第六章 楽園 〜其の肆〜
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——少し時間を遡る
「ホッホホ! 行ってしまいました。しかしあちらはロキとカーライルの特別席まっておる。…貴方たち二人はここで退場していただこう」
影法師アルケイデスが指を鳴らすと、影の沼から這い上がる死霊兵士の数が倍増する。一人倒せば二人、二人倒せば四人。まるで増殖するバグのように、回廊は黒い軍勢で埋め尽くされていった。
「……ちっ、数だけは一丁前ね!」
ノヴァの両手に握られた新調の双剣が、残像を残して閃く。彼女の剣はもはや単なる斬撃ではなかった。彼女もまた、幾多の戦いを経て『無駄を削ぎ落とした最短の光』へと昇華させていた。
【双閃・残光!】
影の兵士が剣を振り下ろすより速く、その核を十字に切り裂いていく。 呼吸を乱すことなく数百を斬り捨てるが、しかし足元の『影の沼』が彼女の体力を徐々に削ってく。
「はぁ、はぁ……っ! まだ、動ける……師匠無事でいてください!」
怪我を負った腕を無理やり包帯で固定し、紫苑は太刀を振う。蒼波から受け継いだ高潔な剣技。それは、どれだけ汚泥にまみれても決して折れない《芯》を持っていた。
「……紫苑! 無理しすぎよ!」
「大丈夫です、ノヴァさん! 私が盾になります……あなたは、あの親玉を!!」
アルケイデスは、鼻で笑う。
「フォッフォッ、粘りますねぇ。ですが、命の価値は有限。私の影の在庫は無限! このまま削り殺してあげようぞ……」
「——無限? 笑わすな」
ノヴァが鋭く叫び、双剣を交差させる。彼女の瞳には、絶望ではなく、ある「確信」が宿っていた。
「紫苑! 一瞬だけ道を空けることできる!?」
「できます!!」
紫苑が残った力を全開にし、村雨を地面に突き立てる。
【水蓮】。
彼を中心に波動が広がり、一瞬だけ足元の影の沼が凍りつき、兵士たちの動きが止まる。
「今です!!」
ノヴァが、凍りついた影の兵士たちを「踏み台」にして加速した。重力を無視したような超高速の跳躍。アルケイデスの目の前まで、彼女は文字通り『光の線』となって到達する。
「なっ、速い……!? 」
「お前の在庫なんて、全部買い取ってやるわよ。……お前の命という『代償』でな!」
ノヴァの二振りの剣が、アルケイデスと彼が操る「影の核」を捉える。
「退場しなっ」
アルケイデスを葬り去る渾身の一撃を放った。
(!?…)
「ぐ、グアァァァァ!! 」
アルケイデスが霧散すると同時に、回廊を埋め尽くしていた影の兵士たちも、雪解けのように消えていった。
「は…はは、ノヴァさん、やりましたね!」
膝をつき、激しく肩を揺らしていた紫苑がなんとか立ちあがり、ノヴァに声を掛けた紫苑が歩み寄ってきた。
しかしノヴァが浮かない表情で紫苑を振り返る。
「……いや……実体と思っていたコイツは影…だったわ」
「…そ、そうですか。しかし今、道は開いています!とにかく時間がありません!…陽炎さんたちの元へ急ぎましょう!」
紫苑が視線を向けた先、廊下の奥からロキの絶叫と、巨大な爆発音が響いた。
「ええ。……蒼波を、助け出すわよ!」
二人は、ボロボロの体を引きずりながら、陽炎たちが待つ奥へと走り出した。
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——まさに、カーライルが雫に襲いかかろうとした時、全てがほぼ同時に進行する——
ガキイィィーンッ!!!
ノヴァと紫苑の二人が、カーライルの左右の指それぞれから伸びた十本の刃を雫とカーライルの間に入り、寸前で受け止めた。
陽炎がほんの一瞬だが、ニャっとすると同時に、アゾットが放つ青白い輝きが、ロキの右腕の剣と激突する。
本来なら砕けるはずの衝撃。しかし、陽炎の刃はロキの剣を透過し、吸い込まれるように彼の胸の中央——にある核へと突き立てられた。
「ガ、ア……!? バカな、私の肉体を無視して……術式だけを、斬った……?」
「——消えろ。お前の命に、価値なんてねぇ」
ドォォォォォン!!
「!!!」
雫がハッとする。
言霊により祈りに集中していた雫は、紫苑とノヴァがこの瞬間自分を助けてくれたことに気づいた。
——ここまでが、ほぼ同じ時間で進行——
カーライルは十数メートル後ろに飛び距離を保つ。
陽炎がアゾットを捻り上げると、ロキの肉体からドス黒い影が強制的に引きずり出された。それは、蒼波の魂に寄生していたロキの「自我」そのものだった。
ロキの絶叫が工房に響き渡り、彼の肉体は急激に形を失っていく。
代わりに、ドロドロに溶け出した液の中から、融合取り込もうとしていた、深い緑色の髪の騎士——蒼波の姿が、ゆっくりと実体を取り戻し始めた。
「カハッ……あ……陽、炎…………?」
蒼波の瞳に、わずかながら理性の光が戻る。しかし、彼の鼓動は今にも止まりそうで、その体は原形を保てず崩れてしまいそうだった。
「蒼波さん!!」
陽炎が彼の体を抱きかかえるが、身体を構成する細胞が不安定で、彼の存在は希薄になっている。
「陽炎っ!早く『紅晶』を蒼波に!!」
ノヴァが叫ぶ。
陽炎がノヴァの声に反応し、急いで紅晶を取り出す。
そして蒼波に近づけた。すると紅晶は彼の胸へと吸い込まれるように入っていく。
——先程まで崩れて無くなりそうだった存在が安定した。更に、顔の色もハッキリと色濃くなっていく。




