『英雄よ、我等の刃にて死ね』のレビュー
https://kakuyomu.jp/works/16818093094574900467
『英雄よ、我等の刃にて死ね』は、勇者暗殺という入口と、近代火器を異世界へ持ち込む絵面の強さで読者を引ける作品である。ルイスガン、トレンチガン、ヴィラール・ペローサ、対戦車ライフルといった火器の選び方には作者の趣味が見え、爆発、銃撃、カーチェイスを含む場面は映像的な勢いを持っている。ただし、その勢いは西部警察的な爆破アクションとしては機能しても、軍事ものとして読むには兵器の使い分けがまだ粗い。今回のレビューは他にも砲神エグザクソン、オルクセン王国史、皇国の守護者、幼女戦記、将国のアルタイル、レインボー・シックス等も比較対象としている。
文章だけで見るなら、この作品はまず「場面を前へ押す力」が強い。爆発、銃撃、突入、狙撃、車両移動のような出来事を止めずに流す文章になっていて、読者に「今、状況が動いている」という圧を渡せている。戦闘場面では文が説明に沈まず、動作を次の動作へ繋げる勢いがあるため、爆破アクションとしての読み味は出ている。
ただし、その勢いは強みである一方、情報量が多い場面では読者の足場を奪いやすい。武器名、弾薬名、人物名、位置関係、敵味方の動き、爆発の結果が同じ重さで並ぶと、何が重要で、何を見ればよいのかが一瞬分かりにくくなる。固有名詞を出すこと自体は悪くないが、ルイスガンなら制圧の重さ、トレンチガンなら近距離の圧、対戦車ライフルなら構える遅さや一発の緊張まで、名前が場面の感覚へ変換されている必要がある。名前だけが立つと、文章ではなく資料の列挙に近付く。
視点の置き方も注意点になる。戦闘中に動作を短く繋げるほど、読者は「誰の目で見ているのか」「どこから何が迫っているのか」を見失いやすい。爆ぜた、撃った、突入した、倒れた、という処理を連続させるなら、途中で壁、煙、足元、肩越し、銃口、窓、階段のような視点の杭を置く必要がある。これがあると、速度を落とさずに読者の現在地を保てる。
心理描写は、感情名や表情説明に寄ると弱くなる。「焦った表情」「ダルそうな様子」「決意を固めた表情」と書くより、弾倉を掴み損ねる、返事が一拍遅れる、普段なら言う軽口を飲み込む、銃口だけは下げない、といった動作へ変えた方が人物の内側が伝わる。感情を説明するのではなく、その感情のせいで行動が少し変わるところを書けば、読者が自分で読む余地が残る。
台詞と地の文も、同じ意味を重ねない方がいい。台詞で問い詰めて、地の文で「決意していた」と答えを書くと、読者の想像がそこで止まる。台詞が強気なら地の文では震えや逃げ道への視線を書く。台詞が平静なら、地の文では指先の乱れや呼吸の詰まりを書く。台詞と地の文をずらすことで、人物の嘘、本音、恐れ、職業的な癖が出る。
作品としての評価は、「勇者を暗殺する」という目的が最初から物語の背骨になっている。集められた殺し屋たち、都市への移動、レジスタンスとの交戦、勇者の身体的弱点の調査、狙撃と毒を組み合わせた作戦は、いずれも同じ一点へ向かっている。そのため、読者は途中で「これは何の話なのか」を見失いにくい。ファンタジー世界に近代火器を持ち込む派手さだけでなく、勇者という規格外の存在を人間の身体へ引き戻して殺す、という読み筋が明確にある。積み上げ含めた場面ごとの役割も比較的分かりやすい。情報収集によって勇者の弱点が見え、その弱点を突くために狙撃手が位置を取り、暗殺者が近接戦で勇者の動きを止めようとする。単に戦闘が続くのではなく、前の場面で得た情報が次の作戦の条件になっているため、ミッション遂行ものとしての骨格は強い。読者は「強い敵と戦っている」だけではなく、「どうやって殺せる形に持ち込むのか」を追うことができる。
その上で問題もある。山場へ向かう物理的な準備に比べて、人物の痛みや執着が読後に残る位置まで押し上がっていないことだ。登場人物たちはプロとして動けているし、命を削る行動も取っている。ただ、その行動が「この人物は何を失ってでも勇者を殺すのか」「殺した後に何が変わるのか」という形で強く読者へ残るかというと、戦闘の処理や作戦の説明の方が前に出やすい。結果として、山場は暗殺作戦としては読めるが、人物の人生がぶつかった場面としてはまだ薄く見える。
そして作品としての最大の欠点がこれだ。勇者を強くしすぎた結果、武器ごとの役割が狭まっていることだ。大砲の直撃を受けても無傷という設定を置くと、後から対戦車ライフルでこめかみに衝撃を与える作戦の説得力が落ちる。脳震盪は一点を撃ち抜いて起こすものではなく、頭部全体への加速度、減速度、回転、平衡感覚への干渉として扱う方が自然である。点で狙うなら脳震盪ではなく、貫通、骨格破壊、血管損傷、魔法による内部干渉などの別原理が必要になる。
火器の運用も、名前こそ色々出るが先ず無煙火薬から始まってる時点で人によっては装甲で呼吸が制限されるからガスが多く放出されるようにペローサを使うとか、トレンチガンでも使えるドラゴンブレスみたいな火炎放射器系の弾丸を使って呼吸困難に追い込むとか。装甲自体は脆いがHPがべらぼうに多い相手だからと骨を狙う為にスラッグ弾で近距離狙撃をしようとか。装甲がすぐに再生するから破ったら一気に打ち込む必要があるからセミオートライフルを用意するとか。そういうゲーム性やそれを戦場で逐次練り合わせるハラハラ感が無く、とりあえず理不尽おいとけ、となると『効いている筈なのになぜか破れない』みたいな駆け引きが無くなってしまう。いわばゲーム的面白さが省かれてしまっている。
というか対戦車ライフルじゃなくても当時と同水準のカノン砲や高速砲を加速させてぶっこんだ方がいい、そもそも大砲は弾道学などで命中率は計算すればほぼ100%になる武器である。むしろ大砲の狙う場所に上手くリードする等の方が勇者に逆に武器で狙撃される、みたいな事態を防げて有効だと感じている。
現状のままだと、軍事知識は雑多に散らばっているが、作戦の制約として十分に噛み合っていない。大砲が効かない、銃も普通は効かない、しかし特定の銃だけ魔法で有効になる、という流れになると、読者は兵器の理屈ではなく作者の許可を見てしまう。せっかく火器の種類が多いのだから、最初の失敗で弾痕、嫌がる距離、庇う部位、反応の遅れる角度を拾い、次の作戦で武器選択が変わる構造にした方がいい。
文章面では、戦闘場面に勢いはある。爆発の後に噴煙が生まれ、その中へ人物が突入するような流れは、場面を前へ動かす力がある。ただし、爆発が便利な煙幕としてだけ働くと弱い。煙は敵だけでなく味方の視界も奪い、狙撃手の射線を切り、退路を塞ぎ、耳を潰し、命令伝達を乱す。そうした負の作用まで場面に返せば、爆破はただ派手な演出ではなく、作戦の制約になる。




