01話 巻き込まれ
少し前、山菜を収穫しようと山へとやってきた俺は祠を偶然見つけてしまった。普段は村の近くの山にしか出向かわないが、探索がてら1つ隣の方まで来たのだ。その道中で偶然祠を見つけてしまった。禍々しい剣が突き刺さっていることを除いてなんの変哲もない祠。通り過ぎ用とすると不思議なことにどこからか声が聞こえてきた。
(すみません、そこの紳士。この剣を抜いてはくださいませんか?)
なんだこの声……どこから聞こえるんだ?辺りをキョロキョロ見回してみるが人影なんて一切見当たらない。
(ここです。あなたのすぐそばにある剣です。)
「剣が喋った!?どんな原理だ……?」
(驚くのも仕方ありません。ここに閉じ込められてから長い月日が経ちました。人が通ることも少なく、通りかかった人に声をかけても誰も見向きもせず通り過ぎるか恐れて逃げてしまう人ばかり。ここで会ったのも何かの縁……どうか話を聞いてくれませんか。)
随分と礼儀正しい剣だな。喋る剣に驚きつつも剣の側でしゃがみ込んでとりあえず話を聞くことにした。
――それから数分後。
「……なるほど。話をまとめるに、あんたは精霊で悪い奴に封印されてしまったからその剣に閉じ込められている。そういうことなんだな?」
(その通りです!で・す・か・ら・この剣を抜いて封印を解いてはもらえないでしょうか?お礼ならなんでも致します。)
話を聞き終えた俺はゆっくりと立ち上がり、剣を見てにっこり微笑む…………。
怪しすぎる!!何?悪い奴に封印されたってどういうこと?悪いことしたから封印されたというオチなのでは?大体良い精霊がこんな禍々しい雰囲気を醸し出す時点で怪しすぎるって村人の俺でも分かるんだが!そもそもこの剣の話を聞いて逃げた人達って俺みたいになんとなく雰囲気を感じ取った人達なんじゃないか?
脳裏をよぎる不安の真偽を確かめるために俺は剣に問いかけた。
「……あんた、何をしようとして封印されちゃったのかそこんところ聞いてもいいか?」
(――――――――――まぁ、色々でしゅ!ほら、あの…………世界を救おうとした的な?救おうとしたら逆に悪い奴に足元をすくわれちゃった的な?あれ、今の上手くないですか!世界を救うと足元をすくわれる……的な?あれ、これ凄くないですか!?)
…………誤魔化しやがったこの剣。それに焦って噛んでるし、どんだけ動揺してるんだ……。まぁ、大体話は分かったし、俺も見て見ぬ振りをするほどの悪人でもない。ここはひとまず!
「まっ、大変だと思うけど頑張って!それじゃ、俺はここで……」
(ちょちょ、ちょっと待ってください!話聞いてました!?こんなに困ってる精霊のお願いを無視するんですか!?そうだお礼!お礼はいらないのですか?金銀財宝ザックザク!今なら精霊も付いてお得なんですよ!ねぇちょっと……!待ってええ置いていかないでえええ……!)
引き留めようとする剣を横目に俺は山菜を求めて山を探索し続けるのだった。
剣の声が聞こえなくなる程歩き続けていたところ、ヤマダイコンが生い茂っているエリアを発見した。10本以上あるだろうヤマダイコンがこれだけあれば当分の食には困ることはない上に通常のダイコンと比べ大きさも味も段違い、何よりふさふさの上部の葉はサラサラふさふさでカツラに代用されるほどだ。売ればダイコンより高く売れる!
「こんなにヤマダイコンがあるなんて!今日の俺はついている!これだけあればしばらく食に困窮することもないし売れば結構な金になるぞ!」
喋る剣との件もあったが、そんな出来事を忘れるほど意気揚々とヤマダイコンを収穫に精を出しているとすっかり日が暮れてしまった。15本程回収したあたりで家路に帰ろうとした時、ある異変に気がついた。
「ん、なんだあの黒い光……祠のあたりから出てる…………まさかっ!」
誰かが剣を抜いたのか!?あんな胡散臭い説明を納得する奴がいるはずがない!
光の正体を確かめるために祠の方へ向かった俺は2人の人影に気付き慌てて草陰に身を潜める。祠に目を向けると突き刺さっていた剣が引き抜かれ1人の男の手に収まっており、矛先はもう1人の人物に向けられているが肝心の相手は黒いモヤがかかっていてよく見ることができない。
やっぱり抜かれていた!抜いた奴は……見たことない男。身なりが少し変ではあるが、村の人じゃないとなると冒険者?そしてあの黒いのが封印されていた中身ってことか……。
――――よし、帰ろう。
剣を抜いたあの人が冒険者だとしたら黒いモヤもなんとかしてくれるだろう。それに俺は当事者でもなんでもないから関わる理由もない。バレたら単純にヤバそうな気もする。ここはゆっくりと離れ……うわっ!
ゴロゴロゴロッ!バン!
背を向けて離れようとしたところ、背負っているヤマダイコンの重さに耐えることができなかった俺は二、三度地面と空を肌で感じながら2人の近くへと流された。
不意の出来事だった男は『ぎゃああ!』と声を上げ驚いた様子でこちらを見ている。
「おやおや、先ほど私を置いて行った紳士じゃないか。君が封印を解いてくれないからどうしようと思ったけれど、彼が封印を解いてくれたおかげで助かった。さて、話はこの辺にしておこうか。その忌々しい剣も破壊してやりたいところだが私も封印で力が弱くなっている事だしここは見逃しておくよ。」
そう言ってゆっくりと浮かび上がる黒いモヤは上昇を続ける。
見逃してくれる。とりあえず助かって良かったぁ。横にいる男も緊張から解放されたような表情をしているが、俺が見ていることに気が付いたのか慌てて黒いモヤへ睨みを効かせる。
「ふ、ふん!どうやら俺の力に怯えて逃げるみたいだな。さっさと去れ!この魔物風情が!」
やめろー!刺激したら何するか分からないだろ!バカなのかコイツ!バカだなコイツ!
黒いモヤに対して叫ぶが全く動じた様子を見せない。というか動揺しているのかも分からない。日中に見せた動揺が嘘みたいだ。とりあえずこのまま何事もないまま過ぎれば……!
「気が変わった。置き土産を送ることにするよダイチ君、そしてお隣の君には申し訳ないね。君は私を放置した罰ってことにしておいてくれ。」
空で静止した黒いモヤはゆっくりと人型へと形を変え右手を掲げ幾つもの魔法陣がこちらへ焦点を当てるように形成されていく。そして掲げた右手を男に向けて静かに放った。
黒の業炎
なにあの黒い渦炎!?あんなのに当たったら即死じゃねぇか!早く逃げないと……。真っ黒こげなんて冗談じゃない!急いでこの人と一緒に早く逃げ…………へっ?
「お前も早く逃げろーーーっ!丸焦げになるぞーーー!」
隣にいたはずの男はこちらを気にかける様子もなく全力疾走でその場を去っていた。
ふっざけんじゃねぇ!何1人で逃げてんだあの野郎っ!
俺は急いで体勢を立て直し、男を追いかけて走り出す。渦炎も俺たちめがけて迫ってきている。
「おい、あんた!この炎なんとかしてくれよ。あんたがあの黒い奴出しちゃったんだろ!?このままだと山ごと燃えちまうぞ!というか、その剣を抜いたからこの状況になっているんじゃないの?なんで刺さってる剣をわざわざ抜いてるの!?大体あの剣が怪しいの一目で分かるだろー!」
どうにかこうにか男に追いついた俺は並走しつつ、息を荒げながら男を責め立てる。
「仕方がないだろ!俺だって抜きたくて抜いたんじゃねえ!そこの道を通りかかっていたら、たまたま剣から声が聞こえてきて?『すみません、そこの紳士。この剣を抜いてはくださいませんか?私は悪い人に閉じ込められてしまった精霊なのです。助けてくれた暁にはお礼をいたします。』なんていうから俺の親切心で抜いただけだ!RPGだと大体は不思議な力がーとか、中に閉じ込められていたキャラが仲間にーっていうイベントだろ!こんなことになるんだったらあいつらと一緒にくるんだった!」
あーるぴーじー?何を言ってんだコイツは!?
「なんでもいいからこっちに迫ってきている炎をなんとかしてくれ!その剣に封印されてたんだから何かその……すごいパワー的なものがあるんじゃないのか!?」
男の持っている剣は黒いモヤが封印されていた時の禍々しい面影はすっかり消えていて、微かに光を帯びていた。上手くいけばあの黒い奴をもう一度封印し直せるかもしれない。
「そうは言っても炎がすぐそこまで来てるんだぞ!?それにやり方も俺は知らん!」
確かに男の言う通りだ。炎をなんとかしないと何も始まらない……全力で走りつつ何か使えそうなものはないかと辺りを見回す。
「…………あった!あれなら時間を稼げるかも!おい、あんた!炎を一瞬遅らせられるかもしれない!その間にあの黒い奴に一撃喰らわせてくれ!」
「本当か!?でもどうやって一撃喰らわせば……!アニメやゲームだとビームが出るのが鉄則だけど――出るのかこれ!?」
「それはあんたが考えてくれ!任せた……ぞっ!」
そう言って俺は勢いよく脚を蹴り上げ、木々から垂れ下がっている目的の草目掛けて手を必死に伸ばす。
…………取れた!!
「お前!こんな時に草を取ってる場合かよ!こっちは必死に考えてるってのに!」
「この草が役に立つんだよ!多分だけど、これは風吹き草って言って、衝撃を与えるとプロペラみたいな葉が回って風が吹く!これを組み合わせれば…………よし、できた!あんたは準備できたか!?」
何十にも重ねて冠状に作られた風吹き草を男に見せ、準備が完了したことを知らせる。男もたかを括ったのか、互いに目を合わせ頷く。逃げていた背を正し、向かって来る炎の地面めがけて冠状の風吹き草を勢いよく叩きつけた。
カサカサ……ビュンビュンビュン!
叩きつけた衝撃で風吹き草は地面から上空めがけて物凄い勢いで炎を巻き込み炎柱となり
黒いモヤとの壁になる。だが、それも一瞬で風吹き草は炎の熱で燃え尽きた。でも狙いは逃げることじゃない。あの黒いモヤを封印すること!壁が崩れ、炎が再びこちらへ向かうその瞬間、黒いモヤの姿が見えるこの瞬間を待っていた!
「……今だ!!」
男に合図を叫ぶ。
「一か八か!どうにでもなれ!!」
剣を低く後に構えた男は勢いよく剣先を黒いモヤへと突き出す。それに呼応するように剣から光が溢れ出し、勢いよく黒いモヤへと一閃が放たれ加速して黒いモヤを包み込んで空へと突き抜けた。剣から光が消えた時には炎も黒いモヤも消え去っていた。互いにボロボロな状態の中2人顔を見合わせる。
「もしかして倒しっ……!フゴッ!ファンヒュンダオ!」
「あぁやめろ!フラグを立てるようなこと言うな!これでさっきの奴を倒せたならそれで良し、一時的にいなくなってても俺はすぐこの村から離れるからそれで良し!とりあえずお前はフラグを立てないようにすること!」
突然口を塞がれた俺は顔を左右に振ってそれを振り払う。
「おい、無責任なこと言うな。大体あんたが剣を抜いたからこんなことになったんだからな!冒険者なら後始末もちゃんとやってくれ。俺の住んでる村だって結構近い…………おい、あれ!」
俺は指を指す。男は追いかけるように指された方へと顔を向けた。
「ん……?んなっ!?」
光が消えて視界からも消え去ったはずの黒いモヤが一瞬の瞬きで先ほどの空へ再び姿を見せた。先ほどと様子が違う……弱っているのだろうか。少しモヤが欠けていた。
「魔王として不覚だった……その剣に力が残っていたとは…………。」
あいつ魔王って言った!弱ってる!
「あんた!チャンスだチャンス!さっきのやつでトドメを刺すんだ!」
「あぁ――魔王!俺がここでお前を倒してやる!ハァァア!」
男は先程と同じように剣を構え勢いよく黒いモヤへと突き出した。
「……くっ、ここまでか」
すると先程と同じように剣から光が出るはずなのだが――出なかった。呼応してくれた剣がうんともすんとも反応してくれないのである。
まさかの事態に俺を含めた3人に沈黙が走る。その数秒後、沈黙を破ったのは黒いモヤだった。
「間一髪だった――その剣の限界が切れていなければ私はここでやられていた……か。貴様ら、ここは見逃してやろう。先程の攻撃を防ぐので殆どの力を使ってしまったからな。だが貴様らの顔は覚えたぞ。この借りは必ず返してやる――それまで悠々と過ごしておくがいい!」
そう言い残して魔王こと黒いモヤはどこかへと消え去っていった。危機が過ぎ去った俺と男は一歩も動くことができずにその場でへたり込み、ついには倒れ込んだ。
「どうにか――なった……のか?」
「知らねえよ。最悪なことに顔は覚えられた。どうするんだよこれから……最悪だ。これから俺の異世界ライフに魔王というデバフがいつでも入ってくることになるんだ…………。あいつらにもどやされる。」
「あんた冒険者なんだろ?だったら魔王を倒したらいいじゃないか。それで解決だろ」
「お前簡単にいうけどな〜――はぁ、まあ今はこの開放感を味わうのが一番だな。そういえば名前まだ聞いてなかったな。俺は林 大地。よろしくな」
「俺はアルス・ベンディクス」
互いに名乗ったところで辺りはすっかり夜になっていたので、俺はダイチを連れて村に戻ることにした。村の人に炎について尋ねられたが、魔王の封印を解いた……なんてことを言えるわけもなく、焚き火をしていたら山火事になったというのも今思えば苦しい言い訳だったかも知れない。その後は俺の家で夜を明かしたのだった。
――――それから2週間後
「よし、そろそろ行くとするか」
護身用の小型剣とお金を持って家を出た俺は、冒険者が集まる街“チュートリオン“へと目指すのだった。
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