第八章 思惑 〜其の陸〜
天空城『ウラノス』。
浮遊大陸そのものが一つの巨大な城塞であり、その最深部へと続く大回廊には、世界四大国の紋章が刻まれた旗が並んでいる。
ゼファーの背を追いながら、陽炎は自分たちに注がれる視線の「重さ」を感じていた。
廊下の左右に等間隔で並ぶ儀仗兵たちは、ただの兵士ではない。その一人ひとりが一国を代表する精鋭であり、放たれる殺気は針のように肌を刺す。
「……陽炎、大丈夫?」
雫が隣で、陽炎の袖をぎゅっと握りしめる。彼女もまた、この場に渦巻くドロドロとした欲望と権力の気配を、鋭敏に感じ取っていた。
「ああ。……修行であのクソババア(阿修羅)に叩かれたことに比べりゃ、これくらいなんてことねぇよ」
陽炎は不敵に笑い、雫を安心させるように前を見据えた。
その時、一行の前に巨大な漆黒の扉が現れた。
中央には「大陸を模した印」と「剣」が交差する紋章——世界秩序の象徴が刻まれている。
「さて、ここから先は僕の権限外です。……陽炎君、雫ちゃん」
ゼファーが足を止め、扉の前で振り返った。その瞳にはいつもの軽薄さはなく、どこか警告を含んだ鋭さが宿っていた。
「扉の向こうにいるのは、言葉一つで人の命を、あるいは一つの国の歴史を消せる連中だ。決して、呑まれないように」
ゼファーが合図を送ると、重厚な音を立てて扉がゆっくりと左右に開かれた。
開かれた先、陽炎たちの眼前に広がっていたのは、想像を絶する威圧の空間だった。
巨大な円卓を囲むのは、この世界の運命を司る十三名の席。
中央に座る幼き帝・シャナを筆頭に、各国の元首、そしてこの世界の「抑止力」そのものである面々が並ぶ。
陽炎の視線が、その席の一角で止まった。
そこには、先ほどまで潜空艦で共にいたはずの阿修羅が、衛兵隊長服を正し、冷徹な一人の「審判者」として座っていた。そしてその隣には、帝都へ戻されていた須佐能袁の姿もある。
(……あのババア、いつの間に。それにスサノオさんも……あそこに座るってことは、敵か味方か、それとも……)
陽炎がごくりと唾を飲み込んだ時、円卓の一席から粘りつくような声が響いた。
「……遅いですよ。主役を待たせるものではありません」
ドヴォルグ王国代表の席。そこに座っているのは、端正な顔立ちを歪め、悦に浸るような笑みを浮かべた男。楽園の意を汲むドヴォルグの特使だ。
「これより、国家間円卓会議を開始するー」
シャナが退屈そうに、しかし広間全体を震わせるような通る声で宣言した。
「議題はドヴォルグ王国の訴えによる、国家反逆罪および、最高機密兵器——コードネーム『雫』の奪還について。」
「異議ありだ!」
間髪入れず、陽炎が吠えた。
「雫は兵器なんかじゃない。あんたらの道具でもねぇよ!」
その咆哮は、並み居る各国の重鎮たちを震撼させるには十分な覇気を孕んでいた。しかし、円卓に座る十三人は、眉一つ動かさない。
「静かに。ここは君が吠える場所じゃないよ、陽炎くん。」
シャナが冷たくたしなめる。
「ドヴォルグ側は、彼女が国費を投じて開発された『自律型呪術兵器』であるという証拠書類を提出している。対して、君たちは彼女が『人間』であるという証明を、法的に行わなければならない。」
「そんなの、見ればわかるだろ!」
「……いいえ、陽炎。この場では、感情は無力です。」
静かに声を上げたのは、阿修羅だった。
彼女の瞳は、教え子である陽炎たちを突き放すかのように鋭く、厳しい。
「証拠を示せ。法を覆すだけの、決定的な事実を。それができねば、私は審判者として、雫をドヴォルグへ返還する一票を投じることになる。」
阿修羅の冷徹な言葉に、ノヴァや蒼波の顔に緊張が走る。
須佐能袁は腕を組み、沈黙を貫いているが、その鋭い眼光は円卓の裏に潜む《何か》を探るように、ドヴォルグ代表を射抜いていた。
「……さて。」
ドヴォルグ代表が、勝ち誇ったように書類を広げる。
「彼女の体内にある『呪言』の刻印。それが、我が国の所有物である何よりの証拠。……さあ、雫さん。こちらへ来なさい。君は、人の形をした『兵器』に過ぎないのだから。」
雫の体が、恐怖で小さく震える。
しかし、その時だった。
一言も発していなかった須佐能袁が、重苦しい沈黙を破って口を開いた。
「……帝。一つ、確認したいことがある。」
須佐能袁の低い声が、広間の空気を物理的に押し潰した。
「この会議の席に、『国王』本人がいないのは、どういう理由だ? ドヴォルグ国王の代理人だというが……この書類に記された術式、これはドヴォルグの技術ではない。もっと、忌まわしい……十年前の『あの事件』の残り香がする。」
その言葉が出た瞬間、円卓の数名の顔色が、わずかに変わった。




