第59話 引きこもり伯爵、ついに社交界デビュー!?
叙爵式から十日余り。宮廷晩餐会の日程は依然として決まらず、私はあいかわらず王都の別邸で半軟禁状態に置かれていた。
とは言うものの、退屈の極みだった先日比べたらやるべきことはできた。
ホルン村の瘴柱事件――その後始末の確認だ。
「――伯爵様。妹から便りがありまして」
執務机の向かいに立つクルトが、手紙を丁寧に広げながら報告してくれた。
「井戸水の臭気がだいぶ薄れてきたとのこと。畑も、黒ずんでいた土の色が戻り始めているそうです。家畜の異常もここ数日は見られず、村の者たちはようやく安堵しておりますゆえ」
「そう。よかったわ」
「それと、冒険者ギルドの方でも記録の処理が完了したと。瘴気の原因究明と除去は冒険者ウィン親子の功績として正式に登録されたそうです。――しかし、この方々は誰なのでしょうね? 名前と経歴だけはあるものの、その姿を見た者はほとんどいないとか。伯爵様は直接お目にかかっていたんでしたよね?」
「そうね――凄腕で気さくな方。娘さんのほうは真面目で優しいご令嬢だったわ」
「もし、お会いすることがあればお礼を申し上げたいものです。それでは失礼します」
クルトは深々と頭を下げ退出する。
冒険者ウィン親子――彼らの正体が公爵とその令嬢だなんて、クルトには想像もつかないだろう。
ギルドの記録上にブラックウォールの名もアッシュフィールドの名も残っていない。
あの森での出来事は、ただの冒険者の仕事として処理された。
「リリアーネ、そろそろ時間」
「そうね、支度をするわ」
ホルン村での事件解決後、私の元に一通の手紙が届けられた。
差出人はエセル、もちろん冒険者ではなく公爵令嬢として。
内容は――
『リリアーネ様
先日の叙爵の儀、まことにおめでとうございます。
ご多忙の折とは存じますが、近々ローゼンシルト公爵が主催されるサロンがございます。
王都にご不慣れでいらっしゃるでしょうから、もしよろしければわたくしがご案内させていただきたく存じます。
ご都合がよろしければお返事をいただけますと幸いです。
エセルフリーダ・ルナス・ブラックウォール』
と、社交界に慣れぬ私へのお誘い、もといエスコートを申し出てくれていたのだ。
王都で半ば引きこもりだった私。いい加減社交界デビューを果たさねば政治的に肩身が狭くなるのは必至。
しかし、コネもないのに社交に顔を出すのはあまりに無謀、どうしたものかと思っていた。
そんな矢先にエセルからの手紙が届けられたのは渡りに舟だった。
私は二つ返事で手紙を出し、その日取りが今日で場所は貴族街にあるローゼンシルト公爵邸だった。
「リリアーネ、ローゼンシルトって確か四大公爵の?」
「そうよ。王国南方を抑える公爵家。歴史的に教皇庁がある南のアルカ聖教国に近いため教会との関係が深い家ね」
「叙爵式にいた?」
私は肩をすくめて首を振る。
ジークハイトの半ば嫌がらせめいた叙爵式の前倒し、そんな中で日程の調整はなかなか難しい。
ゆえにあの日叙爵式に参列できた四大公爵はブラックウォール公爵とバルモア公爵のみだった。
「四大公爵の令嬢のお誘いを受けて、四大公爵主催のサロンに出席する……願ってもない機会ね」
「そのわりにはあんまり嬉しそうには見えないけど」
「そりゃあ貴族のサロンなんて魑魅魍魎の巣窟よ。下手な立ち回りすればたちまち爪はじき。でも、伯爵としていずれは出て行かなきゃいけない場ではあるし」
王都で人脈を作る機会を公爵令嬢が持ち掛けてくれるのだ。これを逃せばチャンスなど二度と巡ってこないだろう。
それに――本音としては「エセルにまた会える」ことに素直な嬉しさがあった。
エセルの手紙によると、屋敷に迎えの馬車を寄越すのこと。
私は公爵令嬢を待たすわけにはいかないと身だしなみを整え終えると屋敷の門前で待機するのだった。
※
屋敷の門前で待機すること十数分、小道の向こうから一台の箱形馬車が走ってきた。
煌びやかな装飾が施された箱型馬車はうちの馬車よりもずっとゴージャスで、さすが公爵家の馬車といった風格だ。
馬車が屋敷の前に横付けする。
御者台から従者が降りると、恭しく箱型部分の扉を開けた。
中から現れたのは淡い藤色のドレスを身にまとった公爵令嬢、エセルフリーダ。
流れるように艶やかな黒髪とドレスのコントラストはまさしく彼女が公爵家の令嬢としての気品と風格の証だろう。
ホルン村の森で魔導士装束を纏っていた時とは雰囲気が全然違う。
「お誘いいただきありがとうございます、エセルフリーダ様」
「こちらこそ。お会いできて嬉しいですわ、リリアーネ様」
表向きは“ほぼ初対面”の貴族同士の礼節。私もエセルも、互いの身分に合わせて挨拶と口調を変えた。
「それじゃあ留守番頼むわね、ステラ」
「ん、行ってらっしゃい」
さすがに貴族のサロンに使用人のステラを連れていくことはできない。彼女には別邸にてお留守番だ。
私は馬車に乗り込むとエセルと向かい合って座る。馬が嘶き、車輪がカラカラと音を立てる。
二人だけの空間で私たちはようやく“初対面”の仮面を脱いで口を開く。
「リリアーネ様、ホルン村の件では本当にありがとうございます」
「ふふっ、二人きりの時は“様”もなしで構わないわよ? 二人きりの時はただのリリアーネとエセルでいいんじゃない?」
「……そうですね、では改めましてリリアーネ、今後ともよしなに」
くすりと微笑むエセル。彼女の瑠璃色の瞳が揺らめく。
森で見たあの笑顔。私とエセルは小さく手を握って微笑みあった。
「サロンの会場ですが……すでにご存じかとは思われますがローゼンシルト公爵邸――セレスティーヌ・ベネディクタ・ローゼンシルト様のお住まいです」
「ええ。私、まだローゼンシルトの現当主とは会ってないから今日が初めてなの」
「セレスティーヌ様は女性ながら公爵位をお継ぎになって早十余年――とても敬虔で慈悲深い方ですわ。若い貴族の子女たちの交流の場を定期的に設けてくださっていて、わたくしもよくお招きいただいておりますの」
エセルの好意的なローゼンシルト公爵評。
親しい先輩への敬意と信頼がうかがえる紹介。裏の評判はそこからは何も見えない。
「教会からの信頼も厚く、信仰の守護者という称号もお持ちですの」
「信仰の守護者?」
「教皇庁が特に信仰に篤い世俗の貴族に授ける名誉称号ですわ。ゆえに王都における教会との調整役も兼ねておりますわ」
四大公爵の一角にして教会からの名誉称号持ち。
なかなかの肩書だ。
エセルの紹介を聞く限りでは立派な人物像しか浮かんでこないが――教会も教会で一癖も二癖もある組織だ。
と、金髪で皮肉屋な不良聖女の姿が一瞬脳裏にちらついた。
やがて馬車が止まり、私たちは会場となる瀟洒な屋敷の前に降り立った。
門にはローゼンシルト家の紋章――薔薇と盾が組み合わされた意匠が掲げられている。
王都に構えるローゼンシルト家の別邸。
季節の花で彩られた門前からして、品の良さと金の掛け方が違った。
「わたくし、先にセレスティーヌ様にご挨拶して参りますわ。お先に会場にお入りくださいませ」
「え、あっ」
そう言うとエセルはすっと別室に向かってしまった。
えぇ……一人でサロンルームに乗り込めと……?
心細いところがあるが――仕方がない。このサロンへの誘いを申し出てくれたことだけでも有り難く思おう。彼女だってブラックウォール家の代表として挨拶を欠かすことはできないはずだ。
私は意を決して一人で会場の中へと踏み入るのだった。




