第七章 北大陸 〜其の伍〜
少し時間は遡る
崩壊した酒場「錆びた歯車亭」——。
そこはもはや建物としての形を失い、カービルが放った絶対零度の氷壁と、陽炎から溢れ出す黄金の熱量がぶつかり合う、この世の理を超えた「極限の領域」と化していた。
「……信じられん。この私の氷結の攻撃を、力任せに押し戻すだと!?」
カービルは驚愕に顔を歪めていました。
彼が全呪術機兵の出力を注ぎ込んだ【九界の凍土ニブルヘイム】。本来なら一国の軍隊すら瞬時に氷像に変えるその冷気が、陽炎の周囲数メートルだけ、透明な壁に阻まれたかのように侵入できずにいた。
陽炎は、アゾットを正眼に構えたまま微動だにしない。
その瞳は完全に黄金に染まり、立ち入る冷気を悉く遮る。
陽炎の思考は、かつてないほど澄み渡っていた。
阿修羅との修行で得た「凪」の境地と、雫の言霊がもたらす「正気」。そして蒼波を救ったことで得た「確信」。それらが混ざり合い、彼の剣は「概念」そのものを削ぎ落とす段階に達していた。
「——お前の『冬』は、ここで終わりだ」
陽炎が静かに一歩、踏み出す。
その瞬間、カービルがどれほど呪力を注ぎ込もうとも、陽炎の歩みを止めることはできないでいた。陽炎が通る道の氷は、溶けるのではなく、粉々になるのでもなく、ただ静かに「消滅」していく。
「来るな……! 来るなぁぁぁッ!!」
恐怖に駆られたカービルが、残された全呪力を絞り出し、巨大な氷の狼を形作って陽炎に放つ。
陽炎のアゾットが、ゆらりと動く。
【聖邪一閃・無明】
黄金の閃光が、氷の狼を、機兵たちを、そしてカービルの執念ごと、酒場を包み込んでいた絶対零度の結界を「真っ二つ」に両断する。
ズォォォォォォォンッ!!!
氷壁が内側から爆散し、アルツの街に一瞬だけ金色の柱が立ち昇る。
光の収束後、そこには膝をつき、戦意を完全に喪失したカービルと、一人静かにアゾットを鞘に収める陽炎の姿があった。
「……ハァ、ハァ……。……何だ!?この疲労感」
陽炎の黄金に輝いていた瞳が、僅かに揺らぎいつもの瞳色に戻る。
力の放出による五感、身体への急激な活性化により、身体の細胞が悲鳴を上げていた。視界は霞み、一歩進むごとに全身を重い疲労が支配していた。
しかし、陽炎は止まらない。
迷路のようなパイプラインだが、実はフィーネと別れる際、追跡発信機手渡されていたのだ。更に雫やフィーネたちの思いが、彼の意識を強引に繋ぎ止めていた。
(……まだだ。あいつらは、この先で戦ってる。……俺が、こんな所で立ち止まっている場合じゃない……)
陽炎は閉じてしまいそうな瞳を無理やり見開き、闇景のパイプラインを疾走していった。
背後では——
完全に破壊された呪術機兵たちが火花を散らしながら沈黙していく中央で、カービルは廃人のように座り込み、動くことを忘れたように一点を見つめていた。
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「早く!反乱軍の皆んなは、左に真っ直ぐいくと地上に出られる出口があるわ!私たちは右の最奥にある北実験施設へ続くルートへ。」
フィーネが支持をし、皆が一斉に行動に移る。
反乱軍の皆が振り返り、一斉にフィーネ一行へ声を掛ける。
「フィーネ!、検討を祈る!!」
「頼むぞっ!!」
「任せて頂戴っ!」
フィーネたちは後ろを振り返らず、手を振り走り去って行く。
「停止できる時間は一刻ほど…数キロもあるパイプライン、このスピードでは時間がないわ。」
フィーネがノヴァたちへ伝える。すると、ノヴァが紫苑と顔を見合わした後、ノヴァがフィーネを、紫苑が雫をヒョイと背中に背負って、ニャっとする。
ノヴァ「さぁースピードアップしていくわよ!!」
紫苑「はい!」
瞬間、疾風のごとく風景が駆け抜けていく。
「え、えー!!は、はや過ぎるー!ヒェ〜」
フィーネは『剣使い』がどうして一握りのものしかなれないことを、嫌というほど再認識する。
「…きたわよ」
ノヴァが右側に視線を移し、皆に伝える。と、同時に右から数体の呪術機兵が現れ、攻撃してきた。
「左からもきます!」
紫苑は雫を背負ったまま、重力を無視するかのように側壁を蹴り、宙を舞う。その手には寒気を発し、水流のような刃・村雨が握られていた。
「露払い、務めさせていただきます!」
紫苑の剣が閃く。
空中で放たれた鋭い横一文字が、左側の通気口から現れた機兵の首関節を正確に捉える。音もなく巨大な鉄塊が、ガラクタへと変わり果てて倒れていく。
「いい動きね!でも、まどろっこしいのは嫌いよ」
ノヴァが不敵に笑い、地面を蹴る速度をさらに一段階上げました。その脚力によってパイプラインの床が凹み、衝撃波が背後を襲う。
「フィーネ、舌を噛まないように気をつけなよ!一気に突き抜けるわ!」
「わ、わわっ! ちょっと待って、これ以上早くなるの!? ヒエェェェェェ!」
フィーネの悲鳴がパイプラインに木霊するが、ノヴァのスピードはもはや常人では目視不可能な域に達していた。




