第三章 大海蛇 〜其の伍〜
港の裏桟橋には、蒼波が用意させた黒い帆の高速帆船『シー・サーペント』が、荒れ狂う波に揺れながら待機している。
「頭からすでに命令がでている! 早く乗り込んで下さい!急いでっ!!」
蒼波の部下の傭兵たちが、迫りくる死人還りの群れを弩弓で牽制しながら叫ぶ。
しかし、桟橋の入り口に、何者かが立ちはだかる。
全体に黒いマントにフードを被っていることも相まって顔は暗くてみえない。
(…明らかにコイツらとは違う)
陽炎が立ち止まる。
それは先ほどのキメラとは違い、極めて小柄。
「……剣使い……!?」
ノヴァも陽炎たちと同時に立ち止まる。
マントの隙間から、チラリと柄が見えたのを見逃さなかった。
「ノヴァさん、俺がやる! 先に雫を船へ!!」
陽炎が前に出ようとするが、ノヴァがそれを制する。
「……陽炎待って。……異形の気配じゃない。人だ。」
ノヴァは慎重に観察するかのように、ブルーの瞳に光が宿る。
突如として現れた「人間」の剣使い。殺戮兵器である『死人還り』の群れの中で、その存在はあまりにも異質で、静かな波紋のようにその場を支配していた。
と、その時ー
「三人とも早く船にお乗り下さい。ここは僕に任せて下さい」
小柄な剣使いが唐突に意外な言葉を発する。
淡々とした、しかし透き通るような声。
フードを目深に被ったその小柄な剣使いは、腰に差した一振りの直刀に手をかけ、横目で迫りくる死人還りの大群を冷徹に見据える。
(…??、【楽園】の追ってではないの?)
彼女の鋭い感覚が、その人物から発せられる「澄んだ気」を捉えていた。
「私は蒼波様の一の弟子。『ノヴァ様、陽炎様、雫様の三名を無事に船へ送れ』と仰せつかっています」
フードを外し一礼をした。顔を上げるとまだ十四、五歳の幼さが残る少年であった。
直後、三人を背にし、死人還りへ向きを変える。
「船には一傷たりとも付けさせる訳にはいきません。師匠に怒られますので。さぁ、お乗り下さい!」
少年が刀をわずかに抜くと、その隙間から溢れ出た眩いばかりの白い光が、暗い桟橋を一瞬照らした。
「……おっさんの隠し玉か! 助かるぜ!」
陽炎は少年の言葉を信じ、雫の手を引いてタラップを駆け上がる。
「ノヴァさん、早く!」
「ええ……!」
ノヴァが船に飛び乗った瞬間、傭兵たちが一斉に繋留ロープを解き放った。
「名を……名はなんというの!」
遠ざかる桟橋に向け、ノヴァが叫ぶ。
少年は振り返ることなく、襲いかかる数体の死人還りを一瞬の抜刀で霧散させながら、短く答えた。
「――『紫苑』。また東の大陸で会いましょう!」
その直後、倉庫街の奥深くで、ロキと蒼波の激突による巨大な力の爆発が起る。影響で大気が轟き振動、そして衝撃波が海面を激しく揺らした…
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甲板の上、陽炎は荒い息を吐きながら、雫の肩を抱き寄せた。
「……終わったのか……。雫、怪我はないか?」
雫は何度も何度も小さく首を振り、陽炎の胸に顔を埋めた。彼女の小さな手は、まだ激しく震えている。
「陽炎、雫。……ひとまずは窮地を脱したわ。あの数の死人還り…あの少年の助太刀がなければ、出航の前に船に大きな損傷をおってたかもしれない……流石ね、蒼波…」
ノヴァがマスクを外し、潮風に吹かれながら長い溜息をついた。
陽炎は、はるか後方で炎上する埠頭の倉庫街をじっと見つめている。
「あのおっさん……蒼波さんは、大丈夫なんだろうな」
「あいつは元近衛ニ番隊副長の男よ。あんな変態錬金術師に遅れをとるほどヤワじゃないわ。……でも、ロキのあの『黒い水晶』。あれは危険ね、底知れない闇を感じた」
ノヴァの表情は晴れなかった。
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燃え盛る倉庫街も水平線の彼方へ消え、周囲を支配するのは心地よい波の音と、冷たい夜風だけになった。
「……少し落ち着いたか?」
陽炎が優しく問いかけると、雫は彼の胸から顔を上げ、小さくコクンと頷いた。
その瞳にはまだ恐怖の色が残っているが、陽炎の温もりが彼女を安心させていた。
ノヴァは手すりに背を預け、水平線の向こうで煌めく爆炎の余韻を見つめていた。
「あの紫苑という少年……。あの若さで【闘位】の階級の域に達しているわね。蒼波が育てただけのことはあるわ」
「剣使いの階級ってやつか。正直、俺の周りはずっと強い人ばっかでよくわかんねーだよな」
陽炎は五歳から現在の十八歳の十三年間、帝都の深部にある特務調査施設で隔離に近い環境で育ち、外の世界や文化に疎いところがあった。
「この際、階級ってやつを教えてよノヴァさん」
陽炎が聞き返す。
「わかったわ。まず強さの物差しが階級。階級には11の位に分かれているの。
下から、下位-兵位-上位-武位-闘位-超位-皇位-帝位-皇帝位-天位-大天位。
武の極みに至る者だけが辿り着く境地が大天位。世界の中心大和国に仕える近衛兵が『武位』、その中で選ばれた精鋭が『超位』。そして、戦場の流れを一人で変えうる化け物と世間で言われているのが『皇位』から上……。私や蒼波はその皇位」
「どーりで、ノヴァさん鬼強い訳だ。ハハ」
陽炎が小さい頃、鬼の特訓をやらされたことを思い出す。
「あ、でも皇位と大天位の間の剣使いって誰?」
陽炎が続けてノヴァに問う。
「その間にいるのは、帝様直属の影の騎士団、各国の王と貴族。全員一人ひとりが、一国レベルの強さをもつ化け物の上…んー例えるなら【怪物】たちかな」
ノヴァが天を見上げて肩を少し動かし、お手上げの仕草をする。
「へぇーそっか。教えてくれてありがと!ノヴァさん」
陽炎はこれまで自分が会ってきた人たちの顔を思い出だす。
(帝様に会った記憶はないが…スサさんやアスラさん以外で一人…とんでもねえ奴がいたな…誰だったんだろう)
ノヴァは陽炎を改めてまじまじと観る。
(…今の陽炎は私と同じくらいに感じる…でも違う。陽炎の強さは私でも量れない。底が見えない…)
「さて、夜明けまでには少し時間があるわ。今のうちに休んでおきなさい。……東の大陸で一番の都市国家マーベラス手前の港、アトアに着くわ」




