第33話 プライベートレッスン
くっくっくっく。
兄と同じ明るい茶色っぽい栗色の髪と瞳。スラム育ちなので無駄なぜい肉などこれっぽっちも付いていないが、スラリと長く伸びた手足は細いというよりもスリムだ。イイネ。まさに、子供から少女へと変貌していく思春期まっただ中という感じの十三歳だ。
そんな女の子が、中身アラサー十歳児の俺と人気の無い廃墟で二人っきり……
ではない。オルカもいる。そして俺はそっち方面の趣味もないからそういう目ではこの二人を見ていない。精神年齢が今世の子供の俺にだんだん引っ張られているという感覚はあるが、まだそこまで低年齢化はしていない、はずだ。
ってなわけでルシアがトラウマを抱えそうなんで解消してやらにゃならん。この娘、あれからほとんど口きいてないぞ。
「なぁなぁ、ルシア」
軽い感じで話しかけたらビクっとして俺を見る。なんかちょっと傷つくなぁ。
「さっきさー、なんで負けたと思う?」
「……え。それは、オレの方が弱かったから」
ん? 俺っ娘なの? そういえばそんな口調だったかも? スラム育ちだからまぁいろいろあるのだろう。ここでは『女らしい』が不利になることはありすぎるくらいあるから。オルカは話を聞いているのかいないのか、ぼんやりした顔でこっちを見ている。
「まぁそうなんだけどさ。大事なのは同じ間違いをしないようにすることだと思うんだよね。俺を襲撃したこと自体が間違ってたわけだから、襲撃しないようにしないとダメでしょ? じゃあさ、まずはなんで俺を標的にしたの?」
「……一人だったこと。小さかったこと。串肉をなんのためらいもなく慣れた感じで買ってたから金を持ってそうだったこと……ナメてた」
いきなり三点も問題点を答えられるのは良い傾向だ。育成のし甲斐がある。油断はあったのかもしれない。しかし、その相手に対して、こいつらは陽動戦を仕掛けている。実際は責められるほど油断も相手をナメてもいないのだ。あ、ちなみにこの際『人を襲うな』っていう倫理の話はしない。そういうのはどこぞの平和ボケした国でやっててくれ。どっちかっていうとライズたちの方がおかしいから。
「一人の相手を狙うのは正解だ。相手の動きを見て周りに仲間がいないことを確かめるのもいい。その他の理由も襲う相手を選ぶ基準としては正しい。けど、安全確保の部分の根拠が無さすぎる。まあ、小さい子供相手に負けるはずがないと思ったんだろうけどな」
「油断した」
「そうだ。結果として油断したと言える。実戦では結果が全てだ。間違えたら死ぬ」
「死ぬ」という言葉に反応してふたりの顔が上がった。スラムの物盗りは命懸けだ。捕まったら死ぬまで殴られるなんざ普通だ。ネズミ相手と変わらん。あるいは害虫だ。
「じゃあ今が襲撃前だと仮定して、油断していないお前らの意見を聞こう。俺を襲わない理由はなんだ」
今度こそふたりの目の色が変わるのがわかった。
さぁ、楽しい命の授業の始まりだ。
「ふたりで考えてみなよ」
もし、あの時ああしていたら。
人生において誰もが一度は思ったことがある。
命が掛かっている事柄においてそれはありえない。なぜなら失敗した時には命を落としているのだから。反省はあの世でしても手遅れだ。
だが訓練は違う。だから訓練をする。失敗をするために。失敗から成功への道を見つけるのだ。
事前に行う戦闘概況と、事後の戦闘事後報告をやるのとやらないのとでは物事の習熟度に歴然とした差が開いていく。今からやるのはその両方だ。
俺を見ながらふたりしてあーでもないこーでもないと始まった。だって小さいぞとか、かわいいぞとか言ってるけどまぁ許してやる。
ルシアが泣きそうな顔を向けて言った。
「ボス、襲わない理由が見つかりません」
……いつから俺は猿山のボスになったんだ? まぁ、それは別としてなかなか良い答えだぞ、それ。
「ふーん。悪くないな。」
「でもそれだとオレたち……死ぬから」
そういうことだ。お前らにはまだまだ足りないものがあるってことだ。お前ら若いなーって言いそうになってやめた。
「ひとりで立ってたとしても、そいつが油断してるかどうかはわかる。あの場所で俺が何をしてるかわからなかったら、俺ならその時点でそいつは襲わない。不確定要素があるのは違和感だ。違和感は『嫌な予感』だ。それは、死だ」
ふたりが真剣な顔で聞いている。わざわざ「命の授業」などと言うまでもない連中だ。こいつらは弱い。弱いながらこの過酷な世界で生き残りを掛けて戦わなければならない。強くなれる要素があるならそれを手に入れなければならないと本能的にわかっているのだろう。こういう奴らはちょっとした切っ掛けで伸びる。
「俺が串肉を気前良く買ってひと口も食わないで歩いていたのはなぜだ」
ふたりの顔が絶望に変わる。そこには「そんなことがわかるわけない」と書いてあった。
「お前ら、ひとりの時に串肉買ったらどうする? その場で食わないで裏道に持って歩いて行くのか? まぁ誰かに持って帰るならそれもあるかもな。でも『かもしれない』は『不確定要素』だ。見極めるまで手出し無用の兆候だ」
絶望から真剣な目つきに変わる。百面相だなこりゃ。
「お前らから見て俺の格好はどうだ」
きれいだのすごいだの金持ちだのかわいいだの好き勝手言ってるのを無の境地で聞き流す。何個か聞き捨てならないのが混ざってる気がするがそれを手で制するとルシアが代表して答える。
「高そうな靴とズボン、上等な上着とフード付きマントが金になると思った。」
「それは誰の見立てだ?」
かなり悪くない。よく見てる。
「オレ」
「見立ては合ってる」
ルシアが肯定されたことでホッとした。
「だがそれだけだと死ぬ」
死を宣告されて、数秒前のホッとした雰囲気が一気に緊張感に包まれる。目の前の男は死神だったことを思い出したのだろう。
「お前の見立てが間違ってたから仲間全員が死ぬ」
ふたりに緊張が走る。ふたり共に緊張が走ってるのはいいね。打てば響く感じに、サービスしてやりたくなった。
「こんな格好でひとりで歩いてる奴はなんだ? 金持ってるなんていうのは馬鹿でもわかる答えだ。最悪の答えはなんだ?」
殊更ゆっくりとそう言ってやると、オルカが絶望の顔をして口を大きく開ける。ルシアが絞り出すように答える。言いたくないことを無理やり言うとこうなるっていう見本のようだ。
「き、貴族のお忍び」
それを聞いてオルカがガタガタと震えだす。俺の言動の異様さの正体がわかったのだ。貧民街でこんな口の利き方をする者などいないのだ。
さて、お灸を据えるのもこの辺りまででいいだろう。最後に悪魔の笑みを浮かべながら言う。
「それは最悪だなぁ」
効果的な間を挟んで。
「でも俺は貴族じゃあない。金持ち商人の息子でもないただの戦災孤児だから安心しろ」
ふたりが安堵からドっとその場に崩れ落ちた。
「今、ルシアが言った最悪の答えは俺が言ったんじゃないぞ。お前が出した答えだ。ま、ヒントは出したけどな。見た目の違和感なんていうのは一番簡単な相手の見分け方だ。俺の装備を見てただのカモだと思うか。それを使いこなす手練れだと思うか。カモだと根拠なく決めつけるのは簡単だ。大丈夫だろうは死ぬぞ。どうせ死ぬなら納得して戦ったあとに死ね。じゃないと死んだあとに後悔するぞ」
今日の座学はここまでだ。最後に「でも慎重になり過ぎるのもよくないからほどほどにな」と付け加えたが、しばらくは薬が効きすぎるかもしれないなぁ。まぁ、街中で人を襲うのはリスクがあることを知ってくれりゃそれでいい。
「よし、頭を使ったあとは体を使った授業だ」
フードマントを脱いで丁寧に畳んで汚れない場所に置く。腰から狩猟用ナイフを抜く。
「さぁ、どっちからだ?」
十分後『走査』に反応があった。俺はフードを目深に被って瓦礫に腰掛けている。
思ったより早かったな。『銀狼の牙』の面々と防具屋が現れた。




