第九章 楽園2
商人の一人、鑑定師のメラムプースが言葉を発する。
「お久しぶりです。やはりご縁がありましたね。フォフォ。……さあ、始めましょう。極上の絶望を差し上げましょう」
「くるよ、陽炎!!」
ノヴァの叫びと同時に、リビングデッドの津波が五人に襲いかかる。
「……数、多すぎだろ!!」
陽炎が叫ぶ。アゾットを一閃させるたび、数十のリビングデッドが炭化し、機兵騎士の装甲が弾け飛ぶ。しかし、その刹那には、空いた隙間を埋めるように新たな死者の波が押し寄せてくる。
数千、数万。地平線まで続く鉄と腐肉の津波。
その遥か最奥、優雅に玉座に腰掛ける七人の商人は、まるでお遊戯を観戦するかのように、冷たい笑みを湛えていた。
「このままじゃ、アイツらの顔を拝む前にこっちの体力が尽きるわね……!」
ノヴァが重力の弾丸を放ちながら毒突く。
「陽炎、雫! 前だけを見て走れ!」
背後から、蒼波の重厚な声が響いた。
「陽炎。貴様には、あの商人の首を獲る役割がある。……雫、お前の声は、あんなゴミ溜めを吹き飛ばすためのものだろう?」
蒼波が長刀を鞘に納め、腰を深く落とした。同時に、紫苑が彼の隣に並び、村雨の切っ先を地に向ける。
「道は……私たちが作ります」
「ノヴァ! 最大出力だ!!」
「言われなくてもッ!!」
ノヴァが双剣を持ち両腕を天に掲げる。
【白銀閃光】
陽炎たちの前方、数百メートルの範囲に渡り凄まじい光の竜巻が発生し、死霊還りたちが一瞬で肉塊となり、剣圧で機兵騎士たちも膝を折る。
「今だ、紫苑!」
「はいっ!!」
蒼波が抜刀すると同時に、紫苑もまた神速の踏み込みを見せた。
二人の剣士が放ったのは、修行で練り上げた『合一の一閃』。
【八重垣・断界】
蒼波の剣技による重圧で押し潰された敵の群れを、紫苑の巨大な斬撃の嵐が左右に引き裂いた。モーゼの十戒のように、死者の群れに一本の「道」が切り開かれる。
「……行け、陽炎!!」
「おうっ!! 雫、いくぞ!!」
「うん!!」
陽炎は雫を背に載せ、開かれた一直線の道を爆走した。
真横から群がろうとする機兵の腕を、雫の放つ『拒』の衝撃波が弾き飛ばす。
視界の先には、先ほどまで点にしか見えなかった七人の商人の姿が、鮮明に、そして巨大に映り始めていた。
「おやおや。不法侵入にしては、少々勢いが良すぎるんじゃないかな?」
詐欺師のヤコブが不敵に笑い、シルクハットを脱いで一礼する。
ついに、陽炎と雫は「軍勢」という壁を突き破り、楽園の中枢、商人たちが座す高台へと辿り着いた。
「——待たせたな、クソ商人。……さあ、商談の続きをしようぜ」
陽炎が真っ赤に熱したアゾットを突きつける。
その目の前には、余裕の笑みを浮かべる七人の怪物が、異様な圧を持って立ち塞がっていた。
高台の冷たい石床を、陽炎の靴が踏みしめる。
「……フォフォフォ。やはり、この鑑定眼に狂いはなかった。あの地獄の軍勢を突破してくるとは、実に『高値』のつく魂だ」
鑑定師メラムプースが、手にした手帳を見ながら一歩前に出る。その礼儀正しい口調とは裏腹に、彼女のモノクルから放たれる視線は、陽炎の筋肉の動きから雫の呪力の残量まで、すべてを「商品」として分解していく。
「ですが、この度は商談ではありません。貴方たち全員の命をいただくためにお呼びいたしました。」
「俺たちの命は容易くないぜっ!」
陽炎が地を蹴り、アゾットをメラムプースの首筋目掛けて振り下ろす。
しかし、その刃が届く直前——詐欺師のヤコブが、間に割り込み、『|真実と嘘《フェイク&リアリティ》』を発動する。
「おっと、そんなに慌てるなよ」
ヤコブが指を弾く。陽炎が放ったはずの斬撃の衝撃が物理法則を無視したカウンターとなり、陽炎の胸元で炸裂し体を後方へと弾き飛ばした。
「陽炎っ! 」
雫が即座に真言を紡ぎ、陽炎の衝撃を和らげる。
だが、その雫の背後に、影法師のアルケイデスの巨大な影が音もなく近づき雫の口を塞いだ。
「……女の子は、静かにしてな」
奇術師ヘパイトスが、雫に炎を纏う巨大な槌を振り下ろす。
「危ねぇっ!!」
空中で体勢を立て直した陽炎が、雫に当たる直前に、アゾットの腹でその巨槌を受け止める。
ガキィィィィィィィンッ!!
演武場の時とは比較にならない重圧。陽炎の足元の床がクモの巣状に砕け散る。
「真言を使えなくなり、さぁーこれからどうしますか?見ものですねー、フォフォ」
メラムプースが、目を細め楽しそうに冷酷に告げる。
「傀儡師カーライル、伝導師マーキュリー、道化師ジョーカー。後方の『お掃除』は任せましたよ。詐欺師ヤコブ、奇術師ヘパイトス、影法師アルケイデス。……この二人の『絆』、どれほどの耐久値か試してあげなさい」
高台の下では、後方を守るノヴァたちに向けてカーライルの呪糸とマーキュリーの呪歌、ジョーカーの爆辞が牙を剥き、高台上ではヤコブの書き換えとアルケイデスの影、ヘパイトスの幻影が陽炎と雫を包囲していく。




