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神位の書  作者: KATSUMI


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第七章 北大陸 〜其の捌〜


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


静寂が訪れた、中央管理室。

装置から解放され、冷たい床に横たわるホメロス。


(……お父、さん……!)

姿が目に入り、即座にホメロスの元へ雫が駆け寄る。


ホメロスの銀色の瞳から光が消え、そこには、かつての優しい父親・弥勒の眼差しが、戻っていた。

「……雫か……。大きくなったな……」

弥勒の喉から、掠れた、けれど温かい声が漏れる。


(……父さん……っ!)

必死に声を上げようとする娘に、弥勒は血に染まった手を伸ばし、その頬を優しく撫でた。


「すまない……。私の時間は、もう長くはない。……ホメロスという機能が止まれば、私の魂もまた消えてなくなる……。だが、最後に…………お前に託そう」

弥勒の指先が雫の額に触れる。


その瞬間、ドヴォルグ中の全呪力が、雫の小さな体へと流れ込んでいく。雫の身体が光に包まれた。その光は、温かく正に父の想いそのものだった。

「——言霊の極み、万物を操り浄化する力『真言(しんげん)』。……雫、お前の言葉は、もう誰にも縛られない。……自分の道、を……信じて、歩め……」


(お父さん!! 嫌、行かないで……!!)

雫の瞳から溢れんばかりの涙が溢れた。

しかし、弥勒は安らかな微笑みを浮かべたまま、静かにその瞳を閉じる。



最強の陰陽師と呼ばれた男の、誇り高き最期だった。


「……雫……」

黄金の覇気が解け、元の姿に戻った陽炎の肩をノヴァが静かに支え、二人の傍らに立ち尽くす。


その後方で見守っていた紫苑も、導き手であったフィーネも、声もなく涙を流していた。




鉄と雪に閉ざされた要塞都市——

九年ぶりの「本当の夜明け」が訪れようとしていた。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


数日後。

ドヴォルグの都市部では、まだ抵抗する政府軍との攻防はあるものの中央管理局の崩壊と共に、街を縛っていた物理的な防壁もその機能を停止し、アルツの街にはかつてないほどの明るい陽光が降り注いでいた。


街の広場では、フィーネ率いる反乱軍と市民たちが、壊れた蒸気機関の修復に汗を流していた。もはや「監視の視線」に怯える者はいない。


「……本当に行ってしまうんだね」

潜空艦のタラップの前で、フィーネが少し寂しげに、けれど晴れやかな笑顔で陽炎たちを見送っていた。彼女の機械鎧の義手には、平和の象徴として、雪の中に咲く一輪の白い花が握られている。


「ああ。フィーネ、お前たちもまだ完全に政府軍との戦いは終わった訳じゃないが、俺たちもするべき事があるからな。最後まで付き合うことはできないが、お互い頑張ろうぜっ」

陽炎は、全身に巻かれた包帯を厭うことなく、アゾットの柄を軽く叩いて答えた。ロキとの死闘、そして狂戦士の力の酷使によるダメージは深かったが、その瞳には以前にも増した強い光が宿っている。


「陽炎さん。……それと、雫さん」

フィーネが雫の前に歩み寄り、手を握った。


「弥勒さんのこと、残念だったけど……。でも、今のあなたの目を見ればわかる。弥勒さんは、あなたの中に生きてるんだって」

雫は静かに頷いた。


その首元からは、かつて彼女を苦しめていた黒い痣が消えていたが、父から託された『真言』をまだ自分のものとして、発動することができないでいた。


(…雫は恐れている。自分が言葉を口にすることにより陽炎が暴走しないか)

ノヴァは雫を見つめ、悟すように伝える。

「雫、『言霊』とは『想い』を載せて現実化する能力。貴方自身がどうしたいかという想いを信じなさい。…そして、貴方に託したお父様の『真言』を信じなさい。」

伝え終わると、ノヴァは微笑んだ。


雫はコクっと頷くと。目を閉じた。

ゆっくりと深く、より深く自分の中(深層心理)へ心を投じていく——


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『ここは…』

雫は草原の中、佇んでいた。


『おーい、雫あまり遠くに行くなよ!』

声のする方に雫が振り向く。少し離れた先に父の声がした。


『だって楽しいんだもん!』

幼き頃の雫が踊りながら叫ぶ。


(空が青くて陽の光が気持ちいい…幸せだったころの思い出…)

この頃、全てが光り輝いていた。

いつもニコニコしている優しい父。


そして——父が留守中に私は…誘拐された。

父は、気が狂ったように私を探しまわり、そして、ドヴォルグに辿り着いた。

父は『楽園』と私という弱みを握られ、何年間も想像を絶する人体実験に耐え今まで闘ってきたんだ…


…雫のため、『真言』だけは守る…


その想いだけで…



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


——雫の身体が輝きだす。

その輝きが柔らかく彼女を包む。雫はゆっくりと口を開き、まだ不慣れながらも、透明な鈴の音のような声を響かせた。

「……ありがとう、フィーネ。……ドヴォルグの、みんなを……お願い」

その声が響いた瞬間、周囲にいた人々が驚きに目を見開く。言霊の力ではない、彼女自身の魂が紡いだ「本当の声」だった。


うおぉぉぉぉぉっー!!!

全員が歓喜する。


雫が陽炎に目を向けると、陽炎は雫に笑顔で自分の胸を叩き、『俺は大丈夫だ』とジェスチャーをする。


雫はほっとし、満面の笑みになった。


「——さて、 湿っぽいお別れはここまでよ!」

ノヴァがニャと笑い声を張り上げる。その後ろでは、すっかり回復した蒼波が紫苑と共に、甲板で出発の準備を整えていた。

「さあ、一旦、阿修羅様のところに戻るわよ!!」


潜空艦がゆっくりと浮上を開始する。

眼下に見えるドヴォルグの街並みは、徐々に冷酷な機械の要塞ではなく、人々の温もりを宿した「家」へと戻りつつあった。


陽炎は甲板の手すりに寄りかかり、遠ざかる雪原を見つめる。

父との悲しい別れを経て、雫は強大な力を手に入れた。そして自分もまた、一歩間違えれば破滅しかねない狂戦士の深淵に触れた。


「……行くぞ、雫」

「……うん。陽炎」



二人の視線の先、まだ見ぬ巨大な悪意の影が、巨大な福音の鐘を鳴らそうと待ち構えている。




       〜第七章 北大陸〜 終



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