ゴブリン
「このカカオの種200樽と引き換えに、船につんである鉄のカットラス100本と砂糖10樽を交換しよう」
俺たちはロッテと交渉した結果、満足がいくレートで物々交換が成立する。俺たちはガーナとの正式な取引相手として認められ、今後剣や砂糖を運んでくることになった。
「さあ、この地に富をもたらしてくれた客人をもてなしましょう」
取引が終了した俺たちは、ロッテが開いた宴に招かれる。その宴には、周辺部族たちの代表者たちが招かれて、新しく作られたカカオスープやカカオクリームという食べ物が振舞われることになった。
「ウンバ?」
「ウンバ!ウンババ!」
砂糖入りカカオスープやクリームを食べた酋長たちは、目を丸くして驚いている。
最初は剣呑な雰囲気を漂わせていた彼らも、美味しいものを食べて少し緊張が解けたようだった。
「これから、あなたたちの所にも補給や交易で立ち寄るかもしれませんので、襲わないでくださいね」
ロッテの配下に通訳してもらい、俺はそう話しかけながらイシリス国からもってきたラム酒を振舞った。
「ウンバ!ウンバァーーーー!」
酒を飲んだ酋長たちは、真っ赤な顔をして上機嫌に笑っている。
「酋長たち、満足。おまえら、もっと酒もってこいと言っている」
ロッテの配下はそう通訳してくるので、俺はほっと胸をなでおろす。これでガーナに来るまで邪魔されることもなくなるだろう。
そう思っていたら、バーティ会場に兵士たちが駆け込んできた。
「ウンバ!ウンババババ!!!!」
なにやら物凄く慌てているようだが、俺たちはウンババ語はわからない。
しかし、聞いていたロッテや酋長たちは真っ青な顔になっていた。
「なんだ?何が起こったんだ?」
「ゴブリンたちの大群が迫っています。すでに城壁が取り囲まれています」
「なんだって!」
俺たちは慌ててパーティ会場から出て、城壁に向かう。
そこから見た町の外の景色は、緑色をした子供のような姿のゴブリンが周囲一帯を埋め尽くす様子だった。
「くそっ!なんでこんなに集まってきたんだ」
「もしかして、カカオスープの美味しそうな匂いに引かれたのかもしれません。ゴブリンにとってはカカオの種はお酒のような効果をもたらしますから」
俺の後ろにいたロッテが、震えながら答えた。
なすすべもなく見守っていると、ゴブリンの群れの中から巨大な固体が出てくる。
「ギギ……ウンバウンバ。ギギウンバ」
そのゴブリンは、うなり声とウンババ語が混じったような言葉で何事か要求してきた。
「なんて言っているんだ?」
「カカオと女をよこせ。だそうです」
こりゃまたシンプルな要求だな。カカオはともかく女をよこせって、モンスターのくせに。
「奴らゴブリンは女を見れば襲い掛かってきます。巣につれて帰って、その……」
ロッテが言いにくそうにしているので、俺は察してしまう。ちくしょう。俺の部下の船員たちは女ばかりだ。そんな目にあわせてたまるか。
「おい。兵士に鉄の剣を配ったんだろ?あいつらをやっつけてくれ」
俺は振り向いてロッテに頼み込むが、彼女は暗い顔で首を振った。
「む、無理です。まだ鉄の剣の扱いにもなれてないですし、そもそもあの大群では……」
確かに。ロッテの言っていることは正しい。
「くそっ!なんとかしないと!」
今から逃げようにも、船員たちは酒とカカオスープの飲みすぎでよっぱらっている。手間のかかる出航の手順をこなすのは無理だった。
「……ドライ」
横を見ると、まだ正気を保っていたメイが不安そうにしている。
「……大丈夫だ。なんとかなる」
俺は船長としての威厳を示すため、空元気を振り絞ってそう声をかけるのだった。




