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神位の書  作者: KATSUMI


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第八章 思惑 〜其の漆〜


「……『国王』か。」

シャナは手元の資料をパラパラとめくり、薄い唇の端を吊り上げた。


「本来なら、代理人でも法的には有効だよ。でも、確かにこの術式の構成は……。須佐能袁、君は何が言いたいわけ?」


須佐能袁はゆっくりと立ち上がった。彼の背負った威圧感が、まるで重力そのものが変質したかのように会場の空気を引き締める。


彼はまっすぐに、代表の一席に座るドヴォルグ特使を指差した。

「十年前、中央大陸十万人を血に染めた『魂の空洞化事件』。あの時、禁忌とされた《死霊術式》を用いて狂声の印を施すのに関わっていたある世界的犯罪組織が、政府の首脳陣に取り入り、ドヴォルグの裏に入り込んでいる。混沌を生業としている『楽園』だ」


会場がざわめきに包まれる。各国代表の数名が動揺を隠せず、隣の席と視線を交わした。


「な、何を根拠に……! 妄言だ!」

ドヴォルグ特使が声を荒らげる。だが、須佐能袁は止まらない。


「根拠なら、目の前にいる。……雫、前へ出ろ」

須佐能袁に促され、雫は震える足で陽炎の隣から一歩踏み出した。


「ドヴォルグは彼女を『兵器』と呼んだ。だが、兵器に『実の両親』は存在するか? 兵器が、かつての帝都守護職を務めた男の血を継ぐことがあるか?」

須佐能袁の言葉に、陽炎が目を見開いた。

(……雫の父親が、帝都の……守護職?)


「彼女の『呪言』は、刻印されたものではなく、彼女の父、弥勒により受け継がれた『言霊』の上に十万人の嘆きの負の呪いで『核』へ上書きを施された紛い物だ。それが、ドヴォルグ政府と『楽園』の行いだ。これは国家開発ではない。『国家ぐるみの猟奇殺人』だ!」

須佐能袁の咆哮が円卓を揺らす。


「証拠なら、俺が持っている。……シャナ。十年前、お前が『封印』したはずの、弥勒様の捜査記録だ」

須佐能袁が懐から取り出したのは、古びた琥珀色の呪術書。その表紙には、帝国の最高機密を示す赤い封印が施されていた。


特使の顔が、みるみるうちに土気色に変わっていく。

阿修羅は目を閉じ、ただ静かに事の成り行きを見守っていた。彼女の拳は、膝の上で白くなるほど強く握られている。


「……面白いね。まさかそんなものを持ってたなんてさ」

シャナが、満面の笑みで愉快そうに笑った。

「もしそれが本当なら、ドヴォルグの請求は『正当な権利』じゃなくて『犯罪の証拠隠滅』ってことになる。……さて、特使さん。何か言い返せることはある?」


「そ、それは……! しかし、彼女が兵器として運用されている事実は変わりません! 彼女を野に放てば、それこそ世界の脅威だ!」

追い詰められた特使が叫んだその時、陽炎が歩み出た。


円卓に座る十三人の重鎮たちを正面から見据える。

「兵器だなんだと、勝手に決めるな。……雫は、俺が守る。それが世界の脅威になるってんなら、俺がその脅威ごと、あんたらの理屈を叩き潰してやるよ」

陽炎の右手が、アゾットの柄にかけられた。


会議場という名の戦場に、ついに狂戦士の火蓋が切られようとしていた。


「待ちなよ、陽炎くん。ここで抜いたら、本当にただのテロリストになっちゃうよ?」

シャナがひらひらと手を振って陽炎を制した。しかし、その視線は陽炎ではなく、顔面蒼白のドヴォルグ特使へと向けられている。


「さて、十三人審議会のメンバー。今の須佐能袁の提示した証拠と、ドヴォルグ側の主張……どっちが『筋』が通ってると思う?」

円卓に座る各国代表たちが、重苦しい沈黙の中で視線を交わし合う。須佐能袁が提示した「弥勒」という名は、大和国、そして四大国の重鎮たちにとって、あまりに重い意味を持っていた。


「……弥勒。かつての帝都守護職にして、全呪術師、剣士たちの鑑であった男」

沈黙を破ったのは、阿修羅だった。彼女はゆっくりと立ち上がり、その鋭い眼光でドヴォルグ特使を射抜く。


「その遺児を、国家資産と偽り、あまつさえ人の尊厳を奪う核に書き換えた。……これが事実ならば、ドヴォルグ王国はもはや国家ではない。狂人の集まりだ」


「そ、そんなことは……! 我々はただ、国力の維持のために!」

特使の弁明を、阿修羅の放った殺気が物理的な圧力となって叩き伏せた。


「黙れ。……帝、私から提案があります」

阿修羅はシャナへ向き直った。


「この審議、結論を出す前に『実証』を求めます。雫が兵器であるというドヴォルグの主張、そして彼女が『弥勒の継承者』であるという須佐能袁の主張。これを、このウラノスの演武場にて証明させるべきです」


「演武場……? 何をさせるつもりだ」

陽炎が眉を潜める。


「決まっている。ドヴォルグが差し向けた『戦力』と、陽炎たちを戦わせる。雫が己の意志で真言を制御し、陽炎と共に戦うならば……それはもはや『制御されるだけの兵器』ではない。一人の戦士としての証明だ」


シャナはその提案を聞き、口角を大きく吊り上げた。

「あはは! さすが阿修羅。法よりも力、論理よりも結果ってわけだ。……いいよ、それ採用! 十三人審議会の過半数も、この『余興』を望んでいるみたいだしね」


シャナが指をパチンと鳴らすと、円卓の床が複雑な幾何学模様を描きながら展開し始める。

「会場を移そう。場所はウラノス直下、第一演武場。ドヴォルグ特使、あんたもそれなりの護衛を引き連れてきてるんでしょ? 」


「ええ。望むところです」

特使は観念したように、帝へ答える。


その瞬間、須佐能袁と阿修羅が顔を見合わせた。





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