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学蘭の魔法使いとスーツの魔王  作者: 砂糖 紅茶
池袋編
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1‐4 現実の帰還

「しかし腕を切らせますかねぇ」

「うーん……必要経費ってやつだよ」と、ソラは仕方なさそうに笑った。


「……少しムキになりすぎじゃないですかぁ?」

「……うん……夢夢、この現実世界にはさ、本当に魔法や空想的な出来事ってないんだよ。全く、これっぽっちも、一かけらもないんだ。

 願っても願っても……願っても願っても、どれだけ願っても異世界転生、異世界転移は起きず、偶発的に異能力を得るなんて、そんなことはない。

 二〇一八年の現代じゃ神経接続できるVRゲームもない。剣や魔法のデスゲームはないんだ。勿論のこと、僕が勇者的なものの子孫とか、未来人だとか、そんなこともない。魔法なんて……ないんだ。

 悲しそうに言うことのほうが異常なほどに、それは当たり前のことなんだよね。それを本気で悲しんでしまうほど、他者を羨ましがって、他世界を羨ましがった、劣等的な僕だった。

 心の何処かで転生や転移などの空想は、本当はないんだって心の何処かで悟りながら暮らしていくのが嫌な、馬鹿な僕だった。

 その僕が、何とか自力で魔法を手にした。誰にも言えないけど、誰にでも使えてしまうような魔法だけど……それでも。

 魔法を手に入れる前の、何も持たざる者だった頃より、何だか人間らしい気がするんだよ」


 夢夢は最後まで口を挟まずに聞いていた。聞き終えると同時に、呆れ顔を返した。


「バクは最速で自己犠牲という案を選択することが阿呆だと言いたいのです」

「はは……ほら、あり得ないことって、あり得ないでしょ?」

「あぁ最近口癖のぉ」

「僕みたいな平凡以下の高校生が、巨大な化物に勝つなんて、それこそあり得ないじゃない?」

「……どうして“魔法を使える高校生が”という主語に変わらないですかねぇ?」

「それはやっぱり……魔法を手に入れただけじゃ、僕が変わったなんて実感が湧かないからだろうね。むしろ自分の歪みを自覚するばかりでさ」


 包帯の隙間から覗く瞳が儚げなものから、徐々に力強い瞳へ変わっていく。


「そんな僕が、何の苦労もなくボスに勝つなんて“あり得ない”」

「……あり得ないことは、あり得ない……理由さえあれば良いわけですかぁ」

「うん。流石にいつどこで起きるかどうかもわからない異世界化が、いざ起きたってなっても軍隊は間に合わない。この場に軍隊が駆けつけられたとしても、あのボスに勝てるかどうかわからない。

 夢夢は阿呆だと言ったけど、そんな強敵に勝てるかもしれない、その方法が自己犠牲でよかったと思う。誰かを犠牲にしなきゃいけないなんて話より、気が楽だからね」


 夢夢は肩を落とし「本当に、阿呆ですねぇ」と言葉を落とした。それをソラは笑って拾ったようだった。


「さぁ、勝てるだけの理由は手に入れた──行こう!!」


 ────これより我、囮に入る!!


 ソラは意気込んで、地上へナース風のお姉さんと夢夢を残し、足元の剣の高度を上げ、巨大イケミミズクの視界に入った。

 無人の池袋。建物の中に、人が居ても、魔物に自分の気配を感じ取られまいと息を潜めていて、その存在たちは感じることが出来ない。池袋駅東口ロータリー前。異世界化によって発生した大量の古木。そして周辺のビルだけが、対決を見ている。

 青地の背景へ、白色で「TOUBU」と書かれ、中心のUだけは赤い四角で囲まれる看板を右側に携えて、ソラは大きく離れてボスへ挑発するように大声を上げる。


「モンスターバスター、基本その五ぉおおお!! モンスターの攻撃にはパターンがあることを知れぇえええええ!!」


 巨大イケミミズクの攻撃方法は、今のところ三種類。近距離であればソラが喰ったような旋回攻撃。中距離から遠距離においては、斬撃性を孕む突風や、突進からの啄み攻撃。そして大きく離れた現在の状況から繰り出される攻撃は、後者の二択に絞ることが可能。


 ソラはボスから見て左斜め方向にズレながら、距離を空けないように攻撃を待った。

 そうやって。突進攻撃を引き出した。ソラは上下ではなく時計周りに飛行し、さながら闘牛を赤いマントで誘うように回避を行った。


 ボスは空振りに終われば、再度突進。それでもソラは回避。時には突風。それも回避。突進。回避。突進。回避。突風。回避。突進。回避。

 

 唯々、東口前の空中を舞い合った。葉を揺らし合った。

 ソラが攻撃しないのには理由があった。


 ソラはボスに多少の知能でも搭載されていることを危惧した。搭載されているかもしれない知能によって、この後に用意した罠にハマってもらえないのは困る。

 だから、ただ逃げているように。

 ただ怯えているように。攻撃は怖くて出来ないです、と言いたげなように。最初の威勢はどこへやらと、出来るだけ無様に逃げ回った。

 そして。駅ビルを背にして地上に降りた。白地に黒色の文字で『池袋駅』少し開けて、一回り小さく『東口』の看板下。入り口を開けっ放しのビルを背に、ボスと中距離を開け突進を誘い出す。


 巨大イケミミズクが嘴を半開きにして迫る。瞬く間に、先刻千切られた、右腕の痛みが、記憶の中で蘇った。

 また、あんな目に遭うのかもしれない。

 ────怖い。怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!

 紅い無機質な眼が迫る。黒い巨体が迫る。

 

 ────逃げるな。堪えろ。堪えろ堪えろ。堪えろ堪えろ堪えろ堪えろ!!

 ソラは動かない。 破裂しそうな心臓と、逃げ出したがっている両足を抑え込む。

 ────堪えろぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!

 凡そ三メートルまでボスの嘴の、その先端が迫ったところで、ソラは足元の剣に意識を入れ、横へズレた。轟音が鳴った後、駅ビルが瓦礫となって崩れる音も続いた。

 ボスは突進をソラではなく駅ビルへお見舞いする羽目となり、巨大な頭から胴体半分までが、自ら崩した瓦礫に埋まったのだった。


「ぐぅ……ぅうう……!!」


 ──嘴はソラの脇腹を掠め、僅かに肉を削ぎ取っていた。右脇腹に熱が込み上げる。血管の運動が激化する。

 ────腕を千切られた時より、遥かにマシだろうよ。

 自分に言い聞かせ激痛を堪える。寝ている暇はないんだと、血液の細い道を作りながら、摺り足でボスへ近寄る。


「ふふ……はは……はははは……」


 思わず零れ出た笑いの出所。作戦が成功しかけているから、ではなかったのはなく、根源はどうも右脇腹に走る激痛にあったようにソラは感じていた。激痛が一度、想いを通過して禍々しい生の実感に変わっているような気がすると、

「アハハ……ハハハ……アハはハははははぁハハハ……」と、そんな自分が侮蔑的で滑稽で、笑いは止まらなかった。


 ────あり得ない、なんてことはあり得ない。

 そう思うのに、理解できないことばかりが起こる。ソラは作戦を全うする。

 ──意識朦朧に右腕を弱々しく伸ばし、一つ息を飲みこむ。


「────返してやるよ……お前の攻撃力……!!」


 六芒星魔法陣の中から取り出されたのは、剣ではなく────ハサミだった。

 腕を千切られた、鮮明な痛みの記憶を宿し、何度も使ったことのあるハサミの使用記憶と掛け合わせ、そうやって現れた銀色の骨組みのハサミは、ボスを容易に挟むほど大きい。

 ボスと同等、4メートル以上のハサミ。

 下の刃である静刃をボスの巨体の下から、遠隔操作で入れ込む。少し離れ、更に左手を上の取っ手、平柄へ、右手を丸柄へ意識を置き、ソラは両腕を縦に広げた。

 すーっと息を深く吸い込み、出来るだけの速度想像を限界に引き上げ、一発限定の拍手をした。

 それは刃が合わさる想像。

 ────ガイィィイン!! と、ハサミは勢いよく閉じた。


 初めて。ボスの絶叫が無音の池袋へ響き渡る。発生した衝撃波で、葉がざわめく。


『ぎ』で始まって『イ゛』を三十個ほど並べたような絶叫──────。

 攻撃は通った。しかし、ハサミは閉じ切っていない。ソラは、この倒せない事態を想定し、作戦を組んでいた。

 

「やっぱりな……ハァ……ハァ……後で夢夢に言ってやる……ネガティブじゃないけど……ハァ……ハァ……ネガティブが活きただろって……」


 ────攻撃力よりも防御力が上の設定でボスを用意しているかもしれない。

 この巨大なイケミミズクも、小型イケミミズクも、新宿に出現したというゴブリンも、魔王が作り出した存在である。

 もしも自衛隊などが、異世界化された土地に駆け付けた場合、銃火器で応戦することになるであろうことを、魔王が考えていないわけがない。小型の魔物はまだしも、大型の魔物を脆く作っている筈がないとソラは考えていた。

 ボスの嘴に喰いちぎられた。という体験を済ませて、同等の攻撃力を具現化可能になった。

 しかし。そうして攻撃力を引き上げた自分の攻撃でさえ、ボスの巨大な骨肉を断つ保証はどこにもない。

 巨大イケミミズクの身体は、刃の食い込みから黒い血を滲ませ、滴った血は零れ落ちた端から黒い霧へ変わっていく。

 胴体下半分をジタバタさせ、瓦礫から出ようと、胴を割りにかかる刃物から逃れようと足掻いている。


「お姉さぁあああああん!! 今でーす!!」

「は、はい! 光りの矢(ライトニング・アロー)!」


 突如、ハサミの取っ手上部分、平柄へ閃光が降り注いだ。ガツガツとハサミの取っ手を、上から殴りつけていく。

 ガガガガガガ────!! と、暫くの間、光りの雨がハサミの取っ手へ降り────ボスの脚が痙攣し、虫の息であることを知らせた。


「…………や……やった……」


 討伐達成も束の間、真の勝利を得ようと、ソラは夢夢を大声で呼びつける。

 瓦礫の真上に待機していた夢夢は、三日月を空中で乗り捨てた。体重など、まるで無いかのように、ピトっとボスの胴体下半分にくっついて止まる。短い鼻先をボスの身体に当て、白いパンツを履いたお尻をうねうねと回し始めた。


「むっふっふぅぅううう!! 美味しそうな奴めぇえええ!!」

「…………夢夢……あんた今、どう見ても変態だよ……」


 夢夢の上空間に、薄桃色の綿のような物体が集まり、膨らみを帯びていく。比例してボスの身体は小さくなっていく。隠れていた変型看護士制服の彼女は、恐る恐る近づき、ソラへ謎をぶつけた。


「何を……なさってるんですか?」

「えっと……彼は獏なので、人の夢を主食としているんです。で、ボスという夢の核を担う存在を、彼なりの食べ物へ生成してしまうと、その効力を失い、異世界化が終わるって寸法です」


 ソラの話に耳を向けながら、彼女は本を小脇に開く。


「このモンスターが…………夢……ですか?」

「はい。信じられないですよね。だからって夢オチじゃないので安心して下さい。そんな下らないことで、世界が首脳会議を行ったなんて、笑い話にもなりませんよね」


 彼女は「癒しの時返り(リターン・ヒール)!」と唱え、ソラの脇腹を治療すると共に会話を遮った。自ら問いかけて始めた会話から逃げるようだった。

 ────そろそろ彼女の身辺について聞いておきたい。

 耳に入れたくない話でも始まってしまったような対応を取る彼女。違和感を感じつつも、そんなことがなくてもソラは彼女について知りたい欲求が強くなっていた。

 場に流れる、勝利を収めた達成感に背中を押させ、先ずは傷を治してくれたお礼を一言、そして名前を皮切りに、彼女の正体に迫ろうと考える。


「ありがとうございます。あ、そういえば……お姉さんのお名前って────」

「出来たぁああああ!!」


 精一杯の勇気を出し、照れながらも彼女の名前を聞き出そうというソラの頑張りは、夢夢の歓喜にかき消された。ふと、目を配れば、ボスの身体の全てが消えてなくなっている。

 夢夢は桃色の綿を集束させ、白いパンツから割り箸を取り出し、そして綿へと刺した。


「…………何度見ても……どう見ても綿あめだけど」

「わ・た・ゆ・め! 綿夢わたゆめです! 夢夢の主食です!」

「獏って本当に夢を食べるんだって……今でも……最初に見た時と同じリアクションを取りそうになるよ……」


 縁日で販売されているような、割り箸に刺さった綿あめのような物体へ、夢夢は涎を垂らし蕩けそうな視線を注ぐ。


「魔王の異世界も、化物も、そしてソラ様の魔法も。全て夢世界を介して現実世界へ反映していると知ってる人間は、そう思うでしょうねぇ! おっほっほー! 美味しそうー!」

「今食べるの?」

「いんえ。異世界化が終わります。つまり、バクも此処には居られなくなります!」

「あぁ! そうか!」

「ふぁい! ではまた今夜ー!」


 では、また今夜、と言うと、夢夢は“綿夢”を白いパンツへ入れ、代わりに白半分と黒半分の扉を出した。それは人一人が易々と通れるほどに大きい。質量の法則を、まるで無視である。夢夢は颯爽とドアノブを回すと、扉の中へ消えていき、そして扉もゆっくり消えた。


「────ソラさん! 私、聖なる真っ白と書いて、ひじり真白ましろと言います!」


 夢夢が消えていくのを見送っていた、その背後から聞こえた。自己紹介にしては、やけに感情的な声だった。

 ────やった、名前が聞けた。何と名前負けしていないことだろう。

 彼女の華憐な容姿に相応しいと感想を抱きながら、瞬間的にソラを後悔が襲う。名前を名乗るのは、先ずは自分からだったと。急ぎ振り返り、名前を名乗る。


「僕は────」


 ──振り向くと、そこには居たのは現代のみだった。

 森林世界はなくなっていた。道路を覆っていた土も、苔も、木の根も、ビルに這った蔦も。僅かに黒い塵が霧散する姿が、名残り程度にソラの視界を掠め、直ぐに消える。崩れた駅ビル以外の全ては元の池袋駅東口前。

 そして。

 彼女──聖真白の姿もない。


「……星都ほしみや……ソラ……で……す……」 


 こうして。現実は帰ってきた────。

 ソラの名乗りは、無人無音の池袋駅、ボスが崩した瓦礫の中へ、静かに消えた。

 顔を覆っていた包帯は、気付けば緩んでいて、露わになった少年の頼りなさそうな垂れ目は、寂しそうに瓦礫を見ていた。

 夏を前にした温かな風が、眉毛を隠す程度に伸びた、深い茶色の前髪を撫でた。 

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