第八章 思惑 〜其の玖〜
巨大な光の狼が機兵たちを飲み込み、そのまま演武場の分厚い壁ごと粉砕した。
爆煙が立ち込める中、ガシャン……と、最後の一体が崩れ落ちる音が響く。
静寂が戻った演武場。そこには、しっかりと手を繋ぎ、肩で息をしながらも真っ直ぐに帝を見据える、陽炎と雫の姿があった。
「……素晴らしいね」
パチ、パチ、と。
静寂を破ったのは、帝シャナの乾いた拍手だった。
「機兵による『再教育』は失敗。それどころか、彼女が自らの意志で、かつての守護職・弥勒の技を再現してみせた。……これはもう、ドヴォルグの『所有物』という主張には無理があるよねー」
シャナが冷ややかな視線を特使に向ける。特使は顔を真っ青にし、ガタガタと震えながら言葉を失っていた。
「さて……阿修羅、須佐能袁。十三人審議会の意見をまとめようか」
帝シャナの声が静まり返った演武場に響き渡ると、円卓の十三人が一斉に動き出した。
「採決を取るよ。ドヴォルグ王国の主張を退け、雫を『一個の生命体』として認めることに賛成する人は挙手を」
シャナの言葉が終わるか終わらないかのうちに、須佐能袁が真っ先に、そして力強く手を挙げた。続いて、腕を組み沈黙を守っていた阿修羅も、教え子たちの姿を誇るような鋭い眼光を湛えながら手を挙げる。
それを見た他の各国の重鎮たちも、顔を見合わせながら次々と手を挙げていった。陽炎と雫が見せたあの絆、そしてかつての英雄・弥勒の技の再現——それを否定することは、もはやこの世界の理そのものを否定することに等しかった。
「……決まりだね。全会一致。雫の所有権を主張するドヴォルグの請求は却下。彼女は大和国、延いては国際法において、自由な市民権を有する一人の人間であることをここに宣言するよ」
「……っ、やったな、雫!」
陽炎が隣の雫を振り返る。雫は瞳に涙を溜めながら、何度も、何度も頷いた。
しかし、その歓喜を切り裂くように、ドヴォルグ特使の絶叫が響き渡った。
「認めん……認めんぞ! こんなことが許されるはずがない! 『楽園』の計画を、たかが二人に壊されてたまるか!」
「……何!?」
外縁で見守っていたノヴァたちが即座に武器を構え、演武場へと飛び降りる。
特使は懐から不気味な形をした結晶を取り出し、それを床に叩きつけた。
パキィィィィィィィンッ!!
結晶が砕けると同時に、演武場の中央に、空間そのものが腐食したかのような「亀裂」が走った。そこから溢れ出したのは、禍々しい『楽園』の魔力。
——次の瞬間
陽炎、雫、演舞場に入ってきたノヴァ、蒼波、紫苑が異空間の亀裂にのみ込まれ閉じた。
須佐能袁が特使の胸ぐらを掴み問う。
「陽炎たちはどこに行ったー!!!」
(…!?)
特使の首の後ろに呪印が施されているのに気づいた。
「ケケケ……終わりだ。あの子たちは『楽園』の空間の中……。もう二度と、この世界の光を拝むことはない……!」
特使の男が白目を剥き、不気味な笑みを浮かべたままガクリと首を垂れた。
刻まれていた呪印やがて炭のように崩れ落ちていく。操り人形としての役目を終え、魂ごと焼き尽くされたのだ。
「貴様ぁッ!!」
須佐能袁の咆哮が演武場を震わせる。掴んでいた特使の残骸を叩きつけ、陽炎たちが消えた「空間の傷跡」へと手を伸ばすが、そこにはすでに虚無の冷気しか残っていない。
「……遅かったか」
阿修羅が鋭い足取りで歩み寄る。その表情は、いつもの冷徹さを通り越し、鬼気迫る静かな怒りに満ちていた。
「帝、これは宣戦布告と受け取っていいよな」
玉座から立ち上がったシャナもまた、先ほどまでの余裕を完全に消していた。
「……当たり前だ。私の目の前で、私の決断を汚したんだ。……大和国全軍に告ぐ。非常事態宣言。ターゲットは『楽園』。全次元観測網を最大出力で稼働させ、消えた五人の座標を叩き出せ!」
帝都もただ傍観するのではなく、雫の事件以来、この十年間手薬煉を引いて開発していたのだった。
円卓を囲んでいた各国代表たちは、あまりの事態に騒然となりながらも、世界の頂点に立つ三名の大天位のに気圧され、立ち尽くすことしかできなかった。
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陽炎たちが目を開けた先は、色彩の欠落した不気味な異空間だった。
空には赤黒い渦が巻き、大地には無数の墓標のように結晶体が突き刺さっている。
「……雫。無事か? 他の連中は……」
陽炎が身を起こすと、すぐ近くでノヴァ、蒼波、紫苑も武器を手に立ち上がるところだった。
「……どうやら、全員まとめて強制転移させられたみたいね」
「……『楽園』の直轄領域ぽいな」
陽炎がアゾットを握り直し、周囲を警戒する。
そこは、帝や須佐能袁といった「規格外の強者」を物理的に隔離し、陽炎たちを確実に仕留めるために用意された殺戮の間であった。
地平線を埋め尽くすのは、おびただしい数のリビングデッドと、先ほど演武場で戦ったものを凌駕する性能を持つ機兵騎士の軍団。その数は数千、数万。
「……ふん、大層な歓迎ね。でも、数が多いだけなら修行の時と変わらないわ」
ノヴァが双剣を旋回させ、前方の敵を睨みつける。
だが、軍勢のさらに奥。
歪な玉座が並ぶ高台に、異様な覇気を纏った七つの影が並んでいた。
「……あいつらが」
蒼波の声が低く響く。
「ええ。楽園の運営を司る『九商』の商人たち。……残り七人、全員揃い踏みというわけね」
楽園の深淵。退路を断たれた五人の、本当の死闘が今、始まった。




