⑩変態を説得
私は恐怖に震えながら、口を開いた。
「あ……あの……、しょ、しょ……」
『なんじゃ、怖くて小便が漏れそうか?』
「ち、違う。しょ、しょ、小説! 小説を書いておられますよね、マサクニさん! とても素晴らしい官能小説! わ、私、マサクニさんの大ファンなんです!」
マサクニが、ピタッと足を止めた。
『ワシの、大ファン?』
「わ、私、文芸部に入っているんです。顧問の先生が教材にと、沢山の本を持って来てくれるんですけど、その中にマサクニさんの小説があったんです! 官能小説も勉強になると言う事で、一冊だけあったんです!」
私は、口から出まかせを言った。
なんとか時間を稼ぎ、その間に茜の意識が戻る事を期待した。
マサクニは、疑いの目で見てくる。
『本当かぁ? まあ確かにワシはその昔、三つの作品を自費出版した事がある。それぞれ五百冊、計千五百冊ほど作ったが、売れたのは僅かに十冊だった。……その一冊を見たと言う事か?』
「え……あ……そ、そうです! そうなんです!」
『ふむ……。それはワシの渾身の超大作、《人妻調教・オナラ地獄》か? それか《淫らな吐息に揺れるホクロの毛》か? それとも《百キロ熟女・おげれつ大百科》か?』
うわぁ……キモいタイトルばかり。
もう官能小説じゃなくて、ただの変態小説だよ。
私は、えげつない題名の数々に立ちくらみがした。
しかし、気絶する訳にはいかない。
ここは踏ん張りどころ。
「……あっ、そうそう! その人妻調教……なんとかって作品です あれは感動しました! とても素晴らしい作品です!」
『ふむ《人妻調教・オナラ地獄》とな。じゃあ内容を言ってみろ』
えっ!
どうしよう、内容なんか知らないよ。
知りたくもないし。
えーと、もうイチかバチか、適当に言ってみよう。
「……ええと、そうですね。人妻が調教されるという話で……、オナラ地獄に……最初は苦しんでいた人妻も、その臭さが、なんというか徐々に癖になるといった展開で……その人妻の心境の変化が……とても見どころです。そして、オナラ無しでは生きていけない体になった人妻が、オナラ欲しさのために犯罪に手を染め、刑務所に入れられるんです……。ラストは、オナラで脱獄するという、奇想天外な物語でした……はい……あの、どうでしょう?」
『ふーむ、まさにその通りじゃ。口から出まかせ、言っとるわけじゃ無さそうじゃな』
あ、当たった……。
適当に言ったのに。
よし、ここで一気に攻めてみよう。
「本当に素晴らしい作品でした! 五感に訴える巧みな描写、非現実的なのに、リアルを感じさせる卓越された文章力! 洗練された表現の一つ一つに感動して、涙が止まらなかったです!」
マサクニさんは腕を組むと、目を閉じ、深く頷いた。
『うーむ、お主、分かっておるな。年端もいかぬ小娘じゃと思っておったが、まさかこうもワシの文章力、作品に込めた真意を、理解するとは大したものじゃ!』
なんか知らないけど、マサクニさんは凄く納得してくれている。
茜が起き上がるまでの時間稼ぎのつもりだったけど、うまく行けば私達への攻撃をやめて、帰ってくれるかもしれない。
私は慎重に言葉を選びながら、説得を続けた。
「あの……ですから、たとえマサクニさんの小説が賞を取れなかったとしても、分かる人には分かると思います。実は私も、密かにBL作品を《小説家になろう》という小説投稿サイトで発表してます。マサクニさんと同じで、誰からも評価してもらえません。賞に応募しても一次選考で、すぐ落ちてしまいます。その度に私、才能ないなぁと落ち込みました。でも《面白かったです、これからも頑張って下さい》と、ある日、初めてコメントがつきました。本当に嬉しかったです。私、その時に思いました。きっと、賞だけが全てじゃない。小説を通して、人と人との心の触れ合い。同じ趣味を持った仲間同士の交流。それも大事だと思うんです……」
『ふーむ……』
マサクニさんは、真摯な目をして唸った。
「……そう、みんな仲間ですよ。ジャンルは違っても、マサクニさんと同じ小説仲間です。だから、そんな仲間が書いた作品を、変態化させたりしないで下さい。そんな事をしても、気持ちは晴れないですよ。むしろ心は荒んでいく一方です」
マサクニさんは沈黙したまま、視線を落とした。
私は手応えを感じた。
あと、もう一押しだ。
つづく……
(次回、完結)




