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神位の書  作者: KATSUMI


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第五章 英雄祭 〜其の肆〜


闘技場を埋め尽くす数万人の観衆。

初戦の時は、メイロウの鮮やかな一撃に沸き立つ彼らだったが、回を追うごとにその興奮はどこか《歪み》始めていた。


「メイロウ! もっと見せろ! 壊せ! 殺せ!!」


一人、また一人と、観客たちの瞳に小さな黒い点が混じり始めている。死の商人(デスバイヤー)が闘技場の観客席にバラ撒いた強化薬の成分が、会場の熱狂に呼応して揮発し、人々の理性をじわじわと侵食していた。


最上階の特別席で、阿修羅はその様子を苦々しく見つめている。

(……始まったね。エデンが用意した『オークション』の競り値が上がっていく。……さあ、陽炎。お前はこの状況下でも『静寂』を保てるかい?)



再び石門が開き、陽炎が舞台へ向う。



「始めっ!!」


対戦相手のブリギットは、いかにも「薬」で強化されたことが一目でわかる、異形なまでに筋肉を膨張させた炎の剣使い(ファイヤーブレード)の男。咆哮と共に剣を振う男に対し、陽炎は微塵も動じない。


「……遅い」

陽炎の姿が、一瞬だけノヴァの目にも追えない速さで(かす)む。

それは、陽炎が先で見せた『静寂』をさらに煮詰め、研ぎ澄ませたような《刹那》の動き。

この場で陽炎の攻撃が見えたのはほんの僅かな数人だけだろう。


ドサリ、とブリギットのが崩れ落ちた。


阿修羅がニャとする。

(ここにきて極めたな。あの一瞬、いや刹那、陽炎は二撃放った。相手の視界を奪う超高速の踏み込みによる一撃目。そして、相手の呪力の回路を正確に断ち切る、針の穴を通すような刺突の二撃目…百点満点だ)


ブリギットの瞳からは黒い濁りが消え、意識を失っただけの状態で無力化していた。


「……これが、本物の『引き算』……」

陽炎は圧倒的な実力で勝利を収める。


陽炎が砂埃舞う舞台を後にし、控え室へ戻っていった。以前のような心臓を灼く狂戦士の衝動に振り回される感覚はなく、至極冷静でいた。


「……お疲れ様。見事だったわ、メイロウ」

ノヴァが壁に寄りかかりながら、感心したように声をかけた。


「今の……見えていたのか? ノヴァさん」


「いいえ、全く見えなかったわ…。……まさかこの短期間でここまでなるなんてね、フフ」

(…この場で陽炎の動きを確認できたのは、阿修羅と【楽園】の奴らぐらいでしょうね)


雫は言葉にできない感動を瞳に湛え、陽炎の無事な姿を確認。陽炎の手は、かつてのように熱に浮かされることはなく、冷たく研ぎ澄まされた『鋼』のような静けさを保っていた。


その時ーー

控え室の重い鉄扉が開き、一人の伝令兵が姿を現す。

「領主推薦枠『メイロウ』殿。阿修羅様よりお渡しするように承った品をお持ちいたしました」

そう伝えると陽炎に、伝令兵は『ある短剣』を渡たし去っていった。


「ん?木刀ではなく、この短剣を使えってことか」

陽炎が鞘から短剣を抜いて確認する。


その短剣を観たノヴァが目を見張る。

「メイロウ…これは、国宝の短剣・聖邪アゾット!阿修羅様はよくお分かりだ。あなたは接近戦用の短剣を好んで使っていたのを知っていて今、マーベラスにある最高の短剣を託したって事ね」


「ふぅ〜ん」

陽炎はまじまじと見ると鞘にしまった。

(アゾット(こいつ)のもっている剣気…すげーっていうことは、ひしひしと伝わってくる…よし、やってやるか!!)


阿修羅からの「贈り物」を腰に差し、陽炎が再び光り輝く——いや、狂気に染まりつつある舞台へと足を踏み出していく。

腰に帯びた短剣『聖邪アゾット』は、まるで陽炎の研ぎ澄まされた意志に呼応するように、鞘の中で微かに共鳴し、重厚な剣気を放っていた。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


陽炎が勝利を収めたというのに、観衆の声は祝福とは程遠いものに変質していた。


「殺せ!」「もっと血を見せろ!」「絶望を、もっとだ!!」

数万人の観衆が、薬の影響で瞳をどろりと黒く濁らせ、一斉に足を踏みならす。その振動は闘技場全体を揺らし、まるで巨大な一つの生き物が咆哮を上げているかのように。


特別席の阿修羅は、その「黒い地響き」を肌で感じ、眉を潜める。

「……観客席そのものが『増幅器アンプ』にされているな。奴ら、この熱狂ノイズを糧に、最後の一皿を完成させるつもりか」


「さぁー、皆様……お待たせいたしました! 決勝戦(クライマックス)!!」

実況の声までもが、どこか狂気に染まり始めています。

「決勝の幕開けを飾るのは、この『メイロウ』……そして、対するは!!」


その瞬間、闘技場を包んでいた不気味な熱気が、最高潮になる。

「全ての試合で圧倒的な実力で勝ち上がってきた、この人、ヘルメス!!!」


地鳴りのような「殺せ」の合唱が、闘技場の空気を物理的な圧力に変えていく。

その狂気の中を、ヘルメスはまるでダンスでも踊るかのように軽やかな足取りで中央へと進み出た。


「お待たせしました、最高級のヴィンテージ。見てください、このお客様方の熱狂を! 貴方が絶望し、その『静寂』が悲鳴に変わる瞬間……一体どれほどの値がつくか、想像しただけでゾクゾクします。ヒャヒャ」


「ん?」

ヘルメスは陽炎の腰に視線をやると、歪な笑みを浮かべた。


「 素晴らしい! その短剣……一目見ただけで分かります。それはこの街の歴史そのもの、そして何より『最高級の出品物』に相応しい輝きだ!」

陽炎との距離を測るように、ヘルメスは手にしたロングスピアを軽やかに回す。



「始めッ!!!」





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