第二章 魔獣 〜其の弐〜
ノヴァが準備を整え、森へと消えていくのと入れ替わるように、村の反対側から二人の人影が現れる。
「……着いた。ここは村だな」
陽炎が足を止める。
雫は肩を上下させ、荒い息をつきながら村の様子を伺った。
一見すると長閑な農村だが、漂っている空気は重い。農作業の手を止め、《一点》を見る村人たちの視線に、雫は陽炎の背中に一歩隠れた。
(……変だ。村の中まで『血』の匂いが微かに漂っている。それに……)
陽炎の鼻が、普通の人間には感じ取れない【異質な殺気】を捉える。
「雫、俺から離れるなよ。この村、何かが起きてる」
雫がコクっと頷く。
陽炎は、村人たちの視線の先へと足を進める。
数人の村人の中心に、かつて武器の鑑定士をしていたという男、リュウが立ち尽くしている牧草へと歩み寄った。
リュウは、近づいてくる異装の少年と、その横に寄り添う少女に気づき、ハッとして顔を上げる。
(……なんだ、この少年は。まるで抜き身の刀のような……いや、それ以上の……)
リュウの目利きとしての直感が、陽炎の内に秘められた「狂戦士」の波動を僅かに感じ取った。
「あんた、この村の人間か? 何があったんだ。酷い殺気を感じるが」
陽炎の問いかけに、リュウは戸惑いながらも、皆の視線の先の正体である牛の残骸の方を指差した。
「……見ての通りだ。魔獣とやらにやられたようだ。今、ハンターのノヴァが森へ向かったところだが……」
「ノヴァ……」
陽炎が少し反応した。
そして、彼女が向かったという森の奥を見据える。
(…待てよ、…ノヴァ…だと?)
リュウの脳裏に、かつて武器屋の奥底に眠っていた『極秘の顧客名簿』の記憶がフラッシュバックした。
(……思い出した。バルサの隣街バガンのハンター……そんな表の顔じゃない。あいつは、十年前に忽然と姿を消した、帝都の元近衛一番隊副長……白銀の処刑執行官と呼ばれた女の名だ!)
その時、森の奥から空を切り裂くような、獣の咆哮が響き渡った。
地を這うような重低音の咆哮が村の空気を震わせた。
その場にいたリュウを含めた村人たちと雫は思わず耳を塞ぎ、その場にうずくまる。
「……ッ、こいつは……」
陽炎の瞳が鋭く細まる。その視線は、ノヴァが消えていった森の深淵を射抜いていた。
彼の中に眠る「狂戦士」の血が、獲物を前にした獣のように熱く脈打ち始める。
「おい、あんた! 今すぐ雫を……この子を連れて安全な場所へ逃げろ!」
陽炎はリュウの肩を掴み、有無を言わせぬ口調で命じた。
「な、何を言っている! 君こそ、その子を連れて……」
リュウが言いかけた言葉は、陽炎の背中から放たれる「圧倒的な威圧感」によって遮られた。
鑑定士としての本能が告げている。目の前の青年から感じる底知れぬ異様な殺気《死を運ぶ死神》は何だと。
「……雫、その人の言うことを聞け。いいな?」
陽炎は一瞬だけ優しい顔を見せ、雫の頭に手を置く。
雫は必死に首を振り、陽炎の服の裾を掴もうとしたが、その手は空を切った。
陽炎は既に駆け出していた。
村の出口へ、そして――死の咆哮が響いた森の奥へと。
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一方、森の奥深く。
辺りの巨木がなぎ倒された森の奥深くで、ノヴァは銀色の閃光となって舞っていた。
(…これで終わりだ)
弓から矢が放たれる。
閃光の如く魔獣の急所に的確に貫いた。
大きな音を立て崩れるように横たわる魔獣。
体長5メートルを超える《ブラッド・ライカン》それが三百年を生きた古の魔獣の名だ。
「グルルル……」
二、三度少し踠いたが静かに目を閉じた。
(フゥ…倒したな…)
ブラット・ライカン討伐は普通のハンターであれば、20〜30人の部隊を要していたであろう。
それほど、魔獣は強者である。
彼女が目線を落とすと、白銀の甲冑には、無数の鋭い爪痕が刻まれていた。
凄まじい闘いだった事が物語っていた。
その直後だった。
ゴ…ゴゴ…ゴゴゴ
微かに地鳴りがする。
その音が徐々に大きくなり、やがて立てないぐらいに地面が揺れ辺りが崩れていく。
ノヴァのブルーの瞳に驚愕が走る。
「……胸騒ぎが当たってしまった…厄日だな」
崩れ落ちた地面から異常な程の邪気が噴き上げ、現れた魔獣がいた。
魔獣の名は地龍。魔獣王といわれており、先程のブラット・ライカンより十倍は強い。
(魔獣はより強い魔獣の邪気にあてられ引き寄せられる。コイツがここの支配者だ!)
ノヴァはその場から後ろへ飛び跳ねるように数歩下がる。
魔獣が漆黒の影となってノヴァへ肉薄する。
ノヴァは弓を引き絞るが、その至近距離では回避が間に合わない――。
「――そこまでだ、化け物」
突如、上空から飛来した影が、魔獣とノヴァの間に強引に割り込んだ。
凄まじい衝撃波が周囲の樹木を震わせ、土煙が舞う。
「……あんた、一人で死ぬつもりか?」
土煙の中から現れたのは、不敵に笑う陽炎だった。




