第四章 阿修羅
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(フフ…あれから私も少しは強くなったと思ってたんだけど…昔も今も全く変わらない)
あの頃よりもさらに色濃く闘気を纏い、目の前に立っている。
「ふん……。あの時の小娘が…時は流れたものだな」
クラトスが《黒い大鎌》を肩に担ぎ直し、一歩前へ出る。
「……陽炎と言ったか。須佐能袁様が目をかけたというその力、偽物ならばここで叩き壊し、その娘を預かる」
その言葉が出た瞬間、陽炎の瞳が「紅」色へ光を放ち始める。
「……雫を連れて行く、だと?」
陽炎の声が低く、獣の唸りのように響く。
「何が目的だ……その鎌ごと、ぶち壊してやるッ!!」
陽炎が地面を爆砕させ、一瞬でクラトスの懐へ飛び込んだと同時に短剣を逆手に、すべての魔力を一点に集中させた超高速の一撃。
しかし、クラトスは微動だにせず、ただ静かに鎌の柄を握る手を動かす。
――ギィィィィンッ!!
金属音ではない、空間そのものが軋むような衝撃音がアトアの港に響き渡った。
「……ほう、今のを弾くか。少しは『怪物』の端くれに指がかかっているようだな」
クラトスは、陽炎の渾身の一撃を、鎌の石突だけで軽々と受け止めていた。
「陽炎ッ!!」
ノヴァが空中で陽炎を受け止め、着地します。しかし、その衝撃を殺しきれず、二人は石畳を数メートル滑ってようやく止まる。
クラトスは担いでいた大鎌をゆっくりと下ろし、今度はその「刃」をこちらへ向けた。
「さて……挨拶は終わりだ。ここからは『影の騎士団』としての仕事(査定)をさせてもらう」
彼が放つ闘気が物理的な重圧となり、アトアの港全体を押し潰す。
ノヴァは冷や汗を流しながら、かつて自分を圧倒したあの頃の恐怖――そして、今の自分でも届かない【怪物】の領域を再認識する。
「ノヴァ、お前ならわかるはずだ。俺がこの鎌を一振りすれば、この港ごと小僧を細切れにできる」
陽炎は立ち上がり、口元の血を拭った。
彼の瞳は、理性の「紅」から黒い炎が瞳孔を浸食し、その髪が逆立つ。
「……雫は、渡さねぇ。……その鎧ごと、塵にしてやる……!!」
陽炎の全身から放たれる気が、「深紅」へと変色し、周囲の空間が熱を帯びて陽炎のように揺らぎ始める。
その時、ずっと沈黙を守っていた雫が、二人の間に割って入ろうと駆け出した。
彼女は声にならない声で叫び、陽炎の腕を必死に掴もうとする。
(……だめ。戦っちゃ……だめ……!!)
雫の目に涙が溜まり、彼女の首元から「痣」が浮き上がり、クラトスの黒い大鎌に呼応するように色濃くなっていく。
「……ッ、雫!? 下がってろって言ってるだろ!!」
陽炎の「深紅」の気が、雫が触れた瞬間に一瞬だけ揺らぐ。しかし、彼の意思とは裏腹に、暴走し始めた狂戦士の力の片鱗は行き場を失い、陽炎のように空気を焼き続けている。
雫は必死に首を振り、涙をこぼしながら陽炎の腕を離さなかった。
彼女の首元の痣の出現は「悲哀」に似た冷たさを帯びていた。
「これは……」
不動の怪物、クラトスの声に初めて「困惑」の色が混じる。
彼が構えていた黒い大鎌こと《戦鎌・クロノス》が、まるで主の意志を無視するかのようにキィィィィン……と甲高い共鳴音を上げ、先程までの重圧が収まっていく。
(……クラトスの戦鎌が、雫の痣に反応している?)
ノヴァは驚愕のあまり、構えていた双剣をわずかに下ろした。
(……面白い。ただの『器』だと思っていたが、この『クロノス』がこれほどまでに共鳴するとは…)
「小娘、貴様の中に眠っているのは、一つでないということか」
クラトスが戦鎌を力任せに振り下ろし、強制的に共鳴を断ち切ろうとしたその時。
「――そこまでだ、クラトス」
アトアの港に、これまでの誰よりも力強く、重厚な声が響き渡った。
それは声というより、「世界の理」そのものが発せられたような、絶対的な威圧感。
陽炎の深紅のオーラが霧散し、クラトスの闘気すらも一瞬で霧のように消し飛ばされた。
三人とクラトスの間に、一人の女が立っていた。
服装は質素な平民服。髪は1本の三つ編みに束ねた赤毛で小柄な女性。しかし、その女が背負っている《存在感》の前に、影の騎士団の一人であるクラトスですら、わずかに後退を余儀なくされた。
「……阿修羅……様?」
ノヴァが呆然と呟く。
そこにいたのは、かつて大和国・最強の近衛隊隊長にして世界最強の三人衆の一人。
阿修羅は振り返ることなく、ただ静かに陽炎と雫を見つめた。
「……陽炎。大きくなったな。それに雫……よく、ここまで耐えてきた、えらいぞ」
阿修羅が軽く手をかざすと、雫の首元の痣が、まるで魔法が解けたかのように静かに収まっていく。
続いてノヴァに目を向け少し微笑んだ。
「お帰り」
阿修羅は優しく声を静かにかける。
「…ただいま戻りました」




