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神位の書  作者: KATSUMI


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第三章 大海蛇

朝日がバルサの村を黄金色に染める中、三人の旅人が村の境界線を越えた。


「じゃあな、リュウさん、アキさん! スープ、最高だったぜ!」

陽炎が大きく手を振る。


リュウは力強く頷き、アキは名残惜しそうに、雫のために持たせた大量の干し肉の袋を指差した。


「……行きましょうか。もしかすると、陽炎から聞いた陰から現れるという奴らが襲ってくるかもわからない、気を引き締めるように」

ノヴァは再び白銀の甲冑に身を包んでいるが、その顔にマスクはない。凛とした美しさの中に、かつての《執行官》としての鋭い覇気が戻っていた。



村を離れて数刻。平坦な道が続く中、ノヴァが突然立ち止まり、背後の雫を振り返った。

「雫、まずはレッスン1よ。しっかり目を閉じて」


雫は少し驚いたが、素直に(まぶた)を閉じる。

「いい? 視覚以外の全てで感じるのよ。耳、鼻…そして肌。ゆっくりでいい…風を感じて」

雫が精神を集中し始めた。


「……今、私たちの後方、数メートル先の茂み。何かが動いたわね。それは風による揺れ? それとも、獲物を狙う獣の殺気?」


雫は更に集中させる。

(…………あ。)

微かな、しかし確かに存在する「異物感」。陽炎が戦いの時に放っていたものをごく小さくしたような、ピリリとした刺激を感じ取った。雫が右後ろを指差す。


「正解。……陽炎、やりなさい」

「了解っ」

陽炎が動くよりも早く、茂みから飛び出した小型の獣を一閃。抜刀から納刀まで、雫の目には残像すら見えなかった。


「……今の雫の指差しが、コンマ一秒遅ければ、陽炎の初動も遅れていたわ。これが『連携』の基礎。守られるだけじゃなく、陽炎の『目』になりなさい」

雫は強く頷いた。


喋れぬ自分にできること。

それは誰よりも早く異変に気づき、仲間に伝えること。彼女の中に、新たな【覚悟】が芽生えていた。


(…やはり思ったとおり。器に選ばれた雫には元々、剣使い(ソードマスター)になり得る程の能力を秘めている…)



「まずは隣街のバガンへ向かうわ。そこは西の大陸でも有数の港町。東の大陸へ行くには航路の方が遥かに早いの」


ノヴァの説明に、陽炎が眉をひそめる。

「昨日、村長が言ってたノヴァさんの拠点にしていた街…何もなければいいが…」


「ええ。そうね。その連中が襲ってくるとしたら、人の往来が盛んで怪しまれず人混みにも溶け込みやすいバガンは格好の場所」

ノヴァの言葉に、陽炎は無意識に雫の肩を抱き寄せた。


「陽炎の力、もし私を知っている者たちなら正面からは襲わない。必ず何か仕掛けてくると考えるのが得策ね」


(帝都《帝様》 は私たちを何処かで見ているが、動かない。何故なら【その者たち】は結界内に潜み、見えていないからだわ。…この先の旅はさらに血生臭いものになる)

ノヴァは目を閉じると静かゆっくりと目を開けた。


(……阿修羅様、あなた様の元へ向かいます。……命に代えてもこの二人を無事にお届けします)

決意を込めると、ノヴァは先頭を切って歩き出した。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


さらに半日程歩いた先に着いた街バガン。

迎えてくれたのは潮の香りと、数多の人間が放つ熱気だった。


「……あそこがバガンよ」

ノヴァが指差した先には、強固な石造りの城壁と、その向こう側に無数の船のマストが林のように並ぶ巨大な港町が広がっていた。

バガンの正門は、商人の馬車や旅人で溢れかえっている。


「陽炎、雫。ここからは私の指示に従って、極力目立たないように。まずは私の隠れ家(セーフハウス)へ向かうわ」

ノヴァは手慣れた手つきで予備の外套(マント)を二人に手渡し、深くフードを被るよう促した。


特に陽炎の異装と、雫の不慣れな田舎の娘といった雰囲気は、鋭い観察眼を持つ者には絶好の標的となる。


街に足を踏み入れると、市場の呼び声や荷車の音が鼓膜を叩く。


雫は初めて見る大都会の光景に圧倒されそうになるが、ノヴァに教わった通り、(まぶた)の裏で「周囲の気配」を探り続けた。

(……変。あっちこっちから、トゲトゲした視線を感じる……)

雫の感覚が捉えたのは、物売りの好奇心ではない。「値踏み」し、「追跡」する、冷たく計算高い視線。


「……早速、気づいたみたいね雫。上出来よ」

ノヴァが耳元で囁く。


「陽炎。右の時計塔の屋上、それから左の路地裏の樽の影。……」


「ああ、気づいてる」

陽炎の手が、無意識に短剣の柄に伸びる。


「ダメよ、今は。あいつらはただの『観測手スカウト』。ここで暴れれば、【その後ろ】を誘い出せなくなるわ」

ノヴァの冷静な声に、陽炎は柄からゆっくりと手を離した。


一行が迷路のような路地裏を通り抜け、辿り着いたのは、古びた酒場の二階にある一室だった。


「ここなら、バガンの衛兵も滅多に立ち入らない……ひとまずは安心よ」

ノヴァが鍵をかけ、部屋の明かりを灯す。


「ノヴァさん、…あの異様な『気』は間違いなく奴らだ。影から現れた連中と同じだ」

陽炎がフードを脱ぎ捨て、鋭い眼光になった。


「そう。あの『気』は厄介ね。恐らくだが、術が施されているわ。人であって人ならざる者ね…」

そう言うと、机の引き出しから地図を広げ、バガンの港の一角を指差した。


「この港では最強最悪で名が通っている『大海蛇の海団(シー・サーペント)』。彼らは金で動く、荒くれ者の傭兵集団。そんな荒くれ者たちから『頭』と言われ束ねているのが……」


ノヴァが陽炎と雫に目をやりニヤっとする。

「実はその(かしら)、近衛隊時代に切磋琢磨した仲間の一人なの。ちょっとガサツだが仲間思いのいい奴…フフ」




「彼の名は蒼波(ソウハ)。剣使いで元近衛隊二番副長よ」






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