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神位の書  作者: KATSUMI


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第四章 阿修羅 〜其の陸〜


修練場の影で腕を組んでいた阿修羅が、満足げに鼻を鳴らした。


「……ようやく気づいたか。狂戦士の真の力は、暴れることじゃない。その絶大なエネルギーを、一滴の雫にまで凝縮して研ぎ澄ますことだ」


陽炎がゆっくりと目を開ける。

その瞳は、赤く染まっておらず、いつもの澄んだ黒のままだ。しかし、彼が握る木刀からは、触れれば魂まで断ち切られそうなほどの鋭い圧が放たれている。


「……阿修羅さん。これなら、あの『商人』とやらを斬れるか?」


「フン、合格点だ。……だが、忘れるな。今、お前が感じている感覚を」

(…スサ、私らの時代は終わろうとしているな)

阿修羅は二人を見つめ、少しだけ表情を和らげた。



しかしその直後、館の伝令兵が慌ただしく地下へ駆け込んできた。

「報告します! 領主様、街の中央広場で、御前試合の予選を待たずして暴動が発生! 参加者数名が……例の瞳全体が黒く『濁った目』をしており、暴れ回っています!」


阿修羅は伝令の報告を聞き捨てると、肩に木刀をポンと担ぎ直した。

(…このタイミング。商人の意図ではないな)



「……先走った連中、か。実験台の暴走ってところだな。陽炎、これが最初の実戦だ。鎮静しに行ってくるんだ」

その表情は領主としての冷徹なものに戻っていたが、瞳の奥には送り出す陽炎への期待が微かに光っていた。


「……あぁ、わかってる。行ってくる」

陽炎は短く答えると、木刀を握り直す。先ほどまでの、溢れる力を無理やり抑え込んでいた時の苦しみは、先程とは打って変わって嘘のようにない。今はただ、冷たい水のような静寂が、彼の内に満ちていた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


陽炎が中央広場へ着くと、そこには白亜の都に似つかわしくない惨状が広がっていた。

つい昨日まで幾何学剣技を競い合っていた若者たちが、手にした剣を無差別に振り回し、石畳を砕き、逃げ惑う民衆を追い詰めている。


暴徒たちの目は、陽炎の『赤』とは違う、どろりとした闇を流し込んだような黒い濁りに染まっている。それは、快楽のためだけに破壊の衝動を増幅させられた、まさに『狂戦士の模造品』。


「……そこまでだ」

陽炎が広場の中央へ歩み出る。

一人の暴徒が、獣のような咆哮を上げて陽炎に飛びかかってきた。黒い闘気が剣に絡みつき、狂戦士のそれに近い破壊力を生み出している。


かつての陽炎なら、ここで自らの血をたぎらせ、圧倒的な力で押し潰していたであろう。しかし、今の陽炎は違った。


「……『引き算』だ」

陽炎は一歩も引かず、ただ静かに、木刀を正眼に構える。赤い気も、怒号もない。

ただ、彼の周囲の大気だけが、凍りついたように澄み渡る。


(——今)

飛びかかってきた男の剣が陽炎の眉間に届く直前。

陽炎の姿が、かき消えるような速さで男の懐に滑り込む。


「——っ」

木刀が放ったのは、破壊の衝撃ではなく、鋭利な刃物のような「圧」。

男の急所に吸い込まれるように叩き込まれた一撃は、纏っていた黒い闘気だけを霧散させ、肉体を傷つけることなくその意識だけを刈り取った。


ドサリ、と地面に倒れ伏す男。濁っていた瞳が、ゆっくりと本来の色を取り戻していく。


周囲で暴れていた他の数名も、陽炎が放つ圧倒的な「静寂」の威圧感に気圧され、動きを止めた。


「……すげぇ。力を使ってる感覚が、前と全然違う……」

陽炎は自分の掌を見つめる。



広場を見下ろす時計塔の影ーー

道化のような装束を纏った人物が座り込んでいた。死の商人の《案内人(ガイド)》である。

(ヒャヒャ……。素晴らしい。ヴィンテージが、一段と『澄んで』きましたねぇ。……ただ抑えるだけでなく、その純度を上げるとは。これでは、我らが商人あるじも値付けに困ってしまう……)


案内人は懐から、一際濃い紫色をした小瓶を取り出し、不気味にニヤリと笑う。

(……ですが、その『静寂』が、どれほどの絶望に耐えられるか……。本番の英雄祭オークションを楽しみにしておりますよ、英雄候補さん)


案内人は不気味な笑い声だけ残し、影の中へ消えっていった。




広場の喧騒が、陽炎の放った「静寂」によって急速に冷えていく。

倒れた暴徒たちを、街の衛兵たちが混乱しながらも収容し始めていた。陽炎は、まだ熱の残る掌を握り、開き、今の感覚をその身に刻み込もうとしていた。


「……殺さずに、力だけを抜いたのか」

背後から、静かな、けれど確かな信頼を込めた声が聞こえる。


陽炎が振り返ると、阿修羅、ノヴァ、雫の三人が笑顔でこちらを見ていた。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


領主館へ戻ると、阿修羅が机に放り出したのは、ノヴァが地下街から持ち帰ったあの《赤紫の小瓶》であった。


「ノヴァの話じゃ、街の至る所にこの『毒』が回っているらしい。デスバイヤー……あの『死の商人』は、英雄祭という舞台を使って、街中に絶望を売り捌くつもりだ」


ノヴァが沈痛な面持ちで口を開く。

「今回の御前試合…ただの試合ではないわ。彼らが競りにかけるのは、勝敗じゃない。『どれほど美しく世界が壊れるか』その光景そのものを、エデンの上客たちに売るつもりなのよ。陽炎、貴方の暴走はそのメインディッシュというわけね」


阿修羅はフンと鼻を鳴らし、一枚の羊皮紙を陽炎に突きつけた。

「奴らの思い通りにさせない方法は一つ。お前が圧倒的な『静寂』で、オークション会場(闘技場)ごと奴らを黙らせることだ。……だが陽炎、予選を勝ち抜いた面子の中に、一人……厄介な名前を見つけた」



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