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類稀なる i   作者: 某路傍
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地上へ

 帰り方は男が知っていた。

 僕の頭上を飛ぶ、あの2羽について行けば帰ることができるらしい。


 それじゃあと、踵を返す僕を男は呼び止めた。振り向いた時に、男が首に下げる土星のネックレスに朝焼けの明かりが反射した。


 改めて男を見ると、華奢な体をしているのが分かる。身長は高く、肌は汚い。浅黒い肌は所どころ粉がふいており、顔の中心を天の川のように雀斑が渡っている。


 警察官が講習で書かされる似顔絵のような男だ。

 どんなに下手な絵でも、彼は立ち所に捕まってしまうだろう。


「人生は決して見世物ではない」と男は言った。

「しかし時に見世物になる瞬間がある」


 僕には男の言う言葉の意味がよく分からなかった。


「ショー・マスト・ゴー・オンの精神だ」と実に日本語的な発音で男は言った。


 そして僕は歩き始めた。

 元の世界へ戻るために。


 振り返ると、男の姿はなかった。座礁した島も、霧も、焚き火もなくなっている。そこには光の余韻が漂っていた。祝福された歓喜のムード。静かなオーディエンス。満員のエレメント。


 僕は波の音を聞きながら、また歩き始める。僕の後ろには、満ち満ちた海があった。




・・・・・・




 気がつくと、僕は階段を登っていた。

 公会堂の入り口へと繋がる階段だ。僕は戻ってきたのだ。


 しかし思い返してみてもよく分からない出来事だった。いっそ白昼夢(今は昼でははずだが)だったという方が、僕も納得できる。


 夢から覚めたのか、自分の居場所が変わったのか、そんなのはどちらでもいい。僕は現実だと思える場所にいて、ここは不確かな情報から信憑性を見出さなければいけない世界ではない。


 霧の中に焚き火はないし、薄汚い男はいない。

 魂は見えないし輝かない。


 実際的な情報が流れ、実際的なことしか起こらない、表面上は分かりやすい世界に戻ってきた。


 表面上。これはかなり的確なのではないかと思う。僕らの世界はあまりに表面的過ぎるのだ。


 決して多くを語りたい訳ではない。僕は人格だの魂だので考え疲れている。


 ただ、もし、あなたの目の前に中年の男性が現れて、その人がとびっきり美少女みたいな声を出しているのを見ても、あなたは世界は真に迫るに十分であると言えるだろうか。


 顔には皮脂が浮かび、額は後退し、上の歯の五番目が欠けているような男が、野太い声を出すために作られた喉仏を飾りとし、美少女の声を出す中年の男が目の前に現れても、全ての事象は同化し、隠された部分などないと言えるだろうか。


「探しましたよ及川さん!」


 この国の警備局員のような格好をし、手にはライトを持っている。僕が階段を登る際にずっと聞いていた足跡の主だ。


 僕は大した言い訳も思いつかぬまま、この警備の男に遭遇してしまった。頭は疲れ、もちろん体も疲れている。


 僕は混乱し、誤魔化さなければと考えていると、警備員の頓狂な女性声が聞こえた。


 僕はその声に聞き覚えがあった。

 しかし、すぐには分からなかった。姿と声があまりにかけ離れていて、誰だか思い出せない。


 驚きながら何も言えない僕を見て、彼(?)は「ああ、変装してるんですよ」と言って、両手の親指をこめかみに当ててウィッグを取った。中からは長く艶のある黒髪が飛び出した。


 上衣のポケットからメイク落としのシートを取り出して顔を拭くと、日頃からケアを怠らない女性の肌が露わになる。


 中年の警備員は橘立花だった。

 彼女は何故だか警備員の格好をして、僕の目の前に現れた。


「お迎えに上がりました。今なら人の目はありません」


 彼女は僕の手を引いて走り始めた。

 僕は地上へと駆け上がった。


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