幕間 仲間
ドヴォルグを飛び立ってから数時間。
潜空艦の食室では、これまでの緊張感が嘘のような、別の意味で凄まじい「戦い」が繰り広げられていた。
「——ちょっと陽炎! あんたまた勝手に私のとっておきの干し肉食べたでしょ!?」
ノヴァの怒声が艦内に響き渡る。彼女は空の皿を手に、ソファで包帯だらけの体を伸ばしている陽炎に詰め寄っていた。
「……あ? ああ、あれか。腹減ってたんだよ。最近力を使うと燃費が悪いんだ。あとで三倍にして返すから」
陽炎は片目を薄く開けて、悪びれもせず鼻を鳴らす。
「三倍って、あんたの財布は常に氷河期じゃない! そもそも、あれは次の街で美味しいお酒を飲むためのつまみだったのに……! 紫苑、言ってやりなさいよ!」
ノヴァに振られ、近くで村雨の手入れをしていた紫苑が、ふっと視線を上げた。
「そうですね。……陽炎さん、ノヴァさんの食べ物の恨みは九商の呪いより根深いですよ。早めに謝罪の印として、肩揉みでも献上してはいかがです?」
「なんで俺がそんな……。それより紫苑、お前もさっき雫のクッキー、一枚こっそり懐に入れてるの見えたぞ」
「っ!? ……そ、それは……非常食としての性能を確認していただけで……」
珍しく動揺して顔を赤らめる紫苑。その様子を見ていた雫が、クスクスと鈴を転がすような声で笑った。
「……ふふっ。大丈夫、紫苑さん。……まだ、たくさんあるから」
雫がテーブルに並べたのは、フィーネから「旅の差し入れ」として貰った、ドヴォルグ特製のハチミツクッキー。
その甘い香りに誘われるように、操縦室から蒼波がひょっこりと顔を出した。
「おや、いい匂いだな。俺にも一枚くれないかな、雫ちゃん」
「あ、師匠! ズルいですよ、今はノヴァさんの干し肉紛失事件の裁判中なんですから!」
「まあまあ、ノヴァ。勝利の後の宴は豪華な方がいい。……そうだ、陽炎。お前の体が動くなら、阿修羅様のところに着く前に少し『修行』といこうか。負けた方が晩飯の皿洗い全責任担当ということで」
蒼波の不敵な笑みに、陽炎の目がギラリと光る。
「……面白い。皿洗いの刑だけは、絶対に御免だ!」
「あ! 逃げたわね! 皿洗いの前に私の干し肉の件を清算しなさいよ!」
ドタバタと甲板へと駆け出していく陽炎と蒼波。それを追いかけるノヴァ。
紫苑は溜息をつきながらも、雫から貰ったクッキーを大事そうに口に運び、満足げに目を細めた。
「……雫さん。……本当の声、とても綺麗です。これからもっと、たくさんのことを話しましょうね」
雫は窓の外に広がる、夕日に染まった雲海を見つめた。
悲しみは消えない。けれど、隣にはバカ騒ぎをする仲間がいる。
「……うん。……私、頑張るね」
潜空艦は、笑い声と共鳴するように空を滑っていく。
ドヴォルグの冷たい雪の下にいた頃には想像もできなかった、騒がしくて、温かい、彼らの日常がそこにあった。




