第74話 異世界友だち
ご指名入りまーす! シェリル嬢を呼んでください。お願いします!
「えーと、鑑別するのに第三者の目が欲しいんです。私がこの地で信用できる教養人というのは彼女以外、他に知らないのです」
四人がなんとなくわかったようなわからないようなという顔をしている。まあ、奴隷の娼婦の方ですからね。高貴なご身分の皆さんが微妙な感じになるのは理解はする。あなた方が声高にそれを言わないところも非常に好感が持てる。ポイント高いよ。うん。
「シェリルならそれが出来るというのか?」
「その前にお聞きしたいのですが、奴隷誓約書がどういうものかご存じの方はいらっしゃいますか」
ウォーカーが答えを知っていた。
「うむ。誓約書は読めばわかる。奴隷誓約書も契約書もな」
「この国で作られた誓約書や契約書はこの国の文字で書かれている、ということなんですね」
専用の言語が使われてたら専門家を呼んで来ないとアウト。そして今は知り合いがいないから誰を呼ばれても信用できない。
「そうだ。『奴隷商人』も『契約屋』も特別な言語で書くわけではない。彼ら自身が理解できる言語で書かれる」
よし、最大の関門を突破した。
「ありがとうございます。それではやはり彼女を呼んでいただいて私の代わりに確認をさせてください」
「なるほど。わかった」
ウォーカーがユセフを見ると、ユセフが軽く頷き部屋を出て行った。シゴデキの冒険者は即決即断が出来ていいよね。
シェリルが来るまでの間、少し休憩しようとなった。サイラスさんの提案で場所をリビングに移すということで、各自好きな飲み物とツマミを持っていそいそと移動。この間はみんな無言でそれぞれ頭の中を整理中。
リビングのローテーブルには各種おつまみなどが並び、俺はこの世界の上流社会の食い物のチェックに忙しくなった。チーズやベーコンは普通にあるんだな。なかなかバリエーションも豊富だ。これも買い物リストに入れておこう。乾き物なら冒険者用の携帯食料にしても怪しくないだろう。あとでユセフさんに要相談だな。
大人たちはオルカに「これはどうだ?」「これも美味いぞ」と餌付けに余念がない。この人たちが緊張感無さそうに見えるのは、よほど自分の実力に自信があるからなんだと思う。金等級は伊達じゃない。というか本当に実力で取った金等級だから。引退したとはいえこの地域での最強ってことだ。まったくそうは見えないけど。
この世のスキル一覧とかどこかにないかなぁ。相手がどんな飛び道具持ってるかまったくわからないから怖いんだよね。ちなみにこの部屋でちゃんとした武器を持ってるのが見てわかるのはオルカとバーズだけ。
三十分ほど経っただろうか、ただの宴会になりかけたところでユセフがシェリルを連れて戻ってきた。
「お待たせ致しました。シェリル様をお連れ致しました」
おー、ユセフがシェリルを客人として扱っている。俺が娼婦としてではなく、ゲストとして呼び出したからだな。さすがだなユセフ。
「皆様、お待たせして申し訳ありませんでした」
そう言って優雅に淑女の礼をするシェリルとサリア。服を着ていてもシェリルは女神。サリアを呼んだのはシェリル? キュロスがいない理由は? 識字の問題なのかな。
「シェリル、急な呼び立て済まない。ロックがどうしてもシェリルじゃなきゃ嫌だと駄々を捏ねてな」
俺の方をニヤケ顔で見ながらのたまうウォーカー。ふん。
「はい。どなた様かに彼女と引き合わせていただいて以来、私はもう彼女なしでは夜も眠れないほど夢中なのです」
ウォーカーが「くっ、このガキはああ言えばこう言う!」みたいな顔をしている。ウォーカーに向かって優雅に頭を下げてみせてからシェリルとサリアの手を取って俺の席に案内する。彼女たちを侍らせるために小さい俺がこのバカでかいソファーを確保したことに今更気付いたか愚か者共めが! 美姫は全て俺のものだ! はっはっはっは! オーサーがいいなーっていう目でこっちを見ながらジョッキをチビチビしている。いや、余裕なのか何も考えてないのかどっちだ? もちろん後者にしか見えん。おい、妻帯者、それで大丈夫か? 俺はまだ知らんが、あんたの嫁さんも元『真紅の轍』なんだよな?
「いやしかし、そうしていると華麗で可憐な四姉妹にしか見えませんね。私の頭がどうにかしてしまいそうです。今夜はこれ以上酒を飲むのは止めておきます」
ほとんど飲んでいなかったサイラスがこめかみをおさえて呻いた。
「いったい俺は何を見ているんだ。なあ、今から何するんだっけ?」
ウォーカーがバーズに向かってなんか言ってる。
「俺に聞くな、俺に」
バーズも眉間を揉んでいる。
「ロック。お前、ロックだよな? 男、だよな? あれ? 違ったっけ? 今はアッシュっていう野郎を待ってるんだっけ?」
オーサーが酔っ払いみたいなこと言い出した。まさかエールで本当に酔っ払ってないよな? あんた特殊な訓練受け直した方がいいんじゃないか? というかそうか、今世の俺ってそういうビジュだったんだな。また忘れていた。侍らせているように見えないのか。俺もまた侍っている側? 侍ってる側ってなんだ! 向こう側から見るとそういう店に見えてるんだろうこれ。
ユセフがササっと四人の前に氷水の入ったデカいジョッキを置いていく。そして五つ目のジョッキを自分で豪快に飲み始めた。それを見ていた四人も喉を鳴らして水を飲んだ。
ウォーカーが床を見つめながら言う。
「よし、ロック、シェリルを呼んだぞ! 始めてくれ」
こっち見なさいよ。自分では自分の姿が見られないから何がそんなに変なのかよくわからないんだよなぁ。さて、俺にとっての本番が始まる。
「私は、三年前より南スラムの『赤竜の爪』という冒険者パーティーに所属していました」
周りを見回す。シェリルの美しい茶色の瞳と視線が交差する。
「西冒険者ギルド長官のデミトリー男爵が探している『戦闘奴隷で先行斥候のアッシュ』とは私のことです。私が今ここにこうしていられるのは、三日前の森での狩りの最中に私を除くパーティーメンバーが全員死亡して、私が戦闘奴隷から解放されたからです」
大人たち五人は俺がアッシュであることを確認できたというだけの話だが、表情を失ったシェリルが無意識に俺に手を伸ばしてくる。その手を両手で握る。シェリルの向こうではサリアが驚きのあまり思わずオルカを抱きしめている。あの夜、乾杯の時に言った「数時間前まで奴隷だった」は本当のことだったから。彼女たちの中の「まさか」が現実になった瞬間だ。たまにはこの世にもそんな奇跡があってもいい。
「パーティーが全滅した時、奴隷紋が消えたので解放されたことがわかりました。そして、パーティーリーダーのドーガの遺品から四枚の約定書を抜き取りました。字が読めなくて自分の奴隷誓約書がどれなのか確認できなかったので、用心のため約定書は燃やさずにすべてそのまま持っています。そして、私は森からの帰還後、その足で南スラムギルドでパーティーの解散手続きをしました。その際、リーダーのドーガの認識票によって、ギルドへの預け金として保管されていた金貨四枚を受け取っています。デミトリーが探しているのがこの金貨ではないのなら、探し物は私が持っている約定書の方でしょう」
ウォーカーとオーサーが呻いた。虚実入り交ぜているので本当っぽいでしょ? このまま行けるかな? なぜ俺だけが生き残れたかというのは彼らが知りたいことの本質とは無関係だ。そこを突いても時間を浪費するだけだ。聞いてこないだろうし、聞いてきても誤魔化せる。
「ロック。それを俺たちに見せてくれるか」
だよね。頭良い人は回り道しないから好きだよ。
「もちろんです。ただ、事は重大で個人の思惑を超えたものになる可能性があります。そこで申し訳ないのですが、まずはこちらで約定書の内容を確認させてください。私の目的は私の奴隷誓約書の破棄です。その他のものには興味がありません。内容を確認できましたら、全てを皆様にお見せするとお約束いたします」
彼らがどれだけ俺に好意的な感情を抱いていたとしても、自分の家族や国と比べれば俺という個人を守るという思いが霧散してしまうのは当然あり得る事態だ。そう、彼らは貴族なのだから。
もちろん、男性五人にはこの部屋に入った時から『出納』スキルによる石、斧、矢、ナイフを多重ロックオン済みだ。俺の気持ちひとつで人間の串刺しができあがるはずだ。そして、あらゆる事態を想定して味方はこのソファーの上に集めている。今、彼らの頭の中では俺の周りが身内で固められたことに「そういうことか」という思いも当然あるはずだ。わからないのは武装しているのがオルカだけだということだろう。しかしそれも、俺が彼らに武器を持っている者よりも武器をもっていない者に対して、より脅威を感じているのと同じ思いがあるはずだ。『なぜお前だけが生き残れたのだ』という疑問は、高階位冒険者であればあるほど思考の沼に陥りやすいだろう。そしてその疑問と恐れは正解だ。お前たちが思っているのと同じように俺もお前たちを瞬殺できると思っているんだよ。
全てを呑み込んでウォーカーが言う。
「相分かった。ロック、俺たちはここで待つ」
「ありがとうございます」
この野蛮な冒険者に頭を下げる。この受け答えだけでも今すぐウォーカーに全てを見せてやりたくなる。「今すぐ見せろ」と言える立場のはずだ。こんなにわかりやすく熱い厨二病患者は今時、日本にだっていやしない。しかし、三日前の俺とは違って今は俺にも守るべき者がいる。もはや自分だけの命ではないのだ。だからプロはプロらしくいつも通り淡々と仕事を熟せばいい。なあ、ウォーカーそうだろ?
俺はまだ子供だから乾杯はできないけれど。
これを乗り越えたら友だちになろう。
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