第六章 北大陸 〜其の参〜
「やっぱりね。弥勒さんが言ってた通りだわ。彼は言ってた……『運命は紡いでいる、必ず私の元へ辿り着く者が現れる』って。それが、あんたたちのことだったんだね」
フィーネは陽炎の瞳の奥にある熱く猛る魂を感じた。
「……いい眼だね、あんた。……わかった、メルバッハへの『隠し通路』を教えてあげる」
フィーネは機械鎧の指を動かし、カウンターの下から古びた、しかし緻密に書き込まれた図面を広げた。
「見て。これが北実験施設『メルバッハ』の構造図。政府はここを『絶対防御』と呼んでるけど、蒸気都市特有の弱点があるわ。街の熱を逃がすための巨大な排気ダクトと、かつて使われていた旧式の蒸気パイプラインよ」
フィーネの指が、迷路のように入り組んだ地下の線をなぞる。
『ルートは、ここアルツの排気ダクトから首都メルバッハの旧排気ダクトへ入る。迷路のようなパイプラインを通り進んだ先にドヴォルグ国の全ての動力部である『熱源心臓』を制御している中央エネルギー供給管理局、別名、北実験施設があるわ。
このルートの利点は、物理的な監視カメラや小型飛行型無人機は入れない狭さと、強烈な蒸気によるセンサーの遮断。反面、問題は 摂氏100度を超える高熱区域と、中央管理局を守るために配置された『呪術機兵』の旧型が野放しになっているってこと』
「……摂氏100度の熱気に、野放しの呪術機兵か。まともな奴なら足がすくむようなルートだね」
フィーネは図面を畳むと、その義手で首から下げていたペンダントを見せる。
「でも、このペンダントがあれば話は別。これはメルバッハの全システムを強制上書きするための『制御キー』でもあるわ。……多くの同胞たちの犠牲の元、手に入れた唯一の活路」
「…そうか、なら希望を現実に変えないとな!100度だろうが地獄だろうが関係ねぇ。最短距離ならそこを通るまでだ」
陽炎がアゾットの柄を握りしめると、フィーネに親指を立てるジェスチャーをする。
「フィーネさんの仲間たちが命を懸けて手に入れた希望です。この道がどれほど険しくとも、雫さんの父上を救い出すまで、私の剣は折れません!」
紫苑は腰の太刀をわずかに抜き、その切っ先から放たれる清冽な闘気で周囲の熱気を一瞬で切り払い、陽炎と同じく親指を立てた。
「……ふん、いい気合ね」
ノヴァも双剣を回しながら、不敵な笑みを浮かべます。
「熱いのは苦手だけど、商人のスカした顔を叩き潰せるなら我慢してあげるわ」
しかし、その決意をあざ笑うかのように、酒場全体の気温が急激に低下する。
蒸気パイプが悲鳴を上げ、噴き出していた熱気が白い氷の彫刻へと変わっていく。
「——面白い。ですが、その『希望』にはどれほどの価値があるんだ?」
天井の巨大な歯車が凍りつき、粉々に砕け散る。
そこへ一人の男が入ってきた。
冷徹な笑みを浮かべた男——ドヴォルグ政府公安調査庁の役人『氷結の狼』カービル。
「カービル……! もうここまで嗅ぎつけてきたか!」
フィーネが叫び、機械鎧の義手で構える。
「公安調査庁のネットワークを甘く見るなよ。『反乱軍』の掃討ついでに、お尋ね者の彼らを拘束にきた」
カービルが指を鳴らすと、酒場の四方の壁を破壊し、氷の刃を装備した最新鋭の呪術機兵が次々と出現し、陽炎たちを包囲した。
「笑わせるんじゃないわよ!自分たちの利益のために『楽園』に魂を打ったク糞野郎共が!!」
フィーネがカービルを睨む。同志たちもそれに続き各々が叫び鼓舞する。
「フィーネ!行け!決着をつける時だ!あの入り組んだ迷路のようなパイプラインを抜けるのは、完璧に頭に入っているお前でないと時間がかかる!」
一人の反乱軍の男がフィーネの前に立つ。
「そーだぜ!陽炎さんたちが俺たちの悲願を叶えてくれる『希望』だっ!」
違う男も前に出る。
しかし、言葉とは裏腹にここにいる反乱軍の全員の手が震えていた。
それに気づいている陽炎が静かに目を閉じ、ゆっくりと開ける。
「…フィーネ。俺の仲間も、お前の仲間も誰一人欠けさせねぇよ」
陽炎の瞳が変わる。赤から黄金へ…
アゾットの剣先から爆発的に覇気が放出した。その熱量は、カービルが作り出した絶対零度の空間を瞬時に焼き尽くす。
陽炎の姿を目の当たりにしたフィーネと同胞たちは言葉を失う。
(…な、なに!?。この気は。剣使いの独特な気ではいもっと異質な…)
「フィーネ、同胞も全員入口へ。ノヴァ、紫苑、ここは俺一人で大丈夫だ。 雫を連れてパイプラインへ走れ」
「無茶言わないで! ……でも、大丈夫そうね。行くわよ、雫!!」
ノヴァが雫の腕を引き、フィーネが指差す秘密の排気ダクトへと走り出した。
「何だお前…に、人間か!?」
カービルが驚愕する。同時に十数体の呪術機兵手から放たれる無数の巨大な氷の槍を陽炎たちに放つも、その空間ごと、アゾットの一閃で消滅させた。
「——お前の相手は俺だ、氷野郎」
崩落する酒場、極寒と灼熱が交差する中で、陽炎がカービルを見据えた。




