プロローグ
嫌味にならない程度に華美に装飾された客室。
壁紙から絨毯、家具、花瓶、壁に掛けられた絵画等、細部に至るまで厳選された一級品で調えられた部屋は、この館の主人の趣味の良さが窺える造りになっていた。
「うちの庭園は今、ジャスミンが一番の見頃ですの。小さくて、可憐で、わたくしの一番大好きな花です。でも、アスランお兄様は好きじゃないみたい。香りが強すぎるからかしら・・・ゼン様は、花はお嫌いですか?」
「嫌いじゃない」
「うれしい!殿方が好むものといえば、乗馬や狩猟、テーブルカードばかりと思っておりましたが、ゼン様はそんなことありませんのね」
優美な百合の花が彫りこまれた猫足テーブルを挟み、向かい合う華やかな一組の若い男女。
言葉少なく、短い返答と相槌を返すだけの青年に、少女は気分を害した様子もなく嬉しそうに話し続けた。
(惜しい。そこで笑顔の一つでも見せることが出来れば、一発なのに!)
一応順調な二人の雰囲気に安堵しつつも、一押しも二押しも足りない主人に、私はそっとエールを送った。
頑張れゼン様!今度こそお見合いを成功させ、私とお館様を安心させて下さい!
皆様始めまして、こんにちは。音声なし、字幕のみで失礼いたします。
私の名はマリア。
あちらで少女と一緒に居る顔面筋肉停止男、ゼン・ユーリウス様にお仕えする、幼馴染兼メイドでございます。
現在私は、無駄に広い客室の壁際に立ち、本日のゲストである伯爵家の令嬢エリザベス様と、ゼン様とのお見合いを全力でサポートしているところです。
「―――それから、実はわたくしの初恋の相手はお父様なんです」
もじもじしつつ、「お父様には秘密にして下さいね」と、小声で呟くエリザベス様。
天使です!天使がここにいます!!
かぁ、と染み一つない白い頬をピンク色に染め、恥じらう姿は同じ女性の私から見ても、キュートで思わず抱きしめたくなる可愛らしさでした。
―――が、
「それは奇遇だな。俺の初恋の相手も父上で、母上がライバルだった」
変態です。変態がここにいます。
顔の造作がどんなに良かろうが、一般の成人男性よりはるかに身長があり、筋肉質で体格のいい男が無表情で告白する姿に、たとえ自分の主人兼幼馴染であったとしても、形容しがたい程の嫌悪と薄ら寒さを覚えました。
「・・・」「・・・」
「・・・」「・・・」
「・・・」「・・・」
「・・・」「・・・」
(あぁ、またやってしまいましたねゼン様)
弾んでいた(?)はずの会話がピタリと止んで、訪れる無言の間。
甘やかな空気が急速に萎み、冷めていった。
まぁ、あんな変態発言が飛び出せば当然ですよね。分かります。
ここにきて、お見合い相手が始めて挨拶以外の長文を喋ったかと思えば、まさかのホモ発言。
私ならトラウマになる。
「コホン、失礼します。ゼン様、お茶のお代わりは?」
「貰おう」
「エリザベス様、エリザベス様のカップも中身が空の様ですが、お茶のお代わりはいかがですか?」
「・・・」
「エリザベス様?」
もしもーし?聞こえてますかー?
今までずっと喋っていたエリザベス様が黙れば、この部屋に満ちるのは沈黙のみ。
たとえ後で叱責を受けようとも、時として主人達の会話に割って入り、主のフォローをするのが、一流のメイドである私の務め。
何事もなかった様に澄ました顔で近づき、この期におよんでまだ自分の失態に気づいていないゼン様のカップに怨念を込めながら紅茶を注ぐ。
慎重に様子を観察しながら、エリザベス様にもお伺いを立ててみるが全く返答がない。
「エリザベ・・・」
怪訝に思って顔を覗き込めば、エリザベス様は目を見開いたまま気絶していた。
繊細なお嬢様には刺激が強すぎたみたいです。
「オメデトウゴザイマス、ゼン様。これで記録更新ですね」
「何故だ?」
「胸に手を当て、ご自分の今日の発言をふり返ってみて下さい」
「・・・。?分からないぞ」
少しは空気を読むスキルを身に着けてください。
あれ程、あれ程(大事な事なので2回いいました)余計な事は何も言わず、相手がふる話に黙って頷いて下さいとお願いしたのに、私が言うことをちっとも理解していなかったんですね。
「後で一緒に反省会をしましょう」
申し訳ありませんお館様。
お館様と私で散々苦労してセッティングしたお見合いでしたが、僅か半日でパアになってしまいました。
胃薬と水を用意して、後ほどご報告にあがります。
館の奥にある自室で、今か今かと吉報を待っている筈であるゼン様の父君に、心の中で合掌した。
ゼン・ユーリウス。
独身、24歳。
伯爵家の跡取り息子で、現役軍人である彼の36回目のお見合いは、こうして幕を閉じたのでした。




