無理ですって。多分アレ、海賊たちのアジトにあるんで」
「なっ……⁉」
エレミアは絶望したような表情を浮かべ、言葉を失う。
いちいちリアクションが大げさだな。
「また次あいつらに会ったら返してもらうように言いますよ。なんで今日の所は勘弁してください」
「ちょ、ちょっと待ってよ! そもそもキミ、あの人たちの仲間じゃなかったの⁉」
「……仲間? 違いますよ、あの日はたまたま彼らといっしょだっただけで」
あいつらが良いやつだというのは知ってるけど、神として海賊の一味だと思われるのは癪だ。
俺がそう言うと、エレミアは肩を落とし。
「そ、そっか……ならせめて、彼らに合わせてもらうとか……。それもできないくらい忙しいの?」
「まぁ、ゲティアの存続が掛かってる問題を抱えてるもので。本当に時間が無いんですよ」
「存続が掛かっている問題を、一人で? なんでそんなこと……。あっ」
エレミアは何やら察したように口を押えると。
「そ、そうだよね、お友達は居た方が良い、ってのは価値観の押し付けだよね。一人でも、幸せに生きていける人はいるもんね……」
……おい。
別に友達が居ないから一人で困ってるんじゃねーよ。
ただ、奴らに相談してもしょうがないから……。
「ひとりで頑張るのも、大切なことだよね。人に頼ってばっかじゃ、成長できないだろうし……」
よく分からないフォローをして来るエレミア。
べ、別に俺は一人で頑張ってるわけじゃない。
天界に居た頃こそ、俺はだれにも頼らずにずーっと一人でやってきた。
というか、一人でなんとかなる問題しかやってこなかったんだと思う。
けど下界に来てからは、俺一人じゃ本当にどうしようもない問題ばかりにぶち当たり続けている。
だからここでは、ヤブ医者だの海賊だの、詐欺師だのスリだの魔族の女王だの力を利用させてもらって解決して来た。
「……そう、か」
……なら、今回もそうすべきなんだろうな。
戦争という国家間の総力戦を、俺一人の力でどうにかしようと考えることが、そもそもの間違いだった……のか。
「――エレミアさんは、奇跡が使えるんですよね」
しばらくの思案の末、ぼっちの件で気まずそうにしているエレミアに尋ねると。
「……? そ、そうだけど、それが何か?」
「なら、魔導書はお返しします」
「……へ? ど、どうして急に……忙しいんじゃなかったの?」
「取引です。そのお得意の奇跡を使って俺を手伝ってくれたら、すぐにでも魔導書を返してあげますよ」
「……なんで泥棒のくせにそんな上から? キミが勝手に盗んだものなのに、ふつう取引の材料にする?」
「俺としては全然いいんですよ、あの本を燃やしてしまっても」
「おかしいよ! なんで罪に罪を重ねようとするわけ⁉」
うるさいうるさい。
慌てて抗議するエレミアに、俺は引かずに告げる。
「とりあえず、今から言う人たちに念話をしてください。教皇室に来るように、と」
「念話? なんでキミ、そんなピンポイントで奇跡の名前を知って……てかひとたちって言った? ひとりじゃ無いの?」
そう、ひとりじゃない。
それもその一人一人が、ゲティア存続の危機を救ってきた人たちばかりだ。
彼らに頼れば、この状況もなんとかなるかもしれない。




