第五章 英雄祭 〜其の弐〜
陽炎が砂埃の舞う舞台を後にし、薄暗い控え室に戻ると、そこには安堵で膝を突きそうになっている雫と、腕を組んで壁に寄りかかるノヴァが待っていた。
「……あ、明るくて朗らかな『メイロウ』君。初戦突破おめでとう。ちっとも朗らかじゃなかったけどね」
ノヴァが皮肉混じりに、しかしどこか誇らしげに微笑む。
「イジメるのやめてよ〜ノヴァさん」
(.……けど、あの感覚…阿修羅さんの言ってたことが少しだけ掴めた気がする)
陽炎は自分の右手をじっと見つめました。以前のように力が「漏れ出す」感覚がない。それは、狂戦士の血を完全に『自分の剣』として支配し始めた証でもあった。
「お話の途中失礼します。ノヴァ様、か、メイロウ様、雫様」
「んっ!?」
三人が同時に声のする方向へ顔を向ける。
そこにはニコニコと笑顔をこちらに振りまく顔馴染みの姿が。
「し、紫苑!!」
そう、小柄だが手練れが有している雰囲気。紛れもなく紫苑であった。
「約束通りお会いしに来ました!実は、私も出場戦士としてこの御前試合に出場しております。次の試合に出場しますが、お恥ずかしい姿を見せたくはありませんので頑張ります!」
三人は聞きたいことが山ほどあるが、次の試合が控えていることがわかり、一言声を掛け言葉を留めた。
「よし、頑張ってこいよ!」
紫苑は「では!お話は後で」と短く挨拶すると、軽やかな足取りで石門の向こう側、光り輝く舞台へと消えていった。
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実況の声が、再び闘技場に響き渡る。
「さあ、一回戦最終試合! 村雨の『紫苑』の入場だあああ!!」
紫苑が一礼し、堂々した足取りで所定の立ち位置に立つ。
「対戦者は…これまた謎の剣使い、ヘルメス!」
赤のフードを深く被った姿のヘルメスは、ゆっくり歩きながら所定の位置に立った。
(…出たね。厄介なやつ)
阿修羅は鋭い視線でヘルメスと名乗る人物を特別席から見下ろす。
阿修羅の気を感じ取りヘルメスは不気味に口元の口角が上がる。
「始めっ!!」
紫苑とヘルメスは対峙したまま動かない。
(…なんだ、この隙だらけは!?誘っているのか)
紫苑はヘルメスの異様さに迂闊に動くことができないでいた。
ヘルメスがゆっくりとフードを外す。
容姿は男ではなく女。紫色の髪は腰までのツインテールスタイルで、顔は眼と口元が特徴的で不気味な程に笑顔をしている。体型は痩せ型。服装は赤と黒の格子柄の動きやすいドレススタイルである。右手にはロングスピアを握っていた。
その顔を闘技場の入場口の裾から見ていたノヴァが、一瞬で殺気立つ。
「!!——案内人!アイツは地下に広がる影の街であった案内人だ。服装や見た目は違うが、あの眼と不気味な口元は忘れないわ!」
「案内人だと……!?」
ノヴァの絞り出すような声に、陽炎と雫も息を呑む。
ヘルメスは、観衆の熱狂を一身に浴びながら、まるで舞台を楽しむ役者のように優雅に頭を下げた。
しかし、その瞳には光がなく、ただ底知れない闇が渦巻いている。
「ヒャヒャ……。そんなに殺気立たないでくださいよ、ノヴァさん。私はただ、この『商品』たちがどれほどの価値をつけるか、近くで検品したいだけなのですから」
ヘルメスが歪な笑みを浮かべた瞬間、紫苑の姿が掻き消える。
シュンッ、という鋭い風切り音。
紫苑は予備動作を一切排除した神速の踏み込みを見せる。一振りの直刀『村雨』が、ヘルメスの頸動脈と心臓を正確に貫こうと奔った。
「おっと、危ないです」
ヘルメスは一歩も動いていないように見えた。しかし、紫苑の村雨は空を切り、彼女が先ほどまで被っていた赤いフードだけを切り裂く。
「……なっ!?」
紫苑が驚愕に目を見開く。村雨の刃は、確かにヘルメスを捉えていたはず。なのに、手応えが全くない。まるで元々いない場所を切ったような感覚。
「良い動きだ。磨き抜かれた『忠誠』、そして『技』。……これなら、良い値がつきそうですね。しかしまだ早いです。もっと盛り上がってもらわないといけませんヒャヒャ」
ヘルメスはドレスの裾を軽く払い、ロングスピアを紫苑に向けて鋭く突く仕草をした。
そして冷徹な声で紫苑にだけ聞こえるように囁く。
「殺しません…商品ですから。少しの間寝ていて下さい、紫苑さん」
「…!?」
紫苑は何が起こったのかもわからないまま、意識がなくなる。
「紫苑!!」
陽炎の叫びが、闘技場の桁魂歓声に掻き消される。
闘技場の中央では、腹部を深く貫かれた紫苑が、糸が切れたように崩れ落ちていた。二人の距離は十メートル。本来なら槍の届く距離では到底ない。しかし、ヘルメスの槍はまるで『空間そのものを折り畳んだ』かのように、紫苑の肉体を正確に捉えたのだ。
「おや……? そんなに驚かないでください。これは、ほんのご挨拶。彼の『誠実さ』という名の魂に、少しだけ傷をつけて、香りを引き立たせただけですよ」
ヘルメスは血の滴るロングスピアを優雅に一回転させると、倒れた紫苑を無視して、陽炎たちがいる入場口の方を真っ直ぐに見据えた。




