第三章 大海蛇 〜其の弐〜
「蒼波……。近衛隊時代の仲間が、なんで傭兵団の頭なんてしてんだ?」
陽炎が意外そうな顔で問う。
「周りからはカッコいい帝都の近衛隊に見えるけど、色々あるってこと。あいつはあいつなりに、このバガンの街と周辺の海上の『秩序』を守るために剣を振るってるわ」
ノヴァは懐かしむように、だがその手は休めずに旅の荷物を点検する。
「ただ、あいつは食えない男よ。実力のない奴には見向きもしないし、何より『退屈』を嫌う。……陽炎、あんたが『狂戦士』だと知れば、挨拶代わりに切りかかってくるかもしれないわね」
(だけど一度気に入られたらその逆…フフ。陽炎はどちらかしら)
ノヴァはそう言うと、思い出したように陽炎に話しかける。
「……ところで、陽炎。さっきあんたが言っていた『影から現れる、異様な気を発しているヤツラ』もっと具体的に聞かせて」
陽炎が深く頷く。
「ああ。呼吸の音がしない。肺が動いてる感覚がなくて、ただ殺意だけが霧みたいに浮いてる。……ただの『動く死体』が命令に従ってるような不気味な気だ」
「――【死人還り】」
ノヴァの表情が険しくなる。
「十年前に私の部隊はある者たちを追っていた…情報を聞いて着いた時には、いつももぬけの空…追っていたのは、法として禁じられた兵器開発をおこなう武器商人の組織【楽園】」
ノヴァは話を続ける。
「【死人還り】も兵器の一つ、死んだ兵士の頭に呪印核を埋め込み、擬似的に神経伝達物質を発生、あやつり人形のように動かす兵器よ」
「リビング・デッドには意思はなく、人体リミッターを外しているため通常人の数倍の力とスピードをもつ超人。もしエデンが兵器を供給しているなら、何がおこるか検討もつかない…想像以上に厄介だわ」
雫はその言葉を聞き、ギュッと自分の胸元を掴んだ。
だが、陽炎がその手を力強く握りしめた。
「安心しろ。そんな動く死体ごときに、俺もやられやしないし、雫も渡さねぇ!」
「陽炎が言う通り大丈夫よ、雫。……蒼波のところへ行きましょう。海に出るには、蒼波の協力が必要よ」
夜の帳が下りる頃、三人は隠れ家を抜け出し、さらに潮の香りが濃くなる港の最深部へと向かった。
そこは、一般人は立ち入り禁止とされている、巨大なレンガ造りの倉庫街。
「止まれ。ここから先は『大海蛇』の倉庫だ。……命が惜しければ引き返せ」
倉庫の裏から、抜き身の刀を持った男たちが現れる。
だが、ノヴァは一歩も引かず、外套の中から一枚の銀色の盾の紋章を取り出した。
「頭に伝えなさい。――『白銀の処刑執行官が来た』とね」
男たちはその紋章を見た瞬間、顔色を変えた。
「……シルバーファトゥス……。待て、すぐに確認する!」
数分後、倉庫の正面の巨大な扉が重々しく開いた。
奥から響いてくるのは、荒々しい男たちの笑い声と、潮騒の音。
広大な倉庫の奥、酒樽や武器の箱に囲まれた玉座のような椅子に、一人の男が深く腰掛けていた。
深い緑色の髪を無造作に後ろに束ね、右目には鋭い刀傷。だが、その瞳は深く、穏やかな海のように澄んでいる。
「……よぉ。白銀の処刑執行官様が、こんな掃き溜めに何の用だ?」
男が立ち上がる。その瞬間、倉庫内の空気が一変した。まるで海底に沈められたかのような、重く、逃げ場のない威圧感。
「相変わらずね、蒼波。そのガサツな歓迎、少しは控えたらどう?」
ノヴァが涼しい顔で重圧を押し返す。
「ハッ! 挨拶がわりだよ」
蒼波と呼ばれた男はニヤリと笑うと、視線を陽炎へと移した。
その瞳が、獲物を見つけた猛獣のように細められる。
「……おいおい、ノヴァ。後ろのそのガキ……とんでもねぇ『化け物』を連れて歩いてやがるな。俺の肌が、さっきから切り刻まれそうだって悲鳴を上げてるぜ」
蒼波の右手が、背負っていた幅広の長刀の柄にゆっくりと添えられた。
「……へぇ。あんたが傭兵団の『頭』か。いい雰囲気出してるな」
陽炎もまた、一歩前へ出る。紅い瞳が、暗闇の中で静かに輝き始めた。
「待ちなさい、二人とも!」
ノヴァが二人の間に割って入る。
「挨拶はそこまで。蒼波、頼みがあるの。……この二人を連れて、東の大陸へ渡りたい。力を貸してくれるわね?」
蒼波は長刀から手を離すと、豪快に笑い飛ばした。
「わかったよ、ノヴァ。……訳ありだな。」
ノヴァが頷く。
「説明は出航後に船上で話すわ」
同時刻ーー倉庫街の外
シー・サーペントの倉庫に月明かり差し建物に影ができる。
その影がゆらめき始めると、ゆっくりと異様な気を発しながら影の中から浮き上がってくるものが。
『死人還り』が一体…また一体と。
雫が陽炎が被っているフードを掴み引っ張る。
「…きたな。雫、大丈夫。俺から離れるなよ」
陽炎は小さな声で雫にいうと、ノヴァと蒼波に目で合図をする。
二人も無言で頷く。




