35話 鍛冶屋は、世界の異変を感じ取る
第三艦隊には、乗組員以外に、僕とマリアとマイケルが乗っていた。まあ、気配を消す魔法をかけるくらい、僕には簡単だ。
敵の大将は、そうとは知らずにペラペラと作戦をしゃべってくれる。こっちの乗組員たちの額に、世界の反逆者の証が見えるような幻影魔法をかけておいたから、疑いもしないしな。
敵との通信が切れたみたいだ。次は、味方と打ち合わせだな。
おっと、仕事、仕事。こちらの作戦が決まるまで、向かい風を起こして、敵との合流を遅らせておくかか。
風を操るのは、僕の一族の十八番だからな。
「へー、相手は、そんな作戦なんだ。教えてくれて、ありがとう」
通信機の向こうで、ダニエルはそう言った。不機嫌そうに、白猫しっぽを揺らしながら。
「でもさ、 臨時第二副師団長殿。なんで君は私に協力してくれるの?
君、昔から獣人が嫌いだったよね? だから、第二師団長と仲が良かったんじゃなかった?」
「自分が大嫌いなのは、性根のねじ曲がった白猫王子だけです。
博識の白猫元裁判長様も、物静かな白猫王子と可愛らしい白猫王女も、敬愛しております」
「あっそ。私は嫌いでも、私の父や子供たちは好きなんだ?」
「ご理解いただけて、幸いです。自分は第二師団長と日々、あなたの欠点について話しておりました。チャールズ国王陛下に心労をかける存在など、家臣として見過ごせませんから。それだけの話です」
「……はいはい、君がフォーサイス王国に忠誠を誓ってるのは、分かったよ。額に世界の反逆者の印がないもんね。
まあ、私の悪口を言うのは名誉棄損にあたるけど、今回は見逃してあげるよ。そのおかげで、敵は君たちを自分の味方だって信じてるみたいだからね」
「なるほど。人は自分の欠点を指摘されると怒ると言いますが、王子を見ていると納得できます。性根のねじ曲がった性格は、大人になっても変わりませんな。
子供のころは、いたずら好きで済まされましたが、大人になっても通じると思いなさるな」
こいつ、すごいな。ダニエルに向かって、真っ向から意見が言えるなんて。
上司のマイケルなんて、王子のダニエルを怖れているのに。
「お主、子供のダニエルに手こずったクチか?」
「獣人王国の先代王、その通りです。箱舟を見学をするのは構いませんが、勝手に発進させて兵舎に激突、すべてを大破させたことをはじめ、数々の悪行をなさいましたからな」
「……あの事件か」
「やだな。あれは着陸方法を間違えただけだって、説明したでしょう? ちょっと操縦の仕方を覚えたから、やってみたかっただけなんだって。
それに、事故を起こした後、すぐに父上を呼んで、王族の名のもとに救助と治療をしてもらったでしょう?」
「おい、ダニエル! あんた、なんてことするんだ!」
……思わず、僕は叫んでいた。こいつ、なんてことしでかしてるんだ? 悪びれずにペラペラしゃべるし!
「えー、もう二十年以上前だよ? 時効だって、時効」
「立派な器物破損と傷害事件だろが!」
「あのね、ノア殿。器物破損罪は、壊してから三年が経つと時効になるの。それに、告訴しようにも、親告罪だから、犯人を知ってから半年以内に告訴しないと、訴えることもできないよ。
それから、傷害罪は、故意犯による場合に適応されることが殆どなんだ。相手を傷つけようとして暴行を加え、傷害の結果が発生した場合とかに、傷害罪が適用されるの。
あの時の私は、意図的に傷つけようとしたわけじゃないよ。ちょっと実験した結果、失敗して、被害者がでちゃっただけ。理解した?」
こいつ! ああ言えば、こう言う! 保身が上手いと言うか、素直じゃない。
第三艦隊の艦長が、嫌うはずだ。僕も腹が立つ!
「それに、臨時第二副師団長殿をはじめ、皆には謝ったよ。子猫がやったことだってのに、今だに笑って許してくれないんだよ。心が狭いよね」
「ダニエル、歯を食いしばれ」
「なに? おじい……ぶっ!」
「あのような行為をしても、未だに学習も反省せぬとは。恥さらしめ!」
あっ、ダニエルのやつ、ふっ飛んだ。
あいつの爺さん、拳で語るタイプだったのか。
うん? 通信機の向こうで、小さな声が聞こえるな。
ちっ、ダニエルのやつ、治癒魔法を使ったのか。魔力の無駄遣いだぞ。
「我が不肖の孫に変わり、お詫びを申す。戦の帰りには、我がひ孫たちに、決して父のような愚かな真似をしないように、言って聞かすゆえ」
「獣人王国の先代王、是非とも宜しくお願い致します。イーブ王子も、セーラ王女も、母親に似て、大変聡明なご兄妹ですからな。すぐに、父親の行為の意味を、ご理解されましょう」
「うむ。ひ孫たちには、立派な大人になってもらわなければならん」
「おじい様、止めて! 子供たちに嫌われる! イーブとセーラに軽蔑……ぶっ!」
「うるさい。うつけめ!」
……ふっ、 ザマー見ろ。ダニエルのやつ、また吹っ飛んだ。
虎獣人らしい、お仕置きだな。ちょっと胸がスッとしたぞ。
ダニエルの爺さんも、マイケルの同僚も、良いこと言う。あいつには、きつくお灸をすえたほうがいい。
「獣人王国の先代王。ダニエル王子のことは捨て置き、セーラ王女の救出はいかがしますか?」
姿勢を正したマイケルが、ダニエルの爺さんに話しかけた。さすが騎士団長だ、こう言うときは、頼りになる。
「相手が白の守護結界を使うなら、好都合。先ほど作った、こちらの白の宝珠が活きてくる。守護結界をすり抜けられるであろう。
向こうの砲撃は、ドワーフの親分の守護結界で相殺する。向こうが威力を上げるなら、こっちも上げればいい」
「痛……おじい様の拳、今でも現役だね。えっと、白の宝珠を燃料に、分銅つきの鎖を作り出して、箱船ごと捕縛すればいいんじゃないかな?」
……ダニエルのやつ、もう復活しやがった! 気絶してればいいのに。
こいつ、優男の癖に頑丈だな。治癒魔法で治したとはいえ、耐久力の高さは獣人ってことか。
「捕縛ですか?」
「うん。中級の治癒魔法に、暴れる相手を捕縛する魔法があるんだよ。術者の意思で動かせる魔法の鎖なんだけどさ。白の世界の理を使ってるから、金属の強度をもたせることが可能なんだよ。
ドワーフの作った魔道具なら、似たような攻撃もできると思うんだけど」
「では、捕縛して、相手の宝珠が尽きるのを待ちますか?」
「そうだね。向こうは短期決戦のつもりで、赤の宝珠をつぎ込むみたいだから。持久戦に持ち込めば、勝ち目はあるんじゃないかな。
赤の宝珠が尽きて、ついでに白の宝珠も尽きるはずだよ。セーラは魔力の強い獣人だけど、子供だからね。いずれ宝珠は作れなくなる。
敵は第三から第五艦隊は自分たちの味方だって信じてるから、裏をかくんだ。挟み撃ちにすれば、逃げられる可能性は低いよ」
「王子、万が一ということも考えてください。捕縛がうまくいかなかった場合、逃げられます。
また、王女の力で、エルフの閉鎖結界が解かれる可能性があります。王子の契約書で、閉鎖結界を再構築することはできますか?」
「あれ? 戦いって、そこまで考えないといけないの?」
「当然です、王子」
「そうなんだ……マイケル騎士団長って、本当にすごいね、さすが英雄の子孫だよ。
えっと、話は戻るけど、結界の再構築はできると思うよ。セーラに解けるってことは、契約書でエルフの魔法に干渉できるってことだから」
着々と進む作戦会議。歴戦の騎士マイケルが、初陣のダニエルを補佐してるってところか。
獣人もドワーフも何も言わないってことは、マイケルとダニエルに任せるつもりなんだろう。
まあ、西の事だ、西のやつらが何とかするのが道理。僕は頼まれたときに、動けばいいか。
うん?
……なんだ? この気配は? 気分が悪くなる。世界が歪む。
『諾亞様、 諾亞様! 理が、理が!」
『瑪麗亞、落ち着け。大丈夫だ、僕がいる』
マズイ。姫君も、異変を感じたようだ。怯えて、僕にしがみついてきた。強く抱きしめながら、なだめる。
頼むから、今は泣かないでくれ。
「おい、マイケル! 悠長なことは言わず、すぐに敵の船に乗り込め! 世界が歪みだしたぞ」
「ノア? どうした?」
「だから、世界が歪みだしたんだ。歪んだ理が逆流し始めた。放出を止めて、逆流を始めたんだ!」
あー、もう、なんで人間は理解力がないんだ!
歪んだ理が逆流を始めたんだ。どうなるのか、想像つかないのか?
「分からないのか!? 逆流を始めて、集まり始めたんだ。歪んだ理が一か所に集まれば、魔物が生まれやすくなる。
あっちには、世界の反逆者がたくさん居るんだ。このままじゃ、人の形をした魔物が、うようよ生まれる可能性があるぞ!」
僕の声で、皆、ようやく気付いたようだ。人間や獣人は、世界の理の流れの変化を感じないのか? 鈍感だな。
「……ノア殿は、理の流れが分かるの? どこに集まっているの?」
「どこって、 正しい白の理の近くだ。正しい理は、歪んだ流れに、ものすごく反発してる気配がする」
「正しい白の理? もしかして、セーラ? 契約書を発動してるの?」
「たぶんな」
……助かった。ダニエルは、まだマイケルより理解力がある。
これは、代弁者の契約書の力だ。正しい世界の理の代弁者が、白猫族に授けたという力。
代弁者は、正しい生き方をする者の味方だ。代弁者の契約書だって、同じ。
間違った生き方をするやつに、世界の反逆者なんかに、力を貸すわけないだろ。
「ダニエル、急げ。歪んだ流れが、ぐちゃぐちゃになって、流れが大きく狂いだした。このままじゃ、手に終えなくなる」
「分かったよ、ありがとう、ノア殿。
おじい様、集中砲撃をかけて、すべての敵艦隊を沈めましょう。跡形もなくなるほどに消し飛ばせば、完全に魔物になる前に倒せると思います。セーラのことは、諦めてください」
「仕方あるまい。魔物を倒すのが、最優先だ」
「おい、待て! ダニエル! あんた、娘を見殺しにするのか!?」
「当然だよ。世界を守ることが、一番大事だからね。
私の娘一人のために、フォーサイス王国の国民たちを、魔物の危機に晒すことはできない。王国が魔物に乗っ取られた五百年前の悪夢を、繰り返すわけにはいかないんだ」
「馬鹿げてる。あんた、アホだ!」
「……あのね、国民のために命を捨てる、それが王族の勤めなんだよ。私の娘は、王女だ。王族の勤めを果たして当然」
「滅茶苦茶だ、受け入れられるわけないだろ!」
これが西の考え方なのか? 爺さんの親友が愛した、国の有り様なのか?
僕はこんな結末を見るために、力を貸したわけじゃない!
「ダニエル王子、お待ち下さい。冷静に。魔物退治ならば、我らにお任せを。青の英雄の子孫たる、我がワード侯爵家に!」
「……マイケル騎士団長」
「王子は、ご覧になられたはずです。我が祖先の聖剣が、ノアによって、光を取り戻した所を」
僕に視線が集まっているな。まあ、構わないが。
「王子、思い出して下さい。三百年前、ノアの父親によって修理された聖剣が、我が祖先に使われ、魔王を討ち取ったことを。
我らがノアと出会ったのも、きっと聖獣様のお導きです。ノアの修理した聖剣で道を切り開けという、お告げです」
おーい、マイケル。買いかぶりだと思うぞ。……聞いちゃいないか。
「……そうだね、きっとそうだ。私たちには、聖獣様がついてる!
マイケル騎士団長、ありがとう。いつも君が諫めてくれるから、私も落ち受けるよ」
「お役に立てたなら、何よりです。セーラ王女を救うため、急いで敵の船に乗り込む方法を考えましょう」
……マイケル、あんた苦労人なんだな。いつも、こうやって、ダニエルの暴走を押さえていたのか。
きっと、段々と頭がハゲてきた原因は、心労だろうな。『父様の頭が痛ましい』って、イザベルが気にしてたし。
ほら、今も心配そうに見てるぞ。無理して、娘に心配かけるなよ?
「ノア殿。こっちの箱舟が敵を捕縛したら、そっちの騎士たちを風に乗せて敵の船まで運べる?」
「難しいと思う。船を中心に、周囲の理が狂っているからな。僕が扱うのは、正しい青の世界の理だ。狂った理は操れん」
「そっか……、良い案だと思ったんだけど。他の方法を考えようか」
嘘だがな。本気を出せば、狂った理を操ることは出来るが、やらん。
西の問題だ、西のやつらに解決させないと意味がない。
僕ありきで考えたら困る。僕が居ないときに、対処できなくなるだろ。
「イザベル嬢」
「は、はい! なんでしょうか、ダニエル王子」
「君の装備も、ノア殿が作ってたよね? 青の世界の理のうち、風の成分がどうとかって。空飛べる?」
「その……分かりません。今まで、飛んだことないですから」
「……おい、ダニエル! イザベルに無茶振りするな!」
「いや、空が飛べないと移動できないし。飛べるの、飛べないの? 作ったノア殿なら、分かるよね」
「……飛べる。イザベルが望めば、武具の中にある、正しい世界の理は答えてくれる」
「武具の中の理? あ! もしかして、マイケル騎士団長の聖剣を使えば、風を起こせるんじゃない?
ほら、さっきの三百年前のやつ。確か……魔物に変貌した偽王を、風に乗せて王宮の外の草原につれだしたって、言われていたよね」
「なるほど、試してみる価値はありますな。さすが王子」
「よし、作戦は決まりだね! まずは敵の箱舟を捕縛して、人の居ない地面に降下させながら、乗り込んで制圧する。
私たちの方からは、翼を持つ者を。マイケル騎士団長の方からは、適度によこして。
一番に制圧すべきは、セーラの乗る箱舟。他は、砲撃をしてくる船を中心によろしく。あとはおじいさまの判断に任せるから」
……ダニエルのやつ、頭が回るな。マイケルなら気にしない部分に、目をつけた。
と言うか、二人とも、マイケルが風を起こせず、墜落する可能性を考えないのか?
後ろの騎士たちが青ざめているぞ。気の毒に。