第八章 思惑 〜其の参〜
陽炎が辿り着いたのは、一面が赤く焼けた岩肌と、無数の剣が墓標のように突き刺さる断崖だった。
足元からは熱気が立ち昇り、空気そのものが肌を焼く。
「熱……っ! 呼吸をするだけで肺が焼けるぞ……!」
「黙って立っていろ。ここからが本番だ」
いつの間にか背後にいた阿修羅が、無造作に印を組んだ。
ザザザザザッ!!
上空から降り注いだのは、火の粉ではなく《質量を持った炎の雨》。
そして、それと同時に地面に突き刺さっていた無数の刃が、生き物のように陽炎へと襲いかかった。
「狂戦士の力を使えば、その熱に飲まれて灰になる。使わなければ、金の刃に切り刻まれる。……さあ、どうする? 陽炎。限界を超えて、肉体の密度を上げろ。火に焼かれ、金に叩かれ、真の『鋼』となれ!!」
陽炎の絶叫が、炎の赤に染まる空へと響き渡った。
一方、雫——
雫が降り立ったのは、深い霧に包まれた湖上の祭壇だった。
周囲には巨大な樹木が天を突き、その根は血管のように地を這い、常に脈動している。
「真言とは、言霊の更に深層部…万物を生み、万物を還すことのできる言葉。……雫、この森の『命の音』を聴きなさい」
阿修羅が雫に念波を送り指導する。
雫が集中しようとした瞬間、湖の水が巨大な大蛇となり、彼女を飲み込もうと迫る。
それだけではない。周囲の巨木がその枝を伸ばし、雫の陰陽力を吸い取ろうと絡みついてきた。
「焦ってはだめよ。ただ声を出すのではない、『心』で命の流れを制御するの。逆らえば飲み込まれ、止まれば枯れる。……貴女自身が、この森の核になりなさい」
雫は目を閉じ、溢れ出しそうになる真言の奔流を、必死に胸の奥へと押し留めた。
自分を飲み込もうとする強大な属性の力を、破壊ではなく『調和』へと導くために。
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陽炎と雫がそれぞれの地獄を這いずり回っている頃、ノヴァ、蒼波、紫苑の三人もまた、阿修羅が用意した別の試練に直面していた。
それは属性の練成ではなく、己の「限界」を突きつけられる、より実戦的な修練。
そこは、常に地鳴りが響き、常軌を逸した「重力」が支配する荒野。
「くっ……! 何よこれ、体が地面に吸い付いて動けない……!」
ノヴァが膝をつき、必死に双剣を支えにして耐えています。彼女の自慢の瞬発力は、この高重力下では完全に封じられている。
紫苑もまた、村雨を握る手が震えていた。抜刀の一撃が生命線の彼にとって、腕を上げることすら困難なこの空間は、死刑宣告にも等しい。
その中心で最も過酷な負荷を受けていたのは、巨大な長刀——ガーディアンソードを背負う蒼波だった。
「くっ……流石にこの重さだ。長刀が、まるで山を背負っているようだな」
蒼波の足元の土が、その自重と重力によってミシミシと陥没していく。
「ハハハ、以前、陽炎が修練した時の倍の負荷だ。お前たちに課されるのは、円卓会議では今まで以上の数が迫ってくるだろう。その敵を蹴散らし、陽炎と雫の《道》をつくりだすことだ。そのためには疲れない『持久力』、そして一太刀で倒せる『力量』の底上げが必要だ」
阿修羅の冷徹な声が響くのと同時に、地面から巨大な土の人形が無数に這い出す。
「…蒼波、あんたはいけるんでしょう?」
「無茶を言うな、と言いたいところだが……」
蒼波は苦笑しながらも、その瞳には剣鬼の鋭さが宿っていた。彼は重心を極限まで低くし、全身のバネを凝縮させる。
「ノヴァ、紫苑! 抗うな。重力に逆らって跳ぼうとするから動けんのだ。重さを全て足の裏に集め、地面を『弾く』のではない。地面を『砕く』反動で動くんだ!」
蒼波の言葉に、紫苑の瞳が凍てつく。
(重さを反動に変える……。腕だけで振るのではない。この地を這う重力全てを、刀身に載せる……!)
紫苑が村雨を鞘に収め、重力に従うように深く、深く沈み込んだ。
次の瞬間。
キンッ!!
抜刀の衝撃波が、重力場を反動にし加速する。
重さを味方につけたその一撃は、通常の数倍の破壊力を伴い、正面のゴーレムを砂塵へと変えた。
「……なるほど。重いなら重いなりに、壊して進めばいいわけね!」
ノヴァもまた、双剣を逆手に持ち替えた。彼女は自らの関節をあえて外し、重力に振り回される遠心力を利用して、独楽のように高速回転を始める。
重力に押し潰される力を、そのまま《破壊の旋風》へと変換した。
蒼波が背中の大剣に手をかける。
引き抜かれたガーディアンソードが空気を切り裂く。ただそれだけの動作で、周囲の重力場が歪むほどの風圧が生じた。
「重いなら、その重さを全て『破壊』に転換すればいい。……守護の剣、その真髄を見せてやろう」
蒼波は襲い来るゴーレムを避けるどころか、一歩前へ踏み込んだ。重力に逆らうのではなく、重力に身を任せ、長刀の自重を極限まで加速させる。
【地殻砕き】
幅広の長刀が、縦一文字に振り下ろされた。
ドォォォォォォォンッ!!
衝撃波が大地を割り、一直線上にいたゴーレム五体が一瞬で粉塵と化した。重力という「枷」を、蒼波はその剛腕と長刀の質量で、逆に《絶対的な破壊エネルギー》へと変えてみせたのだ。
三人の剣士——。
ただ己の肉体と、磨き抜かれた剣技だけで、大地の束縛を暴力的なまでに突破していった。




