【29話】友達
ユウリに視線を向けられたベスターは、ヒィッ! と悲鳴を上げた。
「こっちに来るな! この化け物め!!」
逃走を図ろうとするベスターだが、それを許すユウリではない。
人間離れした速さで詰めより、距離を一瞬で無くした。
「も、申し訳ございませんでした!」
深々と頭を下げてきたベスター。
体はガクガクと震えている。
「まさかユウリ様が、こんなにもお強い方だと思いませんでした! ……あの、どうか命だけは――」
「黙れ」
ベスターの髪を掴み上げたユウリは、地面に叩きつける。
メガネの割れる音、それから骨が折れた音がした。
前歯も数本折れている。
地面に叩きつけたことで、ベスターは気を失った。
これで数時間は目を覚まさないだろう。
本当なら殺してしまいたい。
それほどまでに、シャルロットを傷つけたベスターが許せなかった。
(でもそれをしたら、シャルが悲しむかもしれない)
シャルロットは素直になれないだけで、本当は優しい女の子だ。
裏切り者とはいえ、ベスターは側近としてずっと近くにいた。
そんなベスターが死んだら、悲しむかもしれない。
シャルロットは、笑顔が似合う可憐な女の子だ。
彼女の涙を、ユウリは見たくなかった。
馬車に戻ったユウリ。
車内にいる三人に、今の出来事を全て話した。
「……そう」
うつむいたシャルロットが、ポツリ。
押し出すように言ったその一言には、色々な感情が込められているように感じた。
「ベスターは?」
「気を失っている」
「それなら、レドリオ王国の衛兵に身柄を引き渡してしまいましょう。事件はここで起きたのだし、現地の人に渡すのが筋だわ」
「分かった。シャルがそれでいいなら、俺はそれに従う。お前らもいいよな?」
ユウリの言葉に、リエラとフィアも頷いた。
馬と御者を失った一行は、辻馬車を借りることにした。
辻馬車とは、賃金を払うことで指定した場所まで走行してくれる乗り物。
言ってしまえば、タクシーみたいなものだ。
「レドリオ王国の衛兵の駐屯地まで頼む」
気を失っているベスターと一緒に、一行は辻馬車に乗り込んだ。
「それじゃよろしく頼むな」
「かしこまりました」
裏路地で起きた出来事を衛兵に話し、ベスターの身柄を引き渡す。
王女を殺害しようとしたベスターは、恐らく死刑になるとのこと。
衛兵が言ったその言葉を、シャルロットは黙って聞いていた。
駐屯地を出たユウリたちは、辻馬車でディアボル王国へ帰ることにした。
ガタガタ揺れる車内は、気まずい沈黙が広がっていた。
俯いているシャルロットは、かなり傷ついているだろう。
そんな彼女にユウリは、何て声をかけたらいいか分からなかった。
気まずそうにしているリエラとフィアも、同じことを思っているようだった。
その沈黙を破ったのは、シャルロットだった。
「殺されるほど憎まれたのね」
シャルロットが笑う。
でもその笑顔は、辛くて苦しい気持ちをごまかすために無理矢理作られた笑顔だ。
見ているこっちが辛くなる。
「私、ずっとワガママを言ってきたわ。そのせいで、いっぱいの人を傷つけてきた。だから、ベスターに憎まれても当然なのは分かってる。……でも、殺されるほどなんて思ってなかった」
シャルロットのはちみつ色の瞳から、ぼろぼろと涙がこぼれる。
「これで私の近くには、もう誰もいなくなってしまったわ」
「そんな悲しいこと言うなよ」
「励ましてくれてありがとうねユウリ。……でも、いいのよ」
「違う。俺が言っているのは、ただの励ましや気休めじゃない。事実を言っているんだ」
シャルロットの手を取る。
「お前の近くにはもう、俺らがいるだろ」
「え……?」
シャルロットが驚いた顔になった。
ぼろぼろ流れていた涙が止まる。
「俺たちはもう、シャルの友達だ。もしお前が違うって言っても、俺らは認めないからないからな」
「はい、ユウリ様の言う通りです!」
「ユウリしては、良いことを言うではないか!」
「あんたたち……!」
シャルロットの瞳から、ぶわっと涙があふれる。
けれど、さっきまでの涙とは意味合いが違うように思えた。
「うわあああん!」
シャルロットがユウリに抱き着いた。
大粒の涙がユウリの服に染み込んでいく。
「よしよし」
泣きじゃくるシャルロットの背中を、優しくさする。
涙の種類が変わってよかった。
ボロボロと流れていく涙を見ながら、ユウリはそう思った。
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