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神位の書  作者: KATSUMI


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第七章 北大陸 〜其の弐〜


潜空艦のモニターには、猛吹雪の向こう側にそびえ立つ、巨大な鋼鉄の防壁が映し出されていた。その姿は、まさに侵入者を拒む「異界の領域」のようだ。


その時、要塞の頂から巨大な呪力の波動が放たれた。


「ノヴァさん、このまま突っ切るんですか!?」

紫苑が刀の柄を握りしめ、緊張した面持ちで尋ねる。


「いや!潜空艦がこれ以上近づけば警戒されるだけだ。ロキの思考によると……まずは、自由都市『アルツ』がこの麓にある筈だ。そこに降り、ドヴォルグ内部の反乱分子の者たちと接触し、施設への隠しルートを確保する方が安全そうだな」

蒼波が答えると同時に、陽炎が直ぐに、低空飛行し麓へ降りるよう操縦士に伝える。


潜空艦は高度を下げ、猛吹雪の中に霞むアルツへと潜り込んでいった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


潜空艦が凍てついた大地へと着陸し、ハッチが開いた瞬間、ナイフのように鋭い冷気が一行を襲う。

アイゼンの街に降り立った陽炎たちは、極寒の風に晒されながらも、弥勒救出への第一歩を踏み出す。


雪煙の向こうから姿を現したのは、巨大な歯車と蒸気パイプが脈動するように張り巡らされた、無骨な鋼鉄の街でした。ドヴォルグ共和国の圧政から逃れた者や、闇市場の商人が集うこの街は、熱気と冷気が混ざり合い、常に薄暗い粉雪の霧に包まれている。


「……ひどい街ね。鉄の臭いと、誰かの『監視』の視線が混ざってる」

ノヴァが毛皮のコートの襟を立て、双剣の柄に手をかけながら周囲を警戒する。街ゆく人々は皆、深いフードを被り、互いに目を合わせようとはしない。


陽炎は、寒さに身を縮める雫の肩にポンポンと力強く叩く。

「雫、大丈夫か? 」


雫は上着をギュッと握りしめ、青白い顔にわずかな赤みを差しながら、静かに、頷いた。


「紫苑はもう大丈夫みたいだな!艦で寝てる蒼波のおっさんの分まで頼りにしてるぜっ」

陽炎が紫苑にも声を掛ける。


「任してください!」


一行は、蒼波がロキから読み取った情報を頼りに、街の地下深くにあると言われる酒場『錆びた歯車ラスティ・ギア』を目指す。


複雑に入り組んだ路地裏を抜けると、ノヴァが立ち止まった。

「……確か、この辺だったような」

そこは一見すると行き止まりに見える、ボロボロの蒸気排気口だった。陽炎がその壁をアゾットの柄で軽く叩くと、金属音が響き、中から一人の少女が顔を出してきた。

「……政府の犬じゃないわね? 」

彼女の右腕は精巧な機械鎧(義手)になっており、その肩には反乱組織の紋章が刻まれていた。少女は不審者を見る目でギロッと見ていく。すると、雫の顔を見た瞬間視線が止まった。

「ん!?…あんたの顔…見たことあるような。ん〜そうだ!写真の子だ。昔、弥勒さんに見せてもらった子と面影が一緒だ!…確か名前は…し…雫さん」


少女の言葉に、雫の瞳が大きく見開かれ、その場にいた全員が雫に注視した。


(お父さんを知ってるの……?)

声は出ないが、雫が手振り素振りで伝える。


「……やっぱり、雫さんなんだね。私の名前はフィーネ。ドヴォルグ解放軍の生き残りよ」

少女——フィーネは、警戒を解き、排気口から身を乗り出して雫の手をそっと握りました。彼女の機械鎧(義手)の指先が、カチッと音を立てて雫のぬくもりに触れる。


「弥勒さんは、この街の恩人だよ。……九年前のあの日、楽園の犬の政府に連れて行かれる直前まで、彼はボロボロになった写真を見つめて、『必ず娘を探しだす。その時まで私は折れない』って……そう言ってた」

フィーネは少し寂しげに微笑むと、鋭い視線を陽炎たちに向けた。


「立ち話は危険。ここも監視用の小型飛行型無人機が飛び交ってるわ。早く、中へ」

一行はフィーネに導かれ、複雑な配管が剥き出しになった地下通路を通り、重厚な鉄の扉をくぐる。

そこは、アルコールとオイル、そして安煙草の匂いが充満する、反乱分子たちの溜まり場の酒場。

壁にはドヴォルグの支配者たちへの憎悪が滲むような落書きがあり、奥のカウンターでは、体の一部を機械化した荒くれ者たちが静かにグラスを傾けていた。


「弥勒さんが商人の『調律師ホメロス』!?………」

フィーネが差し出した温かいスープを啜りながら、陽炎たちは反乱組織のメンバーへ説明する。

弥勒は数年もの間、ロキの凄惨な人体実験に耐え抜き、精神的な屈服させることを諦めた九商は、弥勒の『脳』へ直接、呪術装置で再構築した。

結果、今の彼は感情を捨て、世界の法則を「効率的」に書き換えるための生体演算機——ホメロスへと変えられてしまった、と。


「今の彼は、自分の娘のことさえ、世界のノイズ(雑音)として排除しようとするだろうね。……それでも、行くの?」


「ああ。雑音だろうが何だろうが、俺たちが全部計画をぶち壊してやるよ」

陽炎の言葉が酒場の喧騒を切り裂き、カウンターで飲んでいた荒くれ者たちも、その黄金色に輝く瞳と、アゾットから放たれる圧倒的な威圧感に気圧され、息を呑んだ。


「親父さんの記憶が消されてるなら、俺たちが思い出させてやる。……雫の言霊と、この剣でな」


「……ふふ、あははは!」

フィーネが突然、声を上げて笑い出しました。その笑い声には、諦めに支配されていたこの街に、ようやく《本物の風》が吹き込んだことへの歓喜が混じっていた。




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