②変態の創り出した異世界
変態おじさんを前にして、私は後退りをした。
逆に気の強い茜は、変態おじさんへと、歩を進めた。
茜は勇ましく、言い放つ。
「ちょっと変態ジジイ! そんな格好で何やってんの! 警察呼ぶからねっ!」
『何が警察じゃ、小娘が! ワシが作り出したこの変態異世界に、そんなものはないぞい……キシシシ』
うわぁ。
やばいよ、この人……。
かなりきてる……。
変態おじさんは鼻息を荒くして、怪しい手つきで近づいて来た。
「いやっ……」
恐怖に堪えられなくなった私は、茜の背中に隠れた。
その刹那、変態おじさんが飛びかかってくる。
「来んな、変態ジジイ!」
茜は、側に置いてあったゴミ箱を素早く掴むと、変態おじさんに向けて投げつけた。
バコッ‼︎‼︎ \\\\☆////
『おごぉ‼︎』
なんとゴミ箱は、ものの見事に変態おじさんの股間に命中した!
『おご……つ……つ……潰れた……』
股間を押さえながら、前のめりに崩れる変態おじさん。
今だっ!
私は茜の腕を掴んだ。
「茜っ、早く逃げようよ!」
だが次の瞬間、ドアが開かない事を思い出した。
「ああっ、でもどうしよう! ドアが開かないんだった」
すると茜が「春香、どいて!」と、私を脇へと押しやった。
茜は眼光鋭く、アルミサッシのドアを睨むと、身構えた。
え……まさか、蹴るの?
茜の目がキラーンと光ると、細くしなやかな脚が伸びた。
「あ、水色……」
一瞬、茜のパンツが見えた。
\\\\ ドカーン‼︎‼︎ ////☆
直後に、激しい音と共にドアが吹っ飛んだ。
わぁ、す……凄い。
この子、球技より格闘技の方が向いてるんじゃないの?
そんな事を思っていると、茜が振り返った。
「なぎさ先生のところに行こうよ、春香!」
「う……うん、そうだね」
戸惑いながらも、私達は千葉先生がいる体育館へと急いだ。
廊下を駆けながら、私は一瞬だけ振り返った。
変態おじさんの姿は見えなかった。
……あれっ?
廊下を駆けている時、奇妙な事に気付いた。
とにかく、仄暗いのだ。
壁はヒビ割れているし、窓ガラスも割れている。
「ねえ茜、なんか変じゃない?」
「うん、廃墟みたいだねー」
そんな会話をしながら、廊下の角を曲がった時。
——!?
思わず、絶句した。
そこには、信じられない光景が広がっていたからだ。
なんと、ナースやSM女王などのコスプレをした女性の空気人形が、壁にズラリと並んでいた。
しかも人形達は、まるで生きているかのように、身体をクネクネさせている。
床にはモザイクが必要なアダルトグッズ、またムチやロウソク、手錠、猿ぐつわ、派手な下着などが散乱していた。
天井にはピンク色のミラーボールが回転し、それら沢山のアダルトグッズを、妖しく照らしている。
……何、これ?
私は気分が悪くなって、立ちくらみがした。
しかし茜の方は「凄い、凄い」と、興味を示している。
好奇心に満ちたその横顔は、むしろ嬉しそうだ。
「見て見て、春香、この下着! ここんとこが、こんななってて……」
「わわっ、茜っ! そんな物、拾わないでよっ!」
私は、茜から卑猥な女性物の下着を取り上げると、ポイと投げ捨てた。
「もうやだ、こんな所! 早く千葉先生がいる体育館に行こうよ!」
「あっ、うん。そうだね!」
あぁ……。
一体、この学校はどうなってしまったの?
割れた窓の外に視線を走らせると、五月晴れだった空が一変、どんよりと濃い雨雲に覆われていた。
私は胸の内に、不吉な予感を膨らませた。
◇ ◇ ◇
体育館に着くと、やはりそこも一面が妖しいピンク色だった。
壁にはヌードポスターが大量に貼られ、ここにもアダルトグッズが、あちこちに転がっている。
とてもスポーツをする、神聖な場所ではない。
呆気に取られた私の視界の端に、千葉先生の姿を捉えた。
ぽつんと、コートの隅に座っていた。
恐怖の中、やっと得た安心感。
私は「先生ぇぇぇ!」と、情けない声を出した。
息を切らし、千葉先生の側に駆け寄る。
しかし、千葉先生は背中を向けたまま、ひたすらバスケットボールを、クリーナータオルで磨き続けているだけだった。
……なんだか、様子がおかしい。
こんなに私が騒いでいるのに、押し黙ったまま、振り返ろうともしない。
「なぎさ先生、どーしたの?」
たまりかねた茜が、千葉先生の顔を覗き込んだ。
「あら? あなた達……」
振り向いた千葉先生の顔は、いつもの温和な表情だった。
私は、ホッと胸を撫で下ろした。
ここで茜が事の成り行きを、千葉先生に説明する。
「ねえねえ、なぎさ先生、聞いてよ! 部室に行ったらさ、ロッカーの中から変態ジジイが出てきたの! そんで廊下には、大人のエロい玩具が沢山あって……」
「そんな事より、これ見て。凄く美味しいのよ」
そう言って千葉先生は、磨いているバスケットボールを、バリバリと食べ始めた。
——‼︎‼︎
「え? なぎさ先生……? そんなもの食べたら、お腹痛くなるよ?」
茜が、心配そうに言った。
ふと、咀嚼をやめた千葉先生は、私達の顔をうっとりと眺めだした。
そして、その口から耳を疑うような言葉が、飛び出した。
「あなた達の顔も、丸々としていて美味しそうねぇ」
私は、サーッと血の気が失せていくのを感じた。
さすがの茜も、この発言には困惑した顔を見せた。
千葉先生が一歩、近づく。
わわっ。
私は恐怖を感じ、後退りした。
つづく……




