第二章 魔獣 〜其の参〜
土煙がゆっくりと晴れ、ノヴァの視界に、自分を庇うように立つ青年の背中が映し出された。
「……君、何者だ? ここは君のような子が来る場所じゃない。早く逃げなさい!」
ノヴァが声を荒らげる。
しかし、その声はガイヤドラゴンの咆哮によって掻き消された。
グオオオオオオオオオオッ!!
山が割れるような咆哮。
その風圧だけで周囲の巨木がミシミシと音を立てる。
地龍ガイヤドラゴン――。
その漆黒の鱗は鋼よりも硬く、瞳には知性を持った悪意が宿っている。
「青年……か。そう見えるんなら、あんたの目は相当疲れてるみたいだな」
陽炎は振り返らずに答える。
その肩からは、陽炎のような、薄らと黒紅色のオーラが立ち上り始めていた。
(なっ……なんだ、この威圧感は……。魔獣の邪気に、当てられているわけじゃない。これは……内側から溢れ出しているのか!?)
ノヴァは戦慄した。
帝都で数多の強者を見てきた彼女の直感が告げている。この青年の内側には、地龍をも喰らい尽くす「何か」が潜んでいると。
「ノヴァさん、だったか。……悪いが、俺は手加減が苦手だ。巻き込まれたくなかったら、少し下がってな」
陽炎が腰の短剣に手をかける。
その瞬間、彼の瞳が鮮血のような「紅」に染まった。
「――さぁ、始めようぜ。化け物」
陽炎が地面を蹴る。
その一歩で大地が爆ぜ、彼は音を置き去りにして地龍の懐へと飛び込む。
その瞬間 陽炎の姿が消えた、とノヴァは錯覚した。
次の瞬間、地龍の分厚い胸殻の前で、空間が爆ぜるような衝撃音が轟く。
――ギィィィィィィィン!!
「……っ、硬ぇな!」
陽炎の短剣が、鋼鉄以上の硬度を誇る地龍の鱗に火花を散らす。
普通ならば刃が砕け散る一撃。しかし、陽炎の放つ黒紅色のオーラが短剣を包み込み、物理的限界を超えた破壊エネルギーへと変貌させていた。
「グルアアアアアッ!」
地龍が苛立ちと共に、巨大な尾を薙ぎ払う。
一振りで森の巨木を十数本まとめてへし折る、絶望的な破壊の質量。
「危ない!」
ノヴァが叫ぶが、陽炎は避けない。
あえて自分からその衝撃の渦中へと飛び込み、尾の側面を蹴り上げることで、さらに上空へと高く舞い上がった。
(……あり得ない。あの巨躯の攻撃を『足場』にしたというの!?)
ノヴァは、その場に縫い付けられたように動けない。
目の前で繰り広げられているのは、もはや剣術ではない。《暴力の結晶》が、巨大な災厄を力でねじ伏せようとする神話の如き光景。
「……お返しだ」
滞空する陽炎の瞳に、さらなる紅い輝きが宿る。
重力を無視したかのような急降下。陽炎は逆手に持った短剣を、地龍の眉間へと振り下ろした。
「――壊れろッ!!」
ドォォォォォォォォォン!!
衝撃波が円形に広がり、足元の地盤がクレーター状に陥没する。
地龍の巨体が、少年の放ったたった一撃の衝撃によって、地面に深く叩き伏せられた。
「グガッ……ガアアアアッ!?」
地龍の瞳に、初めて「恐怖」の色が混じる。
魔獣の王として君臨してきた誇りが、目の前の「小さき生き物」から放たれる底知れぬ飢餓感に圧倒されていた。
土煙の中で、陽炎の肩が激しく上下する。
黒紅のオーラはさらに濃さを増し、その内側から響く鼓動は、戦場の咆哮よりも高く、激しくノヴァの鼓動を揺さぶる。
「……はは、まだ終わらねぇよな? 」
不敵な笑みを浮かべる陽炎。
戦闘中にも関わらず、陽炎がノヴァに問う。
「ノヴァさん、どうして弓なんか使ってる!?本当のあんたはそんなもんじゃーねだろ?」
「?………はっ」
問われたノヴァは気づく。
「ま、まさか、か、陽炎!?」
通りで今見ている、ズバ抜けた戦闘センスと闘争本能、さらには内に秘めた畏怖さえ感じるものの正体がわかった。
「ノヴァ、字名を白銀の処刑執行官。剣使いのノヴァさんはどこにいった!?」
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ノヴァの記憶が蘇る。
十五年前。
ノヴァは、帝都の近衛隊一番隊副長として隊長である阿修羅の後ろを歩いていた。
先程、須佐能袁より阿修羅へ呼び出しがあったのだが、阿修羅曰く「嫌な事しか言わないヤツだから一人で行くのは嫌だ。ノヴァついてきてーお・ね・が・い」と言われ仕方なく連れられて向かっていた。
「スサ!入るぞー」
阿修羅はそう言うなり、ノックもしないでドアを開ける。
(ハァ〜…隊長はいつも適当だな…)
生真面目な性格のノヴァは、ガサツでめんどくさい事が苦手な阿修羅の性格と行動に初めの頃は注意を促していたが、一向に直すことをせず諦めていた。
「おー来てくれたか。阿修羅にノヴァちゃん!」
須佐能袁が答える。
すると、須佐能袁の横に小さな男の子が無表情で立っていた。幼き頃の陽炎である。
「あーあの子かぁー」
阿修羅が笑顔で陽炎に語りかけるが、相変わらず陽炎は無表情だった。
「…もしかして、狂戦士の血をひきしもの」
ノヴァが尋ねる。
「そーだよノヴァちゃん。今の陽炎は天明の呪印によって狂戦士化はしないんでだいじょーぶいっ」
須佐能袁は最後の語尾の言葉に合わせ両手ピースをする。
須佐能袁も負けず劣らず、阿修羅と同じ性格だとノヴァは思った。
(帝様も合わせてこの三名がこの世界の頂点におられているとは…普段なら信じられない)
「で、どーすんの?陽炎だったっけ、名前。」
阿修羅が目を細くして、須佐能袁を睨みつける。
「ん〜僕ちゃんとーても忙しくて…阿修羅ちゃんにお願いしようと」
チラッと須佐能袁が阿修羅の顔色を見る。
「んー」
阿修羅は悩んだような態度を取っているが、ノヴァは察しはつく。
「…はい、はい!私がみ・ま・す。陽炎の養育係をいたしますので」
ノヴァが陽炎の方へ目をやる。
すると陽炎がが少し笑顔を見せた気がした。
「!」
(い、今…笑みを見せなかった?)
(…ものすごーく可愛くなかった)
「 み、見ました!?」
ノヴァの口から思わず声が出る。
「え?」
須佐能袁と阿修羅が同時にノヴァの顔を見る。
(…ダメだ、まったく見てない…)
こうして三歳から五歳までの二年間、ノヴァが陽炎の養育係として預かることとなった。
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(えーー今目の前にいる青年があ、あの可愛かった陽炎っ!?)
何故か、急に恥ずかしくなるノヴァだった…




