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神位の書  作者: KATSUMI


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第九章 楽園2 〜其の伍〜


一方、蒼波の前には、音の壁で防陣を敷くマーキュリーが立ちはだかっていた。


「無駄よ、剣士。私の歌は、万物を拒絶する聖域……」


「……音なればこそ、振動に過ぎぬ」

蒼波は守護者の剣(ガーデアンソード)を真正面に構えた後、ゆっくり後ろへ回し停止させる。


【剣技・心魂砕き】


一直線に振り下ろす。放たれた斬撃は、音の壁を透過し、その「波」そのものを打ち消す。

「……カハッ……!?」

マーキュリーの喉が内側から破裂したように沈黙する。歌を失った伝導師の胸元を、蒼波の刃が音もなく貫いた。




「……残るは、お前だけだ」

陽炎が、カーライルの操る超巨大肉塊魔獣を見上げる。


山のような巨腕が振り下ろされるが、陽炎は一歩も引かない。


「陽炎、声に、あなたの熱を乗せて!」

雫が陽炎の背中に寄り添い、(おもい)をアゾットへと注ぎ込む。


黄金の炎と翡翠の風が混ざり合い、アゾットの刀身が白銀の太陽のごとき輝きを放った。


「これで……おしまいだ!!」

【不壊共鳴・真言・天狼殲破】


陽炎が放った一閃は、巨大な光の狼となって肉塊魔獣の心臓部を貫通し、その背後にいたカーライルをも飲み込んだ。


「あ、あああああ……! 私の……私のコレクションがあぁぁ……!!」


断末魔と共に、カーライルの身体が、砂が崩れるように霧散していく。



静寂——

あのおぞましい軍勢も、七人の商人も、すべてが消え去った。


商人たちの最期と共に、異空間を埋め尽くしていた数万の軍勢が、まるで燃えかすのように風に舞い、消えていった。


「……終わった、のよね」

ノヴァが膝をつき、激しい呼吸を整える。蒼波もまた、血に濡れた刀を背に納め、空虚な赤黒い空を見上げた。


陽炎はアゾットを握りしめたまま、雫の顔を覗く。


「雫、大丈夫か。……もう、あいつらはいないぜ」

「……うん。でも、陽炎。この空間……出口が……」


そう、商人たちという「管理者」を失ったこの異空間は、急速に安定を失い、ガラスが割れるような音を立てて崩壊を始めていた。出口のない牢獄。このままでは空間の塵として消滅する運命にある。


「ク、クソッ、最後まで嫌な商売しやがって……!」

陽炎が咆哮した、その時——



パキィィィィィィィンッ!!


崩れゆく空間の天井に、先ほどの「亀裂」とは比較にならないほど巨大な、黄金の亀裂が走った。


「 ——全観測網、ロックオン。位相固定、完了。……全く、世話の焼けるヤツらだねー」


天から降り注いだのは、聞き慣れた、そしてこの世で最も不敵な声。


「……帝様!?」

雫が顔を上げる。


黄金の裂け目から、眩いばかりの光の奔流が溢れ出し、崩壊しかけていた暗黒の空間を一瞬で白一色に塗り替えた。

光の中から、巨大な軍艦の船首のような構造物と共に、三つの圧倒的な「圧」が降臨する。


「…遅くなって悪かったな、陽炎」

腕を組み、不敵な笑みを浮かべて宙に立つのは、『英雄・須佐能袁』。


「……無事か、お前たち」

静かな、だが大陸を震わせるような覇気を纏った、『爆轟・阿修羅』が、愛弟子たちの姿を確認し、わずかに口角を上げた。


そして、その中央。

手にした扇を優雅に広げ、退屈そうに、しかし慈しむような瞳で五人を見下ろす『帝・天明』がいた。


「大和の全技術と、私の我儘(わがまま)を総動員してここまで来たんだ。……さあ、帰ろうか。私たちの『家』へ」


天明ことシャナが指先を鳴らすと、五人の体を温かな光の膜が包み込む。

それはドヴォルグの呪いも、楽園の侵食も、一切を寄せ付けない最強の守護。


「……へっ、遅ぇんだよ。……でもありがとな」

陽炎が毒突きながらも、安堵からアゾットを握る力を緩めた。


「……お父さん。私、見せたよ。……もう、道具じゃないってこと」

雫は崩れゆく楽園の残骸を見つめ、静かに、だが確かな決別を告げた。


帝都の英知と、三名の大天位の力が結集し、絶望の淵から五人を引き戻す。





大和の空の下、誇りを取り戻すための「証明」は、最高の形で幕を閉じようとしていた。


光の膜に包まれた陽炎たちの視界が白く染まり、次元を跳躍する独特の浮遊感が全身を駆け抜ける。崩壊し、塵となって消えゆく『楽園』の忌々しい気配が遠ざかり、代わりに懐かしく、清涼な空気が肺を満たした。


次に目を開けたとき、そこは帝都の天空に浮かぶ観測儀礼場であった。


「——帰還、確認! 生体反応、五名とも正常です!」


「医療班、直ちに展開せよ! 疲労困憊だ、急げ!」


周囲に響く技官たちの怒号に近い歓喜の声。

陽炎は、ふらつく足でしっかりと大地——大和の土を踏みしめた。隣では、雫が眩しそうに、けれどもしっかりとした眼差しで帝都の街並みを見渡している。


「……陽炎、空が……青いよ」

「ああ。……帰ってきたんだな、俺たち」


背後では、ノヴァが力尽きたようにその場に座り込み、蒼波と紫苑が互いの無事を確認し合うように静かに頷き合っている。


その五人の前に、ゆっくりと三人の『大天位』が歩み寄った。


「須佐能袁様、阿修羅様……そして帝。勝手な真似をして、申し訳ありませんでした」

ノヴァが代表して深く頭を下げる。


「謝る必要はない、ノヴァ。お前たちは己の矜持(きょうじ)を、そして大和の民としての誇りを示した。……見事であったぞ」

阿修羅が掌をノヴァの肩に置く。その言葉には、厳格な上司としての顔だけでなく、教え子の生還を心から喜ぶ武人の情が籠もっていた。


「ま、俺としてはもう少し早く助けに行きたかったんだけどな。帝が『彼らの限界と可能性を見極めるまで待て』なんて言うもんだからさ」

須佐能袁がおどけたように肩をすくめるが、その瞳は陽炎が纏う「心眼」の気配を敏感に察知し、満足げに細められた。


帝・天明——シャナは、静かに歩み寄り、陽炎と雫の前で足を止めた。

「陽炎、雫。……ドヴォルグの呪い、そして九商の誘惑。それらすべてを跳ね除け、お前たちは自らの価値を自らで証明した」


シャナが扇を閉じ、雫の頬に優しく手を添える。


「雫。もうお前を『道具』と呼ぶ者は、この大和には一人もいない。お前は私の友人であり、この国の誇りだ」


「……っ、はい……! ありがとうございます、帝様……!」


雫の目から、大粒の涙が零れ落ちる。それは悲しみでも恐怖でもない、本当の意味で自由を手にした喜びの雫だった。


「さて! 感傷に浸るのもいいけれど、まずはゆっくり休みたまえ。……報復の準備や、国際社会への『商談』は、この私が直々に進めておいてあげるからね」


シャナが不敵に、そして慈愛に満ちた笑みを浮かべる。




大和の空はどこまでも高く、晴れ渡っていた。五人の長い夜は明け、新たな伝説がここから始まろうとしていた。



          第九章、完



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