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終話 過ぎ去りし時

 これが――百年後のゲティア、なのか。

 

 人々は、駅に入って来た汽車に乗り遅れまいと押し合いへし合い、早足で通り過ぎて行く。

 ある者は苛立ちながら腕時計を確認し、ある者は帽子を脱いでハンカチで汗をぬぐい……

 

 ……そうだよな。

 蒸気機関が一度発明されてしまえば、その世界は急激に変化する。

 なんだか無意識に、この世界は永遠に中世的な価値観のままな気がしてたけど……


「ロナくんは世界を救うために、完全に信仰を使い果たしました。下界から天界へと戻るだけでも相当な力が必要だというのに、ゼロから意識を取り戻すとなると……それほどの時間が必要、でした」


 握った手をきゅっと握りしめながら、ゼタ様はそう言う。

 何をそんなに悲しそうに……と俺は一瞬首をかしげるも、すぐにその意味に思い至る。


「死んでるんですね、あいつらはもう」


 俺が言うと、ゼタ様は目を伏せて頷く。


「……はい。下界の生物の殆どは百年以内に死に絶えます。それに、唯一百年以上の寿命を持つ樹命族も、既にご老体でしたから」


 そう、か。

 ゼタちゃんと、ディアロもそうだ。

 あの二人は、テイムの起こした災害に対抗するために力を全て譲渡している。


 そのことを、アビスは知ってたんだろうか。

 ある日突然、妹のようにかわいがっていた子に、一生会えなくなると告げられたら……


「ロナ、君……」


 ゼタ様が心配そうにこちらを見上げる。

 俺は首を振ってから、ゼタ様の手を引いて歩き出す。


 この世界にはもう、あいつらは居ないんだな。

 誰一人として。


「あれだけみんなで頑張ったのに……たった百年で、みんな死んじゃうんですね」

「……それが下界の生物の宿命です。私達と違って、彼らには寿命がありますから」


 俺達と違って、か。

 確かに、神には明確な寿命はない、けど……


「俺達も、同じなんでしょうね」

「同じ?」


 ゼタ様はこてんと首をかしげた。


 呆然と立つ俺たちの傍を、獣人の家族が歩いていく。

 立派な尾を生やす父と、尾のない母。

 その間で、子供が嬉しそうに笑っている。


「俺が天界に居たころは、下界の生物ってなんてみじめなんだろうって思ってたんっですよね。互いに言い訳しながら傷つけあって、殺し合って。悪にまみれた汚い世界の中で、みじめに生きてて……かわいそうな奴らだなって」

「……さ、流石に言いすぎですよ、ロナくん」


 ゼタ様はそう諭してくるけど、俺は本気でそう思ってたんだよな。

 最初の頃は、あいつらのことを虫けらとしか見れなかったし。


「でも、今は違うんですよ。あいつらと力を合わせて色々と苦労してるうちに……確かに考えが変わって」

「そうでしょう? 善も悪も、神も人も、同じくらい生きるのに必死で、頑張っていて……」

「同じくらい愚かで、みじめな存在なんですよね」

「……え?」


 俺が言葉を引き取ると、ゼタ様は驚いたようにこちらを見上げる。


 小鬼族の少女が、前を歩く岩晶族の男の肩を叩く。

 怪訝そうに振り返る岩晶族の男は、落とし物を拾ってくれたことに気づいて感謝の意を伝えていた。


「神にとっての寿命は、世界に信仰がなくなった時、ですよね。それを防ぐために、俺たちは必死に世界を救済しています。でも、ヨクトに言わせれば、それは救済なんかじゃなくて、都合の悪いものを排除する虐殺行為でもある……と」


 それってつまり、言い訳をしながら傷つけあっている下界の生物と、なんら変わりはないわけで。

 俺達神は、愚かだと見下していた行為と、そっくり同じことをしている。


「……ロナ君は、ヨクトの行為を正当化しようとしているのですか?」

「どうでしょうね。ヨクトは、神に虐殺されている魔族を救うために、天界を崩壊させようとしました。これって……下界で幾度となく見てきた悪事にすごく似てるんですよね。例えばオニキスだって、多くの農民を救うために高利貸しを嵌めています」

「オニキスを義賊と称賛し、ヨクトが断罪されるのはおかしい……というわけですか。それは……むぅ……」


 悩むゼタ様の言葉に、俺は頷く。

 結局のところ、そこを分けるのは論理じゃない。

 被害者の数や、体制に反するかどうか、の単なる多数決だ。

 

「……私はその意見に賛同できません。ですが……なんというか、変わりましたね、ロナくん。下界に来る前のロナくんなら、そんなものは全て詭弁だ、悪だ、死すべきだ、と断定していたと思います」

「お、お恥ずかしながら……間違いなくそうしてたでしょうね」


 今思うと、普通に黒歴史だな。

 何が詭弁だ、なにが悪は悪だ。

 世界のことを何にも知らないくせに、偉そうに白い部屋の中でふんぞり返って。


 世界はもっと複雑で、清濁がぐちゃぐちゃになっている。

 だからこそ、悪人たちと一緒に、世界を救う事だってできたんだ。


「あいつらも俺達も、みーんな、矛盾を抱えて生きてるんだなぁって。百年もすればこうしてみんな残らず死ぬ。神も一緒で、いつかは滅びる。記憶も失われて、世界はまったく違うものになるのに……」

「それでも、こうしてアニマくんの発明した蒸気機関は残ってるじゃないですか。全てが無意味なんてことは……」

「どーせ遅かれ早かれ誰かが発明するんですよ、こういうのは。だって、他の文明でも見るじゃないですかこの産業革命の流れ」

「そ、それはそうですけど……」


 大地を走る蒸気機関。

 細部こそ全く同じではないものの、技術というものは、効率化をはかればどの文明も収斂進化を遂げるものだ。


「自分が存在した意味も、今周りにいる人も、百年後には塵以下の存在になってる。だというのにみんな死にたくなくて、そのためにあがいてるんですよ。それってとても……」

「みじめで、無価値だと?」

「いえ、逆です。それこそ、素晴らしいことだと思って」


 ゼタ様は首をかしげてこちらを見上げる。


 岩晶族の老婆がよろめいたところを、傍にいた人間族の青年が咄嗟に支える。

 老婆は顔を青ざめさせながらも青年に笑いかけ、小さく涙をにじませていた。


「だって、何をしても無意味なら、何をしたっていいんですよ? これって、すっごく素晴らしいことじゃないですか?」

「なにをしても……良い?」

「はい! 自分もどうせすぐ死ぬし、周りの人もどうせすぐ死ぬんです。友達も家族も、愛する人も、いけ好かない金持ちも、詐欺師も……皆一緒の運命をたどる、かわいそーな弱っちい仲間たちなんですよ。そう考えると、どうも憎めないというか……愛おしさみたいなのを感じてしまうんですよね」

 

 命は、尊いから愛すべきだという人もいる。

 けど俺は、くだらなくてみじめだからこそ、愛してやってもいい、と思えるというか。

 

「そう考えてやっと、あいつらと仲間になれた気がするんですよね。神と人、じゃなくて、ちょっとだけ寿命の長さが違うだけの、同じみじめな存在同士になれた……みたいな」

「そう……ですか」

 

 ゼタ様は立ち止まって、目の前の建物を見上げた。

 古びたステンドグラスは、日の光を浴びて濁った色を放つ。

 美しくも、どこか儚い。

 どれだけ技術が進歩しようとも、この教会だけは、元の姿のままで残っている。


「賛成できない所も大いにあります。でも、ロナくんが色んな方向に考えを変えていることは、上司としてとても嬉しいです。ただ……その気持ちを彼らに伝えられないというのは……どうも寂しいですね」


 儚げな笑みをたたえながら、ゼタ様はしみじみとそう言うが……


「何言ってるんですか、伝えられますよ。俺には『遡行』があるんですから」

「……へ? でも、それはもう使い果たしたはず……」

「いえ。あれから百年経ってるんですから、あと百回は使えます。ほら、さっさと行きますよ」


 俺が言うと、ゼタ様は目を丸くする。

 ……わざわざここまで歩いてきたのは、百年後の教会の姿を見たかったからだ。

 もう目的は果たした。なら、次へ行くだけ。


 手を差し伸べると、ゼタ様は困惑した様子で真っ白な睫毛をぱちぱちとさせ。


「え? ほ、本当に戻るんですか? 下界に戻るのは一時的、という話でしたよね⁉ こ、こんなの、天界へ帰ったら怒られますよ……!」

「そんなのはどうでもいいんですよ。何をしても無意味なんですから、何をしたっていいんです! 行きますよ、掴まっててくださいね?」

「え? ちょ、待っ――――っ!」


 戻る先は……百年前。


 偽薬を売る薬屋のボケ老人と、

 大災害を起こした転生者の末裔と、

 海を荒らす海賊団と、

 貴族から金を巻き上げる詐欺師と、

 世界征服を企む魔族の王女と、

 俺の命を狙う暗殺者と、

 ついでに、ただのスリ。

 

 帰ろう。

 その彼らの居る、

 あの、どうしようもなく悪と欺瞞に満ちた、あの愛おしい世界に――――



 遡行、百年前――――!!!!!!

終章を最後までお読みいただき、本当に、本当にありがとうございました!!!

長きにわたった彼らの物語は、これで終わりです!!!

改めて、本当にありがとうございました!!!!!



そしてもし少しでも「面白かった!」と思っていただけましたら、

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この世界のその後の話や、今後の執筆活動のモチベーションに繋がります!

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