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神位の書  作者: KATSUMI


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第三章 大海蛇 〜其の陸〜

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


水平線から昇る太陽が、紺碧の海を黄金色に染め上げていく。

激闘の夜を越えた三人に、ようやく穏やかな朝の光が降り注ぎ少しだけ落ち着く。


「……東の大陸、か」

陽炎は眩しそうに目を細め、潮風に当たりながら遠くを見つめる。

横では、少しだけ顔色の良くなった雫が、朝日を反射してキラキラと輝く海面を、不思議そうに、そして愛おしそうに見つめていた。


「昼までには着くってよ。よかったな、雫」

陽炎がそう言って彼女の頭を軽く撫でると、雫は安心したように小さく微笑んだ。


ノヴァは船首に立ち、遠くの方に微かに見え始めた陸地の影を確認した。

(マーベラス……あと少しでお会いできます…阿修羅様)



甲板には、傭兵たちが用意した温かいスープの香りが漂い始めた。


「ほら、二人とも。先ずは東の大陸海の玄関といわれる港町アトアに着いたら、直ぐにマーベラスへ向かうわ。ゆっくり食事をする暇もないと思うから、今のうちにしっかり食べておきましょ」



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「見えたわ……。あれが、港町アトアよ」

しかし、港へ近づくにつれ、ノヴァの表情が再び引き締まる。

「……待って。港の様子がおかしいわ」


『シー・サーペント』が波を切る音が、不自然なほど大きく響き渡る。

かつては「眠らぬ港」と呼ばれたアトアの喧騒はどこにもなく、ただ冷たい潮風が、無人の桟橋を吹き抜ける。


「……静かすぎるわね」

ノヴァが低く、警戒に満ちた声を漏らす。彼女の手は自然と双剣の柄にかかっていた。


陽炎は目を細め、陸地を観察します。

立ち並ぶ極彩色の露店には、並べられたままの果物や布地が放置され、まるで「そこにあるべき人々だけが、一瞬で消えた」かのような、不気味な光景が広がっている。


「陽炎、雫。船が接岸しても、すぐには降りないで」


船がゆっくりと桟橋に近づき、接岸の衝撃が伝わったその時ー

ズドン……と、静まり返った石畳の上に、重量物を落としたような音が響きわたった。


「……誰かいるのか?」

陽炎が身構える。


露店街の奥からゆっくりと姿を現したひときわ大きな「影」が、重い金属音を立てながら歩み寄ってきている。


「待っていたぞ。港の民はアトアの騎士兵たちが避難させている。今からこの俺がお前たちの《歓迎会》をするためな、ハハハ」


影から現れたのは、全身を重厚な黒い甲冑で身を包んだ、巨漢の騎士。その手には、人の背丈ほどもある《黒い大鎌》が握られていた。


更に歩みを止めず近づいてくる。

重厚な黒鉄の鎧が擦れる音。一歩ごとに石畳を軋ませるその巨躯は、歩くだけで周囲の空気を歪ませるほどの質量を感じさせる。


「……避難、だと?」

陽炎が短剣を握り直し、その巨影を睨みつける。


「どう言うことだ!?」


騎士は答えず、背負っていた《黒い大鎌》をゆっくりと地面に突き立てる。


――ゴォォォォンッ!!


その衝撃波だけで、近くの露店の天幕が激しくなびき、海面が波打つ。


「陽炎、待って……!」

ノヴァが陽炎の前に手を出し、制止した。

彼女のブルーの瞳は、これまでにないほど鋭く、そして冷静に相手を分析する。


「……その独特の漆黒の重装甲。そして、持ち主の背丈を超える不気味な大鎌……。間違いないわ、天帝直属の騎士影の騎士団《力乱斗(クラトス)》」


「『影の騎士団』……!?」

陽炎に緊張が走る。ノヴァが教えた階級表で、自分たちの「皇位」のさらに上、一国を滅ぼしうる【怪物】の領域。


「……白銀の処刑執行官か。久しいな、ノヴァ」

兜の奥から、地鳴りのような低い声が響いた。


(……あの時と同じだわ。この、立っているだけで肺が押し潰されるような、圧倒的な重圧……)


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


剣と剣がぶつかり合い火花が散る。

ここは実力が認められた者のみが許された修練場であった。


(……かれこれ三時間だぞ…もう剣を握る手の感覚がない…足も)

若き日のノヴァが、感覚の消えかけた手で必死に剣を握り直したその時、修練場の入口から現れた巨躯。

「なかなか、いいのいるじゃーねーか」

その声は、人間というよりは地底の底から響く地鳴りのように聞こえた。


(……動けない。指一本、私の意志で動かせないなんて……!)

ノヴァは、自分の全身が鉄の(かせ)で縛り付けられたような錯覚に陥っていた。

当時の彼女はすでに【闘位】に近い実力を持ち、同年代では敵なし。大人たちの近衛兵ですら圧倒する「神童」と言われていた。

しかし、目の前に現れた男は、生物としての格が違いすぎた。

その男――クラトスが放つ殺気の前では、蛇に睨まれた蛙のように動くこともできない。


「おいおい、そー睨むなよ。とって食おうなんて思ってねーからよ、ははは」

クラトスは軽く笑い飛ばした。


それでも、柄を強く握り身構える。

通常、2階級を超える剣使いを前にすると戦意を完全に無くす程の実力の差があり、立つことさえできず地に膝を着いてしまう。ただ一人ノヴァは違った。


クラトスは無造作に歩み寄る。一歩踏み出すごとに、修練場の床がドスン、ドスンと、彼の心臓の鼓動に合わせて鳴っているかのように感じる。


「……何、しにきたの」

ノヴァは声を絞り出すのが精一杯であった。


「ん? ああ、隊長から『面白い芽が出てる』って聞いてよ。ちょっとツラ拝みに来ただけだ。……だが、期待外れじゃねぇな。俺の圧を浴びて、まだ剣を落とさねぇ。……合格だぜ、お嬢ちゃん」

クラトスが巨大な手をノヴァの頭に乗せようとした瞬間、彼女の生存本能が悲鳴を上げ、視界が真っ白になった。









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