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118 長き眠り

 ……あぁ。

 数百年ぶりにこんな爽やかな目覚めをした気がする。

 ここ最近、まともに眠れないくらい忙しかったから……


 てか、どこだここ。

 ぽりぽりと頭を掻きながら、俺は辺りを見渡して――


「……起き、ましたか」


 白い。


 白い……空間?

 ここって確か――


「起きたばかりで申し訳ありませんが、今からする質問に答えてください」


 目の前には、黒い装束に身を包んだゼタ様が佇み……

 そして、辺りに無数の光が浮かんでいる。


「え、えっと……ゼタ様? ここはどこ……」

「それは後です。あなたには、ヨクト確保に至るまでの経緯を説明する義務があります」


 えっと……ヨクト確保?

 というと……


「……うまく、いったんですね。計画は」

「その計画を、説明してくださいと言っています」

「え。あ、はい」

 

 なんかゼタ様が冷たいんだけど。

 これも、辺りに浮かんでる光のせいなんだろうな。

 なにより白い部屋の一番奥に浮かぶ、他より明らかにまぶしい光の前だから……


「確かにあのとき、世界が平和にならないままに時間は過ぎました。しかし……その数十分後、誰も予想していなかったタイミングで、天界から介入があったのです」


 ゼタ様が手を振ると、白い部屋があの暗い夜に変わる。

 勝ち誇った顔のヨクトの目の前に、無数の光が現れる――そんな光景だ。


「はじめは単に、彼の持っていた時計がずれていたのかとも疑いましたが……それには問題ありませんでした。ではなぜ……あの数十分後に、天界からの監査が入ったのか?」

「……ルール通りですよ。世界で最も影響力のある国が新年を迎えた。ただそれだけのことです」


 俺が言うと、辺りの光が俺を責め立てるように明滅する。

 ……眩しい眩しい!

 それを見て、ゼタ様はバツの悪そうな顔になる。


「ごまかさないでください、ゲティアが暦を変えたタイミングでは、天界からの干渉は無かったのですよ?」

「誰もゲティアの話はしてませんよ。その当時、ゲティアの地は誰かに制圧されてませんでした?」


 俺が言うと、ゼタ様は少し眉を寄せ……

 そして、目を見開く。


「あのときゲティアは、魔族軍の支配下にあった……?」

「その通りです。ディアロには、単に降伏するだけでなく、一時的に『ゲティアを魔族の属国すること』を頼んでいました。つまりあのとき、ゲティアは……」

「魔族の法の支配下にあった……ということ?」


 信じられないものを見るような目で、ゼタ様は俺を見下ろす。

 同時に辺りの光が強くなる。


「はい。最後の対決に際して、暦を変える法案が無かったことにされる可能性や……ゲティアそのものが崩壊してしまう可能性、他にも予想外のことが起きたときに備えてたんですよ。そのときは、魔族の暦を変えて、そこを参照するようにと」

「し、しかしそんなこと、どうやって……?」

「彼らはローナ神を信仰していますからね。この俺が暦を変えるよう言えば、ちょちょいのちょいでしたよ」


 俺がそこまで言うと、宙に浮かぶ一つの光が強く輝く。

 ……びっくりした。なんだ急に。


「調査ノ結果ト、矛盾アリ。スベテ、隠サズニ報告セヨ」


 胸に響くような重低音が、部屋に響き渡る。

 調査の結果って……。

 なんだよ。

 ここまでドヤ顔で語ってきたのに、ただの確認だったんかい。


「……まあ、あと、向こうには結構前から裏金を流してて……そこはオニキスに力を借りました。でもまぁ、事前工作はそんなところで……」

「スベテ、隠サズニ」

「……はい。エレミアさんの奇跡をちょっと借りて、多少演出はしました。俺が神だって崇めらたほうが都合良かったんで……」

 

 俺が正直に告白すると、白い光は点滅を収めた。

 

「調査ノ結果ト、矛盾ナシ」


 でも良かった。

 とりあえず追求が止んで……


 ……やめてくださいゼタ様。

 そんな目で見ないでください。

 俺だって別に、好きであいつらを騙した訳じゃ無いんですよ。


「……コレニテ聴取ヲ終了スル。最後ニ――偉大ナル母カラノ言葉ヲ賜ッテイル」


 その言葉に、俺は部屋の奥の光に目を向けた。

 やっぱりあれって……

 

「(ロ、ロナ君……っ! ちゃ、ちゃんと顔を伏せて……っ!)」

 

 ゼタ様がぐいっと頭を抑え込んでくる。

 こんな下級神の前に、最高神様がおでましになるとは。

 

『――よい、働きでした』

 

 声と共に、脳裏に鮮烈なイメージが流れ込んでくる。

 顔を伏せ、目を伏せているというのに、相手がどういう表情をしているのかがわかる。

 あまりに未経験な感覚に、舐めた態度をとる気は失せてしまった。

 

『貴方の献身により、天界の崩壊は止まりました。私が天界を代表して、感謝の意を伝えましょう。――ありがとう』


 そう言って、脳内のイメージが微笑みかけて来る。

 返事をしようにも……声が出ない。

 それほどに、触れてはいけない畏怖の感情を感情を引き立てられる。


『その功績をたたえ、報償を与えましょう。今日からあなたは……《《上級神》》となります』


 ……え?


『長く、苦しい戦いであったことは聞いています。保安課では不当な扱いを受け、そして左遷され……下界でも多くの辛い苦難に当たったと。しかしもう二度と、このような思いはしなくて良いのです』


 もう、二度と……?

 深く心に染み入るような、慈悲深い声。

 なのに、胸のどこかに痛みを感じる。

 

『忙しい下級神としての職務も、苦しい下界での戦いも。これ以上、この責苦に耐える必要は有りません。ロナ、あなたに、天界での永遠の命を約束しましょう』


 その言葉に、いつの間にか、硬直していた体が動いて。


「もう、下界に行けないということですか?」


 自分でも気づかないうちに、そう答えていた。


「ろ、ロナ君……っ⁉」

「控エヨ! 偉大ナル母ノ御前デアルゾ!」


 咄嗟に出た言葉に後悔する間もなく、空間中の光が明滅し出す。

 が、それを遮るように、奥の光がより一層輝いて。


『ええ、あのような場所に行く必要はなくなったのです。あなたの居たゲティアという国は、悪に満ちた地獄のような場所だったとか。さぞ辛い一年間だったことでしょう。あなたは上級神として、望むと望まざるとにかかわらず、永遠に下界から遠ざかることになるのですよ』


 そう、か……。

 確かにゲティアには、今まで見た事もないような極悪人が居て。

 歩けばスリが居て、詐欺師が居て、暗殺者が居て、ヤブ医者が居て、海賊が居て……


 それでも、そんな最悪の世界に二度と戻れないとなると……


「嫌です。報償を頂けるというのはありがたいです。ですが、俺はこのまま上級神になることなんて望んでません」

「不敬デアル! 偉大ナル母ヲ無下ニスルナド……!」

『なら、あなたの望みは?』


 再び騒ぎ立てる光を抑えるように、最高神は言う。


 俺の、望み……か。

 少なくとも俺は……二度と下界にいけない事だけは嫌だ。

 永遠の命がいかに素晴らしく、そして得難いものだったとしても……


「……一度だけ、下界へ戻していただけませんか」

「何ヲ、馬鹿ナ事ヲ……」

『馬鹿なことではありませんよ。あなたは、どんな望みでも叶えるだけのことを成し遂げました。少し不思議な頼みだとは思いますが……』


 ……っ!

 思わず顔を上げると、最高神がやわらかな光を放っているのが見えた。

 

『もう一度、感謝の意を伝えさせてください。そして――ゼタ、あなたにも」

「…………っ⁉」


 急に名前を呼ばれて、ゼタ様はびくっと背筋を正す。


『あなたの報償については後程、ロナを送り出してから考えましょうか』

「あ、え、わ、わたしは、その……」

『……冗談です。先ほどからそわそわとしているのは見て分かりますよ。もちろん、あなたも一緒に行きたいのでしょう?』

「へ? そ、それは……っ」

『ロナ、上司の手を握ってあげなさい。それで彼女も、一緒に行けるはずです』


 驚いた様子のゼタ様の手を、俺は取る。

 と同時に、窓もないのに突風が吹いた。


「……っ!?」


 思わず目を瞑り――そして、真っ白な部屋が跡形もなく消えた。



 人、人、人。



 色んな種族が往来を闊歩する……そんな光景に。

 遅れて耳に、ざわっと喧騒が入って来る。


 そこは、ゲティアの中央市場の見慣れた景色。


 ――などでは無かった。


 赤い土の固められた道路は、石畳に変わっている。

 見渡しても遠くにオルロ山は見えず、視界を遮るように五階ほどの建物が立ち並ぶ。

 肌を覆う程度の布しか持っていなかった人々は、近代的な服装に身を包み。


 そして何より……人々の集まる先に、大きな鉄の塊が、黒煙を上げながら走ってきて――


「き、機関車……? ここって……?」


 思わず呟くと、隣に立っていたゼタ様がため息を吐く。


「……伝えるのが遅かった、ですね。ロナくんが一度意識を失ってから……この世界では、百年という時間が過ぎています。つまりここは……」


「百年後の、ゲティア……?」

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