表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白黒出版・白版~本が売れない時代だから出版を考える~  作者: 伊阪証


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/34

『ああ、世界はどうしてこんなにも』のレビュー

すまない普通に一話と二話間違えてレビュー規則が次の回になっちゃった。

『ああ、世界はどうしてこんなにも』のレビュー

https://kakuyomu.jp/works/2912051603128381641


極限状態特有の味と過去作からの成長を感じる話


小説の文章として

視点が主人公「きみちゃん」の絶望や依存に強く寄っているため、風景や状況がそのまま心理描写として機能している。特に結末の心中場面における描写は秀逸である。

「ずぶずぶ。切っ先が肉を抉り切り裂いていく感触。首筋に回された手が痛いぐらい抱きしめる。私の首に突き立った牙が痛いぐらい」

ここでは「悲しい」「愛している」といった安易な感情名に頼らず、痛みを伴う触覚と身体反応によって、二人の逃れられない共依存と狂気を読者に直接体感させている。

冒頭における「厚さ80センチほどの鉛で作られた油圧式の水密扉」や「3つ目の太陽がさく裂して」といった世界観・過去の状況説明が、地の文に詰め込まれすぎている。読者が主人公の内面や切実な感情に入り込む前に、情報処理で立ち止まらざるを得ない。

書いている最中の没入感と、読む側の時間経過の差異があるのか、まるで「テニス中にサッカーボールが視界ギリギリに飛んでくる体育」の様に感じてしまう。

また、他作品に触れる限りは一度の鬱状態で書ききれず、何度も分割して執筆され、数分間の休憩等で切れ目が生じていることが文章から読み取れる。

自分が書く場合のこの様な時間経過に対して、言葉で説明するのではなく、一人称を省いていたのを再び『私』と書き始めたり、改行やその行間数で示したりするシンプルな省略形のリセット」という、文章の邪魔にならない制御に留めて調整することが多い。

感覚が空くことで整理されずに入り込んだ「ごった煮」が、結果的に世界の理不尽さを演出している側面もあるが、このシンプルな記号化を維持したまま、短時間で一気に書ききり一気呵成に煮詰めれば、心理描写の沒入感はさらに最大化するポテンシャルを秘めている。「昔よりは筆力上がっているはずなので、より読みやすく、より面白く。あるいは、よりえげつなくをモットーに書いて行きたい」というならば真っ先に直すべきは先ずシンプルな文法を応用し、書くことと読むことの時間の違いなどを細かく検証すべきだろう。

作品として

「極限状態における絆と死による救済」を軸に一貫して積み上げ、ブレのない強度を持つ。登場人物が信念と関係性のために究極の代償を払う点が秀逸だ。さやちゃんは主人公に永遠の飢えを背負わせないために自らを差し出し、主人公も永遠の命を捨てて愛する人を自らの手で殺害し後を追う。世界救済という安易な解決を避け、「何を守るために何を捨てたのか」が明確に描かれるため、読者の心に強烈な喪失感が残る。

この構造はキリスト教圏のホラー作品、有名所でいえばスティーブン・キングの『シャイニング』等における「善悪に対する対価」に類似している。恋愛における別れた後の愛おしさ、ホラーにおける保身の結果の犠牲による後味の悪さを併合している。

しかし、登場人物に「生というものへの執着」が感じられないため、面白みに欠ける。キングの手法もまた古い小説家のものであり、今の時代にアジャストしているとは言い難い。

また、喪失後の余韻場面(例:「青い空が滲んで見えた」)では、美しい表現の一方で「諦めたので負けなかったから良し」という軽い諦念になりやすく、個人的に合わないのもそうだがビターエンドにしてももやもや感でなんとか押し通しているだけでそれしかなかったかと言われると…となる。

商品として

「痛みを伴う人間ドラマ」「救いのない破滅的百合」を求める熱量の高いニッチ層に特化した商品性を持つ。

ポストアポカリプス×吸血鬼の型を使いつつ、「愛のために共に破滅を選ぶ」という明確な外し方で差別化できている。短時間集中で生まれる密度が「刺さる強度」を生む強みだ。でも正直上位互換にサイコな上に爽快感のあるハッピーシュガーライフがあったり、最終兵器彼女系のジャンルにも近い、というのが商品化時の前例としてまだ一つインパクトがタイトルやキャラ、デザインに足りないとも感じる。


このレビューにあたって過去作品をとりあえず長いの古いのと色々読んでみたが、その中からの変化もある。

『「百合」と「ユーリ」 私は殺し屋、あの子は警官』第8話より

「今日も今日とて新東京都は忌々しいぐらいの青い空。さっそく作ってもらったサンドイッチをかじり、コーヒーをすする。ガツンと言う衝撃すら感じる深いコク。思わず涙すら浮かびそうだ。そういえば、主任は本物のコーヒーを飲んだことがあったのだろうか。何となく空を仰ぐ。どこまでも青い空が、何故だか滲んで見えた。 」

『この滅びた世界の中で、あなたと私は死んでいく』より

「生命をどこまでも拒絶する、完全に死が支配する世界。それはまるで、遠い宇宙のようで。ここに輝く星々はないけれど、確かに宇宙に通じる何かがあった。 」

「どんよりとした黒い雲。それにコントラストをなすように真っ白な大地。そこから突き出す黒々としたビルの墓標。まるで宗教画の一幕だ。 」

放射能で汚染された死の世界を歩く場面だが、ここには恐怖や絶望感がありません。むしろ、死の世界を「遠い宇宙」や「宗教画」に例え、感嘆のため息すら漏らしている。一方で宗教画というものは時間の経過を一気に詰め込む宗教説明をかなり楽にするものだったり、シンボル等で意味を持たせたりするものだが、壮大さという共通性もあるが、絶望を書きたいことは分かる。とりあえず目に付くものへ敵対している傾向があるのか、認識が曖昧に思ってしまうところもある。この時よりは確かに質感としては上がってはいるだろう。

エッセイ『何年か前に入ったラーメン屋さんとお姉さんのお話』より

「その人腕に無数の自傷痕があって。定規で測った様に真っ直ぐな自傷痕が腕の表面を埋め尽くす勢いで。それこそ言い方は悪いし失礼な言い方にはなるんですが、楽器のギロみたいでした。 」 ギロというのは洗濯板とラグビーボールを足して二で割ったみたいな外見の楽器である。それを他者のリストカット痕を見た瞬間の衝撃を綴ったのだ。「楽器のギロみたい」という常軌を逸した、しかし極めて視覚的で生々しい比喩は、間川氏の書く文章の中で最も尖った部分は涼宮ハルヒをルーツにする無駄にゴージャスな比喩の系列でないことが個人的には嬉しいとも思う。


人も宇宙も所詮化学反応の一つでしかなく、数多の反応を重ね重ね作り上げた試行錯誤の果てであり、その記憶や思考でさえ化学反応、脳活動はカルモジュリンキナーゼの起こす矮小な反応でしかない。しかしその上で生き、その上で重ね、その上で全うする。

態々何十にも重ねる必要性はない、もう少し分断し、刹那の自分を信じ、化学反応を一つ一つ重ね、同情から憧憬になるように成長・改善を重ねることが最適解ではないか?宇宙や青空、それから虚無を描いた過去から今は単純構造による痛みを悲劇にせず、絶望として描くことが出来た。立ち返りがあった。

類似し、共通し、比較する。それは多くの土台に化学反応があるが故で、遠く見えるのもまた化学反応の多さ故。希望も良し、絶望も良し、希望なんて希釈と同じで望みを薄くしたから文字通り希望じゃないかと煽るも良し、ただどちらにせよ改良の余地は多いと私は見ている。

その希望を以て今回は先の点数で評価した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ