軍との取引
次の日、軍に呼ばれて港に赴く。
そこで満面の笑みを浮かべたおっさんに出迎えられた。
「ウンディーネ卿。お初にお目にかかります。私は軍務大臣のウランと申します。いや、この船は本当にすばらしいですな。おまけにギカントタートルの甲羅まである」
ドッグに入っているウネビ号を見て、目をきらきらと輝かせている。鉄でできた大きな船の隣には、巨大な亀の甲羅が浮かんでいた。
「あの亀の甲羅は硬くて丈夫です。船に改造して我が軍に加えたい。陛下は金貨10万枚で買い取るとおっしゃられています」
金貨10万枚か。それだけあれば、東にあるという領地が落ち着くまでのつなぎ資金になれそうだ。
「あと、船の荷物も売りたいのですが」
「ほう。どのようなものがあるのですかな?」
興味をしめしてくるウランに、積荷を説明する。
「この赤い薬はヨードチンキといって、血止めや傷に良く効きます。こっちのジュルオイルは『火焼け』止めになりますね。あらかじめ塗っていれば、炎に包まれたとしても薬の膜が皮膚を守ってくれるでしょう」
「ほう……ですが、本当に効くのですかな?」
ウランが疑いの目で見ているので、俺はあることを提案した。
「よろしければ、何樽か無料で提供しましょうか?その代わり、効果があるとわかれば軍のお墨付きを与えてくれるということで」
軍とは何かを生産することはなく、大量に消費する組織である。それだけに取引先に食い込めれば太客になるし、軍の信用を得ればブランド品として市場でも高く売れるようになるだろう。
ウランはしばらく考え込んでいたが、小声で聞いてきた。
「実際に効果があるとすれば確かに正式採用の稟議が通りやすくなるでしょうが、その……」
「もちろん。ウランさまには十分な見返りもお約束いたします」
俺は手でコインの形を作る。充分意図は伝わったようで、ウランは笑顔を浮かべた。
「わかりました。それではこの薬をためさせていただきましょう」
後年、この薬は軍から恒常的に大量発注されることになり、ウンディーネ一族を大いに潤すことになるのだった。
ウネビ号の設計図と「水蒸気機関」は軍の技術者を大いに沸かせた。
「なるほど。水が蒸発したら体積が千倍になる。その力でピストンを上下させて……。」
「それを回転運動に変換させてオールをこぐわけか。現物を見ると単純だが、いろいろ応用が利きそうだ」
「心臓部のタービンは鋼でできているのか。わが国は砂鉄から鋼をつくる技術を持っている。これは簡単に再現できるぞ」
「これを量産すれば、風の魔法で船を動かすイスタニア帝国に対抗できるかもしれない」
技術者たちはウネビ号を詳細に精査して、その技術を学び取る。俺たちがようやく解放されたのは一週間後だった。
出航許可がおりたので、俺たちはスライム島に赴く。久しぶりに会ったメルディさんは、ウンディーネ一族が新たに住める領地を手に入れたと聞いて大喜びだった。
「では、一族の若い者をお連れください」
移住の先発隊として300人が乗り込み、東のスエズ砂漠を目指す。残った人たちはこの島をスライムの養殖場にして、薬を作ってくれることになった。
「よし。いくぞ」
俺はウンディーネ一族を引き連れて、新天地に向かう。
ここまでは順調だったのだが……




