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神位の書  作者: KATSUMI


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第十章 銷魂


帝都が『九商』の脅威から解放され、束の間の安息に包まれていたその裏側。


世界の断層に位置する、光すらも拒絶するような殺風景な一室。ゆらゆらと揺れる数本の蝋燭(ろうそく)の火だけが、不気味な陰影を壁に刻んでいる。


「ハハ……商人もやられたか。そろそろいい頃合いだ」

闇の奥底、かつて九商たちが畏怖を込めて『君主』と呼んでいた男が、薄く唇を吊り上げた。その瞳には、大陸の動乱さえも盤上の駒に過ぎないと言わんばかりの、底知れぬ虚無が宿っている。


「では、主の計画の最終段階を実行いたします」

男の背後、影に溶け込むようにして三人の人影が跪いた。深いフードに顔を隠し、放つ気配は生者というよりも『死』そのものに近い。


「臣下どもに命ずる。狂戦士の第二覚醒を促せ」

君主の冷徹な声が室内に響く。

その標的は、他でもない——陽炎。


「はっ」

短く、重く、血の匂いのする返事。

臣下三人の名は、ハデス、プルートゥ、ヘル。

三人は、主の言葉が終わるや否や、音も立てずに姿を消した。


残された君主は、手元にある一枚の古びた写真を見つめていた。そこには五名の少年少女が楽しそうに笑っていた。

「天明よ……。お前たちが築き上げた偽りの平和を、お前たちが愛した『後継者』の手で終わらせてやろう」

そう呟くと、音を立てて写真を破り捨てると蝋燭の火が、一際大きく爆ぜて消えた。


完全な闇の中、狂戦士を『怪物』へと変貌させるための、残酷なカウントダウンが始まった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


上空にこの世界の象徴であるウラノスが見える大和国の中枢『帝都』。

陽炎たちはその帝都内にある宿屋に宿泊中であった。


陽炎は、須佐能袁の再会から、これまでのことを思い出しながら、上空にあるウラノスをぼんやりと眺めている。


コンコン


「?」

時刻は深夜。

こんな時間に誰だと陽炎は思う。


「陽炎、いいか?」 

声の主は、須佐能袁であった。


「スサさん?」

陽炎は驚き、すぐに扉を開けた。そこには普段の豪奢な大天位としての衣装を脱ぎ捨て、地味な深編み笠に旅装束という、およそ「西の最強」とは思えぬ姿の須佐能袁が立っていた。更にその背後、影に溶け込むようにして、燃えるような紅い髪を無造作に束ね、鋭い眼光を放つ女性——阿修羅も腕を組んで立っていた。


大天位が二人。それも、実戦においては最強の双璧と称される二人が揃って深夜に宿を訪ねてくるなど、異常事態以外の何物でもない。


「どうしたんだよ、阿修羅さんまで!こんな夜遅くに突然来るなんて、よっぽどのことだろ!?」

陽炎が部屋に招き入れると、須佐能袁は即座に指を鳴らした。

ピキィィィィン、と空間が静まり返っていき、部屋全体が強力な遮音と探知阻害の結界に包まれる。ここまで警戒していることに、唯ならぬ内容であると理解する。


「フー…これでやっと落ち着ける」

阿修羅は備え付けの椅子にどっかと腰を下ろし、真っ直ぐに陽炎を見据えた。


「阿修羅様まで来るなんて。帝都で何が問題でも起きたのか?」


「そうだ。…んーでも、正確には少し違うな。今起こったのではなく、ずっと起こっていると言った方が正しいかな」

阿修羅が陽炎の問いに答える。


須佐能袁が引き継ぐように言葉を重ねる。

「ああ、陽炎。十数年追い続けていた『楽園の商人』が今にきて姿を現した、そして陽炎と雫の事件………」

そこまで話すと、須佐能袁は一旦言葉を止めた。


「ここからが本題だ。俺と阿修羅は一つの仮説を立て考えた。狂戦士の覚醒で得するのは、兵器を生業にしている『楽園』。だか、腑に落ちない点が一つある。阿修羅の修行を受ける前の陽炎なら、倒せることも、封印が不安定になっていた二人の心情を揺さぶり狂戦士化を促すこともできた筈。なら、なぜしなかった?その意図とは?」


「そう言われると…追ってもわかりやすかったし、深追いもなかったな」

陽炎は考える。俺たちを本当に殺そうとしていたのか?、全く何がしたかったんだ?、と。


阿修羅が、頭を傾げる陽炎をみて答える。

「後で考えると、不思議だろ。わざとらしいんだよ」


須佐能袁の表情が険しくなり、陽炎へ話を続ける。

「…狂戦士。一番、狂戦士が力を発揮するのは何か分かるか?…悲しみからくる絶望感への怒りだ。」


「?。…スサさん何が言いたい?」

陽炎の表情が明らかに変わった。


「…そうだ。この旅で度重なる窮地を脱し、お前には心から仲間と言えるかけがえのない『仲間』ができた。特に…雫。」


「……雫が、なんだっていうんだ」

陽炎の声が、無意識に低く震える。


須佐能袁の言葉が、自分の心の最も柔らかい部分に土足で踏み込んでくるような、得体の知れない不快感と、それを上回るほどの「恐怖」を呼び起こしていた。


須佐能袁は、陽炎のその反応を逃さず、残酷なまでに静かなトーンで続けた。

「奴らの狙いは、お前を殺すことじゃない。お前という器を、完成させることだ。……それも、この世で最も純度の高い『絶望』を使ってな。今の陽炎、お前にとって、何よりも守りたい存在が奪われた時……その時、狂戦士の封印は内側から完全に破壊される」


「……っ!!」

陽炎が立ち上がろうとした。だが、阿修羅の放った凄まじいプレッシャーが、重力のように陽炎を椅子に縫い付けた。


「座りな、陽炎。……まだ話は終わっちゃいないよ」

阿修羅の瞳は、いつになく真剣だった。

「あいつらは待ってたんだ。あんたに、失いたくない『絆』ができるのを。九商を倒させ、成功体験を与え、仲間との信頼を深めさせた……。全部、あんたを絶望という谷底へ突き落とすための準備運動だったとしたら、どうだい?」


「ふざけるな! そんなことのために……雫やみんなが……」


「そうだ。奴らにとって命はただの触媒だ」

須佐能袁が陽炎の目を真っ直ぐに見据える。


「陽炎。狂戦士にはその先がある。『第二覚醒』……それは、理性を完全に焼き尽くし、世界を滅ぼすための黒い太陽となることだ」


部屋の蝋燭が、不気味に青白く爆ぜた。

結界を張っているはずの室内へ、どこからともなく、死者の吐息のような冷たい風が吹き込む。


「奴らが狙うのはお前じゃない。……お前の周りの、すべてだ」


須佐能袁の言葉が、陽炎の脳裏で雫の笑顔と重なった。




守るべきものができた今、彼は史上最も『強く』、そして同時に、最も『脆い』爆弾になろうとしていた。









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