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学蘭の魔法使いとスーツの魔王  作者: 砂糖 紅茶
池袋編
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4/20

1-3 正気の奇行

 ①

 巨大イケミミズクは再び咆哮した。羽を広げ、胸を丸く張り、喉を鳴らして空気を裂く。発生した衝撃波で森林世界の葉が揺れる。

 そうやってボスは、彼女が放った攻撃の直撃に対して無傷を知らせていた。

 その場所は、まるで元々が森林の奥に駅を建設したかのような。変わり果てた池袋駅東口前、蔦が這い寄る駅ビルの、東武百貨店を背にした場所────。


「ソラ様ぁ! 今のって……魔法ですかぁ!?」

「僕も驚いてるよ! まさか僕以外に魔法を使える人間が居たなんて!」

「なんだぁ知り合いじゃないのですかぁ。戦力になる友人でも居たのかと思ったのにぃ」

「フフフフハハハ! 僕に夢夢以外の友人が居るわけがなかろうて!」

「暗さも突き抜けると、見てて痛快ですなぁ」

「五月蠅いよ!」


 巨大イケミミズクは広げた羽を、前方で手を合わせるように勢いよく畳む。

 女の子が後方へ吹き飛ばされ、横たわってゴロゴロと転がっていく。転がりながらも手で踏ん張り、スカートの中が見えてしまうことなど気にしない素振りで片膝を立て、これ以上吹き飛ばされないようにと堪えて見せた。

 すかさずボスが羽を後方へ折りたたみ地面を蹴って、追撃にかかる。

 ────僕は、彼女によって救われていたんじゃないか?

 刹那の中で疑問が一つ解決する。ボスが自分を吹き飛ばした後、追って来なかったのは、彼女がボスを引き付けていた。

 胸がざわめく。

 古木に隠れ様子を伺っていたソラは、気付けば足元の剣を、全速力で彼女へ向けて発進させていた。


 横顔で捉える彼女の視線は、ボスを見つめている。しかし動かない。近距離まで詰めていたソラは、思わず見惚れるほどの清澄な瞳の下に、涙の溜まりを見た。

 しかし口元は笑っていた。恐怖の奥底で正常な精神を失った、禍々しい笑み。

 ────今までの誰より、この人を助けたい。

 彼女が恐怖に震え、精神崩壊が笑みとして形となってしまった、その表情が、ソラの心を掴んだ。

 ────嗚呼、なんて頭のおかしい、素敵な人なんだろう。

 僕という人間は、何と最低な糞野郎なんだろうと頭では自分を罵りながら、得体の知れない彼女の狂気に、心を奪われていた。


「────すいません! 触ります! セクハラじゃないです!」

「きゃっ! っえ!?」


 ボスと彼女との間へ、割って入る形となったソラは、彼女の膝下と背中へ腕を入れ込むと、さながらお姫様抱っこの形で彼女の身体を攫う。格好良かった時間は瞬間的。

 初めて他人の体重が、両足で乗る剣へ掛かると、すぐさまコントロールを失ったソラは、彼女と共に倒れ込んだ。決して彼女を抱えた時、心臓にまで届くようだった甘い匂いに舞い上がった訳ではない。きっと。


 それでも彼女の位置を奥へとずらした甲斐あって、ボスは豪速で横を通り過ぎ、突進は空振りに終わった。巨大イケミミズクは地面に爪を着き、再び蹴り上げると旋回し鮮やかなUターンを決め、ソラたちを正面へ捉え直す。

 ────このまま彼女を守りながら戦うか。

 しかし攻撃が入らない。魔法らしい攻撃ならどうかと思ったけれど、それは彼女が既に試して失敗に終わっている。残された手段は。夢夢と彼女を守りながら戦えるのか。勝てるのか。

 いくつもの選択が駆け巡り、ソラは東口正面にある、二本の古木に阻まれた地下鉄へ繋がる地下通路の入り口を見つけると、逃亡を選択した。


「あそこ! 走って! 早く!」

「え!? は、はい!」

「夢夢ー!! 一旦地下に逃げよう!」

「ふぁいふぁーい!」


 地下通路入り口近くで浮遊停止していた夢夢、名も知らぬ女の子、ソラの順に、古木の隙間に身体を入れ込む。暗がりの中へ全ての身を入れ終わると、轟音と共に古木の合間から嘴の先が飛び出した。

 今にも古木を引き裂きそうな威力ではあれど、どうやら斜めに下る階段の中へ、巨体を入れ込んでくる気はないらしい。

 そう判断した一員は、耳を澄ましながら階段を下りきる。無音状態を感じ取った全員が、光沢ある地面にお尻を着けた。三名分の安堵が溜息となって零れて、地下の真っ暗闇に呑まれた。


 面々は階段の麓から動かなかった。地面はツルツルした手触りを感じ、自然世界に侵食されていないことが理解できるものの、無音であり、人の気配を感じ取れないほどに暗闇である。

 薄く光りが射し込む階段の麓で、助けた女の子が冷静さを取り戻すと、先ずはソラの顔を包帯に危機性を感じた様子だった。


「ハァ……ハァ……あ、ありがとうございました! あの! 顔中酷いお怪我を負ったのですか?」

「ハァ……ハァ……え? あ、いえ……ハァ……ハァ……これは、正体を隠す為であって、怪我ではないんです」

「えっと……身体中の切り傷は……お怪我ですよね?」

「あ、そ、そうですね……」

「治します」

「…………はい?」


 看護士制服の変型系とも思える衣服の裾を揃えて、彼女は正座に座り直すと抱えていた本を開き、手慣れた手つきでピタリとページの捲りを止める。聞き取れないほど小さい声で、呪文らしき文章を詠唱し、「────癒しの時返り(リターン・ヒール)」と言った。

 彼女が最後に翳してみせた右手の平から、薄緑色の発光が溢れ、ソラの身体を包んだ。光りに温かな温度を感じていると、肩と背中を打った痛みが引き、身体中の切り傷が塞がった。


「…………す、凄い」

「他に痛いところはありませんか?」

「あ、は、はい! 大丈夫です!」


 頬を染めるソラとは対照的に、夢夢は冷静に会話の指揮を取る。


「見事なものですねぇ。お嬢さんについて色々と聞きたいところではありますが……先ずはボスを何とかしたいですねぇ」


 彼女はやや丸顔である顔の横位置で両拳を華憐に握り、意気込みを知らせる。


「私もお手伝いしますよ! 攻撃が得意とは言えないですけど、回復魔法や防壁魔法は得意です!」

「ですって! ソラ様! 彼女を視野に入れて何か作戦立てましょう!」


 ソラは顎に手をやり沈黙する。

 直ぐに口は開かれ、その内容は、「…………あの、その回復魔法っていうのは、どんな傷でも治せるんですか?」といったものだった。


「どんな傷でも、というと語弊はありますけど……例えば腕や足が切断されたとしても、切られた手足が残っていて、命を繋いでいればくっつけることはできます。蘇生となると無理ですけど」


 ソラがなるほど、と再び思慮に入り込むと同時に、「とはいえ、攻撃が入らないんですよねぇ」と夢夢が言って、全員が黙り暗闇は深さを増したようだった。

 ソラの剣による物理攻撃も、ボスの肉は通さない。彼女の魔法攻撃も無傷。打つ手がない────。

 そう思われた現状で、ソラだけは違うことを考えていた。

 ────倒す方法は、有る、と考えていた。


「────有る。倒す方法、有るよ」

「ぉお! ソラ様! 頼もしいじゃないですかぁ!」

「どんな方法なのですか?」とナース風の彼女が聞いた。


「…………ちょっと、ここで待ってて」

「ぇえ!? ソラ様一人で倒すのですかぁ!?」

「いや、違うんだ。少し準備が必要なんだ。頼む。ここで待ってて」

「…………ソラ様、いつになく根暗が顔に出てますよぉ?」

「はは……大丈夫だよ。言っただろ。根暗は卒業したんだ」

「ふぅむ。じゃあ言い直しますけど、いつになく思い詰めた表情ですが、大丈夫なのですかぁ?」


 夢夢が言葉を改める真剣さをみせたものの、ソラは暗闇の深い方へと顔を向け、言葉だけを投げ返していた。夢夢へと振り返る頃には、包帯の隙間から夢夢以上に真剣な瞳が覗いた。


「もう異世界化が始まって二〇分は経ってる。このままボスを野放しにしてたら、残り四〇分か、もしくはそれ以上か、ずっと被害が増え続ける。悩んでる時間が勿体ないんだ」


 暫し、全員が沈黙すると、ソラは口を挟ませまいと、「行ってくるね」と笑顔で一言置いた。

 階段を駆け上がり、地下通路の入り口を塞ぐ、今にも縦に破れそうな古木の隙間に身体をねじ込み、再び陽の光りを浴びた。

 立ち去り際に放った笑顔が、地下を覆う暗闇の不穏さに加えて、言い知れない不吉感を巨大に落としていった。


 

 ②

 ワンピースのような一枚布型である衣服の白さを、薄い光りが照らしていた。

 短すぎる裾を座りながら引っ張り、今にも見えそうなお尻を隠したり、アームウォーマーを引っ張ったり、看護士帽のような帽子の位置を整えたりと、彼女は落ち着きを見せない。そして遂には、胸中に溜まりを作った──嫌な予感を吐き出す。


「……ど、どんな準備をするのでしょうか?」

「……多分、危険な準備ですねぇ」

「ど、どう危険なのですか……?」

「バクにもわからないんですよねぇ。ただ……ソラ様の魔法はルール付きなんですよ。そのルールを利用するんじゃないかと思われますねぇ」


 彼女は徐に、膝に乗せていた、少し草臥れている本に目をやる。


「契約……か、何かでしょうか?」

「……質問を返すようですが、お嬢さんは何かと契約して魔法を手にしてるのですかぁ?」

「は、はい。神族の加護を授かっています」


 元々現実世界で生活しているわけではない夢夢にとって、その発言は“単なる理解出来ない人間文化”の一つとして捉えた。

 ────時々、ソラ様が口にする意味不明な単語の一種か。

 その程度の感触を夢夢に与えて、話は変わらず続く。


「お嬢さんとソラ様の魔法は違います。ソラ様の魔法は【体験】を【具現化】しているのです。脳内に存在するイメージや記憶から直接形にするので、お嬢さんのように詠唱やアイテムを必要としないのです」


 便利そうですね、と彼女は返す。


「そうでもないですよぉ。それは魔法と呼ぶには、あまりに現実的で、ひょっとして魔法と呼ぶには不相応なのかもしれません。何せ、体験より上の単なる妄想や想像は形に出来ない、といったルール付きなのですからぁ」

「は、はぁ……」


 夢夢は乗り物に使用していた三日月を背もたれにしてお腹の肉を寄せて座り、短い前脚でお腹を摩りながら、溜息を一つ零した。


「あぁ……お嬢さんに説明してて理解しましたぁ」

「何をですか?」

「ソラ様は、多分この後、重症を負って戻ってきますぅ」

「ぇえ!? な、何故ですか!?」


 もう一度毒気たっぷりに溜息を零す。それは彼女へ向けられたものではなく、其処にはいないソラへ向けて呆れをぶつけたものだった。


「──ソラ様は、魔法を使えるようになる直前、ナイフで腹部と両脚の、計三か所を刺されています……超ウケます」

「いえいえ……可哀想ですよ……」

「その時、身体で味わったナイフという金属が身に入り込んだ感触や、傷口を中心に全身まで響き渡る激痛感覚がソラ様の記憶に残ったわけです」


 苦痛を感じ取る彼女の顔が歪む。


「それと、これはバクには分からないことですが、ソラ様はゲームというものがお好きなようで。中でもブイ……? アール……ゲーム……でしたっけ……と、いうゲームは、視覚聴覚を丸ごと仮想世界へ投影し、何もない空間から剣を出して振ったり出来るそうで、その体感度は現実と言っても過言ではないそうです」


 そのゲームの正体を知らない様子は、彼女も同様の様子であり、理解難しそうに取りあえずの感じで頷いた。

 夢夢にとっては、知らない人間も居るのか、程度の感触だった。


「ナイフで刺された経験や、痛みの記憶。それと剣を生成する記憶が残るわけですねぇ」

「なるほど。その二つを掛け合わせてるんですね」

「ぇえ。つまりはこれで、“ナイフ程度の攻撃力を持った剣”なら生成出来るというわけです。あの巨大な魔物に攻撃が通らなかったのは、その辺りが理由なのでしょう。

 この辺り一体を爆破したり、あの怪物を粉々にしたりという万能さは持ち合わせていないんですよぉ」


 そこまで言うと、彼女はソラの作戦の、その内容に思い当たり、手を口で覆い、悲痛な表情を浮かべる。

 未体験の痛みは形に出来ない。

 体験した痛みを剣に宿すことができる。

 ────今、ナイフで刺された時以上の痛みを体験するとしたら。


「まさか……攻撃を、わざと受けに行ったってことですか……?」

「恐らく。ソラ様って阿呆ですよねぇ」

「一人で行くほうが危険性が高いじゃないですか……なんで一人で……」

「…………短い付き合いなので憶測になりますけど、バクたちに作戦を伝えれば、自分が故意に重症を負う姿を我々に見せるのは酷と考えたのかもしれませんし、もしくは、そんな作戦は許可出来ないと言い合いになるのを恐れたのかもしません。

 ソラ様が出て行く前に言ってたように、時間が経てば経つほど被害は増えます。即決がソラ様の中で正しい選択だったのでしょうねぇ──」


 ────ジャリっ。

 地下へ続く階段へ入り込んだ、異世界化によって発生した土と、コンクリートが混ざり合う音が響いた。それはソラの帰還だった。

 夢夢の予想通り、重症を負って。

 右腕を失って。

 左手に、自分の千切れた右腕を持ちながら。

 テン、テン、テンと、音を垂らし。今にも血は、水溜まりの規模に成る。


「きゃ……きゃぁあああああああ!!」

「うーわ……やっぱり……生きてますかぁ?」


 倒れ込み、苦痛の叫びを上げる。右腕は肘から先がない。けれど無い筈の右手の指先から、痛みが神経を走り回っていた。


「っぐぅ……!! ぅうう……!! はぁ……はぁ……うん……今にも……ぁああああ!! …………気絶……しそう……だ……けどね……」


 ソラはフラフラと彼女へ近寄ると、自分の千切れた右腕を差し出した。


「嘴に……がっ……ああああ!! ……くい……喰い千切らせました……はぁ……はぁ……これ……な……治せますかね……?」

「治せますけど……どうして……どうしてこんなことを!」

「僕の魔法は……はぁ……はぁ……っ!! ……ルール付きでして……想像未満のことは…………ぅううううっ!! …………形に出来ません……それに……」


 それに、これできっと勝てますから。ソラは弱々しく言った。

 やがで彼女の魔法によって、ソラの右腕が、左腕と長さを揃えた。暗闇の中で、この後の作戦を指示するソラが着るパーカーは真っ赤に染まっていて、そこから感じ取れる痛々しさとソラの決意に二名は口を挟めなかった。

 そうやって三名は、再び森林世界の光りを全身で浴びた。


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