第九章 楽園2 〜其の参〜
(……な、何っ、進化した!?)
「アルケイデス、 ヘパイトス、ヤコブ!今すぐ二人の首を叩き落としなさい!」
高台の奥で静観していたメラムプースが、初めて余裕をかなぐり捨てて叫んだ。
その声に呼応し、影法師アルケイデスが床に溶けていた自身の影を回収し、巨大な黒い鎌へと変える。ヘパイトスは巨槌を白熱化させ、ヤコブは数十の「偽りの契約書」を空中に展開した。
「見える……」
陽炎が地を蹴った。
その速度は、ヤコブの視覚改ざんが追いつかないほどに鋭く、そして迷いがない。心眼によって「真実の敵」を捉えた陽炎は、アルケイデスの無数の影の手をすり抜け、一気にヘパイトスの懐へ潜り込んだ。
「舐めるなァ! 潰れろッ!」
「——『拒』!!」
ヘパイトスの槌が振り下ろされる直前、雫の澄んだ声が響く。
物理的な衝撃波ではなく、相手の「戦意」そのものを弾き返すような高密度の呪力が、巨槌の軌道をわずかに逸らす。
ズガァァァァァンッ!!
空を切った巨槌が石床を粉砕する。その隙を陽炎は見逃さない。
【重圧一撃!】
陽炎の拳がヘパイトスの重厚な胸甲にめり込む。黄金の波動が装甲を内部から破裂させ、巨漢の商人が初めて後方へと吹き飛んだ。
「バカな……! 何故、『鑑定』の数値が上昇し続けているのですか!!?」
メラムプースの持つ手帳が、異常な数値を刻みながら発火し始める。
「メラムプース、理屈で測れるもんじゃない……こいつらの『絆』ってやつは!」
ヤコブが忌々しそうに叫び、数十の契約書を陽炎に向けて放つ。「触れた箇所を爆破する」という嘘の真実を押し付けようとしたが、雫の真言がそれを許さない。
「——『消去』!!」
雫が掌をかざすと、ヤコブの放った契約書がただの紙屑に戻り、虚空に消えた。
視線を交わすことすら必要ない。陽炎が踏み込めば雫がその足元に風を送り、雫が狙われれば陽炎の黄金の熱気が盾となる。
「……ならば、これならどうだっ!お前たちの絆ごと、真っ二つにしてくれるわ」
アルケイデスが巨大な影の鎌を振り下ろし、鎌が放つ死の波動が、陽炎と雫を同時に襲う。
「やってみろ!」
二人は背中を合わせ、息を合わせる。
「雫、いくぞ」
「うん」
陽炎のアゾットが光り輝き一撃を放った瞬間、雫の真言が増幅させる。その一撃の威力は螺旋を描き、演武場で見せた《光の狼》がさらに巨大な、黄金と翡翠の《双頭の獣》へと姿を変えていく。
「え、えぇぇぇっ!!何なんだーこの輝きは!?き、…消えていく…私の…か…かげ………が」
二つの輝きが、アルケイデスを光に包む。光の中では影の鎌も消え去る。そして、アルケイデス自身も霧が散るように光の中へ消えていった。
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三人の剣士が放つ一撃は確かに強大だった。
しかし、ここは『楽園』の領域——商人の「庭」である。
「ケケケ……。やはり、ただの人間。底が見えるのも早いねぇ」
傀儡師カーライルが嗤う。
紫苑が呪糸を断ち切り、崩れ落ちたはずの肉塊。それが床に触れた瞬間、ドロドロとした黒い泥へと変わり、紫苑の足元に絡みついた。
「っ……! 抜けない……!?」
「紫苑!」
助けに入ろうとした蒼波の前に、さらなる絶望が立ち塞がる。
伝導師マーキュリーが聖典を逆さまに掲げると、彼女の「呪歌」が物理的な質量を持った『音の壁』へと変貌したのだ。
「【聖域の沈黙】……。剣の届かぬ場所から、絶望を聴きなさい」
目に見えない音の圧力。蒼波が長刀を振るうが、真空に近い音圧の壁に剣筋を逸らされ、踏み込みを阻まれる。そこへ、道化師ジョーカーが狂ったようにトランプを投げつけた。
「ヒャッハハ! 足が止まったらただの的だぜ!」
ドォォォォンッ!!
至近距離での連鎖爆発。蒼波は直感的に致命傷を避けたものの、爆風に吹き飛ばされ、徐々に血に染まっていく。
「蒼波……っ! ああっ!!」
ノヴァが叫ぶが、彼女もまた限界に達していた。
双剣の剣技。それは肉体に凄まじい負荷をかける諸刃の剣だ。
阿修羅の修行で培った強靭な肉体をもってしても、数万の軍勢と二人の商人を同時に相手取り続けるのは、骨を軋ませ、内臓を削る行為に等しい。
「はぁ……はぁ……っ……。くそ、キリがないわね……!」
ノヴァの双剣が、機兵騎士の硬質な装甲を叩くたびに火花を散らす。しかし、彼女の視界を覆うのは、ジョーカーが放つ紫の煙。
三人の剣使い。呪術を使わぬがゆえの「純粋な強さ」は、同時に「肉体の限界」という絶対的な弱点でもあった。
「ククク。さあ、繋ぎ合わせよう。最高の素材(剣士)たちを!」
カーライルの呪糸が、身動きの取れない紫苑の首筋に冷たく触れる。
蒼波は膝をつき、ノヴァは荒い呼吸と共に剣を支えに立ち尽くす。
「……まだだ。まだ……終わらせん……」
蒼波が口内の血を吐き捨て、震える手で長刀を握り直すが、その眼前に、肉塊から再構成された数十体の『機兵騎士』が、一斉に槍を構えて突撃の構えをとった。
高台の下、三人の盾が、今まさに崩壊しようとしていた。




