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神位の書  作者: KATSUMI


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第六章 楽園 〜其の伍〜


「……あ……」

蒼波の瞳がゆっくりと開いた。

そこには、ロキに操られていた時の狂気はなく、陽炎が知っている蒼波であった。

「陽炎…………。それに、ノヴァに、雫、紫苑まで……。すまない、無様な姿を……見せたな」

「蒼波さん!!」

「師匠……! ああ、よかった……!!」

紫苑が堪えきれずに涙をこぼし、ノヴァもまた、剣を構えたまま一瞬だけ安堵の表情を見せた。しかし、戦場はまだ彼らを祝福してはくれない。


「想像以上だ……。 楽しましてくれる」

十数メートル先で着地した傀儡師カーライルが、指先から、もはや制御不能なほどの操りの糸が噴き出し、工房の天井にある巨大なシャンデリアや、重い実験機材を強引に引き剥がしていく。


「では、本日のお遊びを締めくくろう」

無数の鋭利な機材が、陽炎たちを目がけて弾丸のような速さで降り注ぐ。


「ノヴァさん、紫苑! 雫を守れ!!」

陽炎の咆哮。


「任せなさいッ!」

ノヴァと紫苑が雫を背に庇い、飛来する瓦礫を完璧に撃墜していく。


陽炎も蒼波を抱え物陰へ飛んだ。

「蒼波さん、ここにいてくれ。蹴散らしてくる」


「…?」


(……何故か恐れや不安を感じない…逆に全てがスローモーションのようだ…)


陽炎は阿修羅の修行、雫の言霊により自我を保つこと、そして幾多の戦いをくり返しすことで、自分でも気付かぬほど、成長していた。

陽炎の瞳が《静寂》の緑と本来もつ狂戦士の《赤》が混ざり合りあい黄色へ、そして《黄金》色へと輝く。


その隙間、陽炎がカーライルへ地を蹴った。

カーライルが操る無数の糸が二人の進路を塞ごうとするが、陽炎がその概念を切り裂き、直後に、カーライルの十本の指が切り離れていた。


誰もが目の当たりにした光景——陽炎が一瞬消え、次に見えたのは、カーライルの指を切断した後の陽炎の姿であった。


「終わりだ、傀儡師」

カーライルの胴体を一閃が駆け抜ける。


「な、……遥かに超えている……。素晴らしすぎる成長、最高だよ…………」

カーライルは力なく崩れ落ち、その体は自らが操っていた糸に絡み取られるようにして闇の中に消えていった。


(楽園の商人…影法師のアルケイデスは(分身)、錬金術師のロキは複製(クローン)、傀儡師のカーライルは人形(ドール)…何が目的だ?奴らにとってこれも『計画』の一部だったっていうのかよ……)

同時に、浮遊の館の原動力である実験工房の維持呪力が消失し、天井が音を立てて崩れ始めた。


「陽炎、ここも長くは持たないわ! 脱出するわよ!!」

ノヴァの声が響きますが、陽炎は崩壊する瓦礫の山をじっと見つめていた。

ロキが座っていた椅子の奥、隠し部屋のような場所から、雫の《言霊》が激しく反応しているのを感じていたのである。


「……あそこに、何かあるのか?」

雫も同様に感じとっていたのであろう。雫が一冊の古びた手帳を指差した。

それこそが、阿修羅が言っていた父・弥勒の手がかりだった。


ガァガァッ!!

部屋が崩れ去っていく。

崩壊する黄金の洋館が、断末魔のような地鳴りを上げて傾いていく。

陽炎は背中に蒼波の重みを感じながら、瓦礫を飛び越え、ノヴァと紫苑が道を切り開いて潜空艦へ最短距離で走り出した。


激しい煙と火花の中、艦のタラップを走り抜ける。

「早く!乗ってください!限界です」

心配そうに待っていた潜空艦の操縦士が叫ぶ。


一行が艦へ飛び乗った瞬間、潜空艦は崩れ落ちる洋館から一気に離脱した。


雲海の上で、かつて黄金に輝いていた『楽園』の本拠地が、真っ逆さまに地上へと落ちていくのを一行は見届ける。

あまりにも呆気ない、そして「空虚な」終わりであった。


安全な宙域まで脱出した艦の船室(キャビン)で、陽炎たちはようやく一息ついた。

治療を受けた蒼波は、安らかな寝息を立てて眠っている。


中央のテーブルには、雫が見つけた一冊の古びた手帳が置かれていた。

「……雫、これを見てくれ」


陽炎が手帳をめくると、そこには緻密な魔導回路の図面と共に、走り書きでこう記されていた。

『——弥勒拘束。

◯月◯日

北の大陸 ドヴォルグ共和国 北実験施設内

脳波の実験を開始する。・・・・・・・・・・・・』

これは、ロキが記載した人体実験記録だった。

記録は一年前まで記載されており、そこから先は白紙であった。


「……最悪の内容だ。…しかし、阿修羅さんが言ってたように…弥勒さんは未だ拘束され生き続けている可能性がある」


手帳に記された生々しい実験記録を前に、キャビンには重苦しい沈黙が流れました。雫は震える指先でその文字をなぞり、溢れそうになる涙を必死にこらえていた。


ノヴァが眉間に深い皺を刻んで内容を凝視した。

「ドヴォルグ共和国か……。極寒の地であり、古くから独自の呪術を発展させてきた国だ。あそこなら、外界の目を欺いて巨大な実験施設を隠すにはうってつけの場所だわ」


紫苑が言葉を続ける。

「一年前から記述が途絶えているのは、実験が完了したからか、あるいは被検体である弥勒様が別の場所へ移送されたからか……。だが、ロキがこれを大事に保管していたということは、彼にとって弥勒様は未だに『価値のある素材』であり続けているという証拠でもあるということだと思います。」


雫は目を閉じ必死に感情を押し殺していた。


「……あいつらにとっては素材でも、雫にとっては、たった一人の父親だ!!次は雫の番だ。北の大陸、ドヴォルグへ向かおう」





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