第三章 大海蛇 〜其の参〜
月明かりに照らされた倉庫街の石畳。
建物の影が生き物のように蠢き、そこから這い出すようにゆっくりと出現する『死人還り(リビング・デッド)』たちの姿は、見たものを恐怖させる。
ギギ…、と乾いた音を立て死人還りたちが首を不自然に傾ける。その目は虚空を見つめ、ただ「標的」を抹殺するためだけの自意識のない冷たい視線だった。
「……チッ、影の中から出てきやがるなんて、なんでもありか!? 道理で、俺の可愛い部下たちが気づかねぇわけだぜ」
蒼波が不敵な笑みを浮かべながら、背中の幅広の長刀を引き抜く。その刀身が月光を反射し、鋭い黒鉄色の光を放つ。剣の名は『守護者の剣』
「こいつらは数で押し切るつもりよ!」
ノヴァの警告と同時に、影から這い出した十数体の死人還りが、倉庫の中へ重力を無視したような跳躍で四人に襲いかかる。
「俺が行く!!」
蒼波が陽炎の横をすり抜け、最前線へと躍り出る。
「―― 轟天一閃 !!」
横一閃に振るわれた長刀が、大気を圧縮し、目に見えるほどの鋭い衝撃波を放つ。先頭を走っていた数体の死人還りが、紙細工のように胴体から真っ二つに両断された。
しかし、切断された上半身が地面に落ちる前に、彼らの頭部にある「呪印核」が赤黒く濁色に変化する。
「……こいつら、斬られても倒れない!」
陽炎が叫びながら、雫を背後に庇いつつ短剣を強く握る。
「ええ、それがエデンの兵器の恐ろしさよ。核を潰さない限り、肉体が崩壊するまで動き続ける!」
ノヴァが神速の踏み込みで、再生しようとする個体の核を的確に突き抜く。
「なら、再生する暇もないくらいに粉々にしてやるよ」
陽炎の瞳が紅く燃え上がり、全身から黒紅のオーラが爆発した。
彼は一歩で地面を爆砕させると、密集する死人還りの中心へと突っ込む。
「――壊れろッ!!」
放たれた剣気は、死人還りの頭部を貫通し、その内側にある呪印核ごと飛散する。更に瞬足で次々と周囲の死人還りを打ち砕いていった。
「ハッ、豪快なガキだ!気に入った! だがな小僧、ここは俺のシマだと言ったはずだぜ!」
蒼波もまた、陽炎の戦いぶりに触発され、重苦しくなるような重圧を放つ。
戦いが激化する中、雫はノヴァに教わった通り、必死に周囲の「気」を読み取っていた。
三人の圧倒的な武力によって、死人還りたちは次々と沈黙していく。
しかし――。
(……違う。まだ、いる。もっと……冷たくて、底が見えないくらいの暗い影が……)
雫の視線が、倉庫の屋根の上、月を背に立つ「一影」に釘付けになる。
そこには、これまでの死人還りとは明らかに違う、豪奢な黒い儀礼服を纏った男が静かに見下すように立っている。
その手には、不気味な形をした大きな「錫杖」が握られていた。
「……陽炎! 上!!」
ノヴァが叫んだ瞬間、その男が錫杖を地面に突き立てた。
――ゴォォォォォォン……。
バガンの街全体に響き渡るかのような、不吉な鐘の音。
その音とともに、倒したはずの死人還りたちの肉体が、ドロドロと勢いよく溶け、一つの巨大な「塊」へと集束し始める。
「……おいおい、冗談だろ。合体でもしようってのか?」
蒼波が顔を引きつらす。
集束し現れたのは、複数の死人還りが混ざり合ったような、数メートルを超す巨大な異形の怪物『キメラ』であった。
「『楽園』の商人の一人……錬金術師のロキ。ついにお出ましというわけね」
ノヴァが双剣を構え直し、冷徹な処刑執行官の目に戻る。
(…やっと会えたわね)
(コイツが…俺たちが追いかけていた楽園の商人…おもしれー)
蒼波が唾を飲み込み、ガーデアン・ソードをしっかりと持ち直す。
屋根の上の男ロキが、仮面の下で静かに口を開く。
「お会いするのは初めてですね。ーー白銀の処刑執行官ことノヴァさん…それに、鉄壁の守護者の蒼波さんですね」
そして、陽炎と雫に視線を向け、恍惚の表情で舌舐めずりをする。
「いいですね〜、実に良い感じに実りましたね〜。」
仮面越しでもわかる歪んだ笑み。その視線は、人間を「生命」としてではなく、研究対象の「素材」として見定める冷酷な錬金術師のものだった。
雫はゾクっとするものを感じ、陽炎の後ろに隠れる。
(気色悪いヤツだな。…こいつ普通じゃない)
陽炎に緊張が走る。
「いいですね……。その恐怖に染まった瞳、そして怒りに震える魂。十年前の『苗床』から、これほど極上の個体が育つとは。エデンの投資は間違っていなかった」
ロキが優雅に手を掲げると、足元の巨大異形兵『キメラ』が、無数の死人の叫びを合成したような、耳を劈く咆哮を上げた。
「十年前……やっぱりあんたたちが、あの街を地獄に変えた張本人なのね」
ノヴァの双剣から、バチバチと白銀の闘気が漏れ出す。
その瞳には、かつて不感だった彼女が手に入れた【激しい怒り】が宿っていた。




