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神位の書  作者: KATSUMI


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第七章 北大陸


「……陽炎」

隣で見ていたノヴァが、少し呆れたように、けれど嬉しそうに微笑んだ。


「アンタならそう言うと思ったわ。……紫苑、アンタはどうする? 師匠の看病で残ってもいいのよ?」


「いいえ!」

紫苑は力強く首を振る。

「師匠も、もし動ける状態なら同じことを仰るはずです。雫さんの悲しみを取り除き、この世界の裏に潜む『悪意』を断ち切る……。それが、私たちの歩むべき『剣の道』ですから!」


潜空艦のエンジンが唸りを上げ、遠ざかっていく雲海にさよならを告げ、進路を北へと変更し向かう。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



艦の外では、北へ進むにつれて空には巨大なオーロラが揺らめき始め、極北の地が近いことを物語っていた。


蒼波は点滴を受けながらも、上半身を起こせるまでには回復していた。

「……陽炎、俺は見た。ロキに取り込まれ意思が薄れる中で、逆に奴の思考も少しだが入ってきた。」


蒼波はゆっくりと一呼吸し、語り始めた。


「——まずは弥勒様に関することだ。世界最強と謳われた陰陽師を相手に正攻法では無理だと知って、奴らは娘を人質にし、弥勒様を拘束。陰陽を解読するため人体実験、研究を重ねていったようだ。弥勒様は生きているか…結論は…生きている」

雫の瞳から涙が溢れ出す。

陽炎、紫苑は拳を握りしめた。

ノヴァは目を閉じ笑みをした。


しかし、四人を見ていた蒼波の表情は明るくなるどころか、より一層暗くなり、言葉を続ける。


「…調律師のホメロス。……ホメロスが弥勒様だ。」



その言葉が投げ落とされた瞬間、船室を支配していた安堵の空気が一瞬止まる。

潜空艦のエンジンの唸りだけが虚しく響き、四人の思考は一瞬、真っ白になった。




「……ホメロスが、弥勒さん……?」

陽炎が(かす)れた声で繰り返し確認する。

雫の顔からは血の気が引き、手が小刻みに震え始めた。


「…ああ。ロキの記憶の断片にあった……。九商が求めたのは、弥勒様の強大な『陰陽の理』そのものだった。だが、彼の精神はあまりに強固で、屈服させることは不可能だったんだ」

蒼波が苦痛に顔を歪めながら、真実を紡ぎ出す。


「だから奴らは……『書き換えた』。弥勒様の脳波に直接介入し、その記憶と人格を、世界の歪みを生業とする冷徹な商人の一人——『調律師ホメロス』へと作り替えた。今の彼は、娘のことすら利益を生み出すための『商品』としか認識していない可能性がある……」


「なんてこと……。自分の親を、敵として倒せって言うの?」

ノヴァが低く、怒りを噛み殺すように呟く。


「そんなの……あんまりです。雫さんのために戦ってきたのに、そのゴールに待っているのが、雫さんを忘れた父親だったなんて……!」

紫苑も商人の不条理さに怒りが込み上げる。


陽炎は、隣で崩れ落ちそうになっている雫を、無言で強く抱き寄せた。彼女の震えが、自分の胸に痛いほど伝わってくる。


「……雫。俺を見ろ」

陽炎の瞳が、彼女の潤んだ瞳を真っ直ぐに射抜いた。


「お前の親父さんが、もし世界を調律するバケモノになってるなら……俺がその『調律』をぶっ壊して、弥勒さんを正気に戻す!……それだけだ」


「…でもそれではドヴォルグにわざわざ行く意味はないのでは!?」

蒼波が疑問を蒼波に投げかける。


「いや、ホメロスは九人目の商人としてロキが改創したが、定期的な検査(メンテナンス)をする必要がある。そのメンテナンスをするためにドヴォルグの施設を拠点にしているんだ」


更に蒼波は陽炎たちに伝える。

「——商人。まず奴らのしていることは、世界の混沌、つまり闇を生業とし儲けることだ。しかし、それは過程であり目的ではない。奴らには崇めている『君主(マジェスタ)』と言われる者がいる。…残念ながら商人を従える君主については記憶にロックがかかっているようでわからなかった…」




(……君主)

九商と呼ばれる強大で傲慢な商人たちの上に立ち、彼らを統べる存在。

「商人の上に君臨する王、か。……ただの金儲けじゃなく、もっと底知れない何かのために動いてるってわけね」

ノヴァが腕を組み、まだ見ぬ商人の主を睨みつけた。


「記憶にロックをかけるなんて……その『君主』という奴は、何か特別な力を持っているのかもしれません」

紫苑が自らの腕の包帯を握りしめ、身震いした。



蒼波の口から語られた『君主』という存在、そして父・弥勒が敵そのものに変えられているという残酷な真実。

それを聞いた陽炎と雫は、それぞれの胸中で激しい感情の渦に呑み込まれていた。



——数刻後


潜空艦が極北の大地を捉えてから一刻程経った。

眼下に広がるのは、自然の山脈を改造して造られた、高さ数百メートルに及ぶ巨大な鋼鉄の防壁がそびえ立っている。その頂には独自の呪術を発展させてきた国らしく侵入者を拒むように強力な探査呪力の光が放たれていた。

防壁の内側は白銀の雪原を切り裂くように敷かれた無数の鉄路と、巨大な蒸気の柱を上げる機関車。

まさに呪術と鋼鉄を融合させた要塞都市だ。




「……見えてきたわよ。親の記憶を書き換えるなんて、悪趣味な『商品』を作ってる施設のある国が」

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