3-3 接吻の伝言
①
「ソ……魔法使いさん!! 今直ぐに聞いて欲しい話があります!」
「え? は、はい……」
魔王の姿が消えても、古城は消えずに秋葉原に居座っていた。
縦にも広大なフロアの、高く突き抜ける天井から室内を照らすシャンデリアの付近にて、聖真白はソラの腕の中で切迫して言葉を放った。
その声量は盛大で、フロア内にて一先ず終了した戦いに胸を撫でおろす面々にも聞こえているほどだった。
白く小さい帽子の下にある、ボブカットでまとまった毛髪から甘い香りがソラの鼻へ駆け込む。至近距離に迫る、全ての思考を停止させる綺麗な瞳。薄着のワンピースの胸元生地がハート型にくり抜かれ、そこから覗く強大な白い谷間にソラは冷静を保てなくなりそうになった。
「と、とりあえず降ろしますね?」
頬を赤らめながら申し訳なさそうにソラが言うと、彼女は首を横にブンブンと振った。
「駄目です!」
「え……な、何故……」
「私なりに理解しました。きっと……私もう直ぐ消えちゃうんですよね?」
魔王がこのまま彼女を現実世界に残しておくメリットはない。
彼女は現代医療も驚愕の回復魔法を使用できる。見たところ思考までも魔王に操作されているわけではない為、人間側の戦力として立派に成り立ってしまう。
その彼女を何時までも残しておくわけがないと考えるのが妥当だった。
「だから急いで聞いて欲しいことがあります」
「は、はい。聞きます」
────ひょっとすると、魔王に関する何かしらのヒントを与えてくれるかもしれない。
真白から次の言葉が放たれるまでの、短い瞬間の中でソラは予想をつけた。
魔王の本名、年齢、住所、現在地、能力の弱点を含めた詳細。それら全てが謎のままであり、先刻消え去った魔王の容姿さえも本当のものかどうか定かではない。
どれか一つでも情報を得られれば、このまま逮捕に漕ぎつけることが可能になるかもしれないと、ソラは彼女の言葉を期待して待った。
「──愛してます!」
フルに回転させていた思考を全て停止し、ソラは言葉までも失った。
「──私、聖真白の全てを貴方に捧げます!!」
「…………はい?」とソラは、放たれた言葉に対して失礼なリアクションで迎えた。
下で盗み聞きしながら見守る隊員、水髪、夢夢の誰がどうみてもそれは、堂々たる愛の告白だった。
しかし当人であるソラには一切の喜びは湧かず、むしろこれも魔王の作戦の内の一つか、とソラは妙に冷静だった。
「そんなこと言って……僕を動揺させようという作戦で──」
「時間がないんです! しっかり聞いて下さい!」
「……は、はい!」
彼女の眉間に皺を寄せ、目尻に少しばかりの涙を溜め、必死な瞳で自身を真っ直ぐと見つめる姿は、ソラにとって嘘の装いには映らなかった。
「二目惚れなんです!」
「ふ、ふため……?」
「巨大な梟の魔物と一緒に戦った時です」
そこまでの発言が、ソラには思い当たる節を呼び起こした。
────あぁ、命の危機を救ったからだ。
そう納得を得ると妙に気持ちが冷める。彼女は自分を好いたのではない。
────命の危機を救われたことや、一緒に激闘を潜り抜けた吊り橋効果を経由して、恋心が生まれたと錯覚していることに気づいていないのだ。僕には恋愛経験などないが、よく聞く話じゃないか。
それらを彼女に自覚させようとソラが、「や、」と口を挟もうとした。
「──貴方が笑った時です!」
「…………え?」
自分の思い当っていた部分にない言葉が飛んでくると、ソラは言葉を詰まらせた。
「私……実は……命の危機とか怖い場所に行ったりすると性的興奮を催すんです……。最初に貴方を目撃したのは、魔物に吹き飛ばされた時でした。
私、つい癖で……目の前に脅威を発見して、横取りする為に割って入ったんです」
快楽を。と彼女は恥ずかし気に付け加えた。
池袋の異世界化時、ソラへ追撃を仕掛けようとした梟型の魔物は、彼女の快楽を満たす為に阻まれていたことをソラが知る。
ソラの命を守る為ではなく、危険を横取りする為に。
「──その後、貴方に同行させてもらって……貴方が片腕を無くして戻って来た時、凄いゾクゾクしました。この人……一体何を考えてるんだろうと……全く思考が読めない奇行に、凄い胸が熱くなりました!
その後です……もしも梟の魔物を倒しきれなかった場合、私が追撃を行うように言われて身を隠してる時……貴方は脇腹を抉られて、それで貴方が思わず笑ったのを覗いてました。
思わず出てしまったような……瞳も、口元も、きっと精神も……歪んで見えました。その歪みに……私は共鳴と……膨大な好意が湧き上がりました!!」
ソラが彼女は生を実感しているのだと、自分たち人間と変わらない存在なのだと決定付けた出来事を通して、同様に聖真白もまたソラの何かを感じとっていた。
彼女は極めつけに、「濡れました」とソラにある種のトドメを刺した。
「な、何を……」
聖真白が異性を感じさせると、途端にソラは手に触れている彼女の温かい感触は、命の危機を救わなければならない人間のものではなくなった。
────僕が、女性を抱っこしている。しかも自分に好意を寄せる女性を。
全てが華憐で淫靡に感じる。
右腕が触れている、ナース風ワンピース越しの薄い生地の向こうに感じる彼女の腰。
左腕が触れている、上着の裾の短さで露わになった太ももの感触。太もも半ばから伸びていく白いニーハイソックスがまた淫靡に感じる。
栗色の瞳は自分に潤いを持たせて真っ直ぐと見つめ続け、同様に瑞々しい厚めの唇が色気を醸し出している。
彼女の唇は、残された時間が少ないことを知っている為、忙しく動く。
「初めて知ったんです。私が自分で抱えて病んでいたような狂気を……それを傍から見た時に、こんなにも興奮的なんだって……同時に私の歪みが正当化されたような救われた気分も込み上げて来て……もうそれから貴方のことばかり考えているんです」
彼女の言葉を受け止める男性としての器量も、人の言葉を鵜呑みにするような初心さも、ソラは両方を持ち合わせていなかった為、言葉を詰まらせたまままだった。
「最後に貴方から梟の魔物は夢だと聞いて……それで悟りました。
私は存在しないんだって……住む世界が違うとか、そういうことじゃなくて存在自体していないんだって……自分の暮らしていた世界に戻された時、私は自分の胸に焼き付いて離れない恋心を痛いほど味わっているのに……この気持ちも存在しないのかなって……暫くは暗くなりましたけど……」
ソラの瞳が哀れみで緩むと、今になって彼女の言葉が染み入った。
「──だから、思ったんです。もし次に会えたら、絶対に伝えようって。
全部正直に、私の歪みも変態性も……全部嘘をつかないで喋ろうって思ったんです……存在してないのに……自分の気持ちまで隠してたら、存在意義自体も失ってしまうと思って……」
好きなんです。と、全ての想いを伝え終わるまで、真白はソラから一度も視線を外さなかった。
切迫した様子の彼女の想いに、何か言葉を返さなければならない──ソラが口を開きかけた時、彼女の身体から黒い塵が舞い始めた。
──夢の時間は、終わりを迎えた。
真白が自分の身体が塵化していることに気づくと、それまで大人しくソラの腕の中で納まっていた上半身を起こす。
そしてソラの唇に、自分の唇を重ねた。反動で飛んだ涙が、ソラの頬に付いた。
彼女は唇を放すと、「──本当は、全部捧げたいですけど……時間がないみたいなので」と言って、池袋の時と同じく笑って、泣いた。
「……真白さん! 絶対に! 会いに行きます!」
ソラは言ったが、根拠のない発言だった。
真白は満面の笑みでソラの言葉を迎えると、その笑顔を絶やさないまま自分の身体全てを黒い塵に変えた。
ソラは彼女の姿を焼きつけようと、風に溶けていく黒い塵を至近距離で見つめていた。
「────!!」
真白の姿が全て消える直前。何かを見つけたソラが慌てふためき、塵化している彼女を指で攫った。
その指には『=』や『?』、『!』などの──極小の記号が付着していた。そしてそれも直ぐに消えた。
「……何で……何で気づかなかったんだ」
片手剣に両足をつけ、呆然と立ち尽くした様子のままソラの身体はゆっくりと床へ降りて来る。
全てを聞いていた水髪が、気まずい様子で、「……何て言っていいか」と、近寄る。
ソラは眼帯と帽子の鍔に表情を隠したまま、「松平さん……」と呟いた。
「……え? マツさん?」
「松平さんに連絡入れなきゃ!」
「ど、どうしたの?」
「──パソコンです! パソコンだったんです!」
ソラは水髪に迫るように言った。
「魔王は、地球という世界にゲームをインストールしてるんです!」
「……ど、どういうこと?」
──黒い塵の正体は、記号の集合体だった。そのことからソラは、異世界化は、プログラミング技術であるのではないかと推測を立てた。
その情報を、聖真白は意図せずソラへ捧げていた。
重要な手がかりを掴んだことで、ソラは此度の戦いの勝機を見出すと興奮気味に全員を集め始めた。
玉座の前に一匹の獏と黒い服の集団が円陣を組んでいると、入り口の木門からうめき声が上がった。
『ア゛ァ……』と、喉を鳴らしただけの、発音にもならないような、フロアに居る全員に死を予感させるほどの不吉な声。
暗い緑色の肌の上からメイド服を召し、ゆらゆらと動きながら門に集団を作っていた。ポニーテールやショートカットなど、装い様々である頭髪。髪をボサボサに乱れさせながらメイド風の死霊が軍と成り眼前に迫っていたことを知る。
「……今度のゲームは……ゾンビものかよ……」
ソラは愚痴を零しながら、両手を左右に広げて二本の片手剣を出現させ、空間上に停止させる。それに続くように黒く武装した集団は銃を構え、夢夢は三日月に乗って地上を離れる。
六月一七日、日曜日。
魔王との交渉が決裂し、銃のけたたましい連射音が、秋葉原駅を中心とした1キロ圏内で轟き始める。
②
秋葉原中央通り、大型家電量販店スモールカメラ、大手質屋大白屋が位置する広い交差点上に、突如腰を下ろした古城前に死霊が群れを成していた。
異世界化と同時に全ての電気系統が停止する為に、魔王が作り出した存在である、その古城だけが地上で光りを放ち、後は満月の灯りが頼もしく空を照らしている。
今宵の異世界化は外観にこそ変化は乏しく、魔物の量が異常なほど多い。
死霊の大群が古城の入り口を塞ぎ、街中にも散らばると、たどたどしい足つきで生命の刈り取りに乗り出していた。
城の中では入り口の木門を向いて特殊警備隊が意図的に列を作り、最前列が発砲後に後方へ下がると銃弾の補充を行い、次の列が前に出るといった、交代での攻撃を行う陣を敷いていた。
銃の轟音を止ませない、その列の後方に隠れながら、魔王の正体に関する情報の再確認を行う為、水髪が大声で魔法使いへ投げかけている。
「──で、何でマツさん!?」
「そのまま素直に考えるべきでした! 僕は、何度も異世界化の世界をゲームのようだ、とか感想を胸に浮かべたり……ゲームだったらどういう風にプレイするかとか考えて勝機を見出して戦ってきました!
そのままだったんです! 魔王は恐らく、パソコン上で作ったゲームを、この現実世界に反映……インストールするといった能力だと推測されます!」
ソラの唇から真白の唇が離れる──その至近距離で彼女の身体が黒い塵へ変わり、空間へ忘却していく最中、黒い塵は記号の集合体であることを目にしたソラは、一気に魔王の正体へ近づいた気がしていた。
「ゲームを作るのには時間が掛かります! だから異世界化は一定の間隔を空けていたのだと思われます!
さっき消えてしまった彼女は恐らくNPC……ノンプレイヤーキャラクターとして製作された存在ないんじゃないかと思います!
それが何らかの不具合で、現実世界に反映されてしまった……いわゆるバグ的な存在なんじゃないかと思うんです!」
「…………ごめん! 自分、ゲームを全くしないから、何を言ってるかさっぱりだよ!」
水髪は時折、入り口方面へ身体を乗り出し、五発の銃弾を打ち終わると、後方へ下がり、ポケットから銃弾を取り出し、シリンダーへ親指で押し込んで行く。
ソラは後方から入り口方面を見渡し、宙に浮かぶ剣を二本、躍らせながら水髪との対話に応じた。
「刑事さんの経験から言って、身元の特定に繋がりませんかね!?」
「……難しくないかなぁ!? パソコンだけじゃあ、逆探知も難しいよ!」
「いえ! 例えば……今、パソコンが起動されていて、ゲーム作成関連の職業で、生み出された作品はMMORPGも、ゾンビFPSも、ハンティングアクションもあって……そんな多岐に渡って、それでいて全てが高水準の完成度でゲームを作ってる会社って、そんなに多くはないと思うんですよ!」
なるほどね、と大声で相槌ながら、水髪は再び前列に出ると、銃弾を使い切って戻って来る。
ポケットの中に残された、少ない銃弾の感触を右手で確認すると、水髪は補充を行ったきり、動くのを辞め話に集中した。
「外部で待機してるマツさんに知らせることが出来れば、一気に逮捕に近づくってわけだ!」
「そういうことです!」
「可哀想だけど……ことがことだし……大手ゲームメーカーで働く会社員、全員連行するのも手か!」
「後で僕が謝ります!」
「ははは! じゃあ今するべきなのは──」
「──はい! 戦闘じゃありません! 逃亡です!」
「だね! 先ずは電気が通ってる地域まで出ないと! 携帯が繋がらない!」
「やっぱり無線は駄目ですか!?」
「駄目だね! 恐らく最初は城がある領域だけが異世界化の範囲だったから無線は使えてたけど、ゾンビが現れてから範囲が広がったと思われる!
さっき試したけど携帯のカメラ撮影のような独立型の機械は生きてても、電波を介するものは駄目らしい!」
じゃあ先ずは、外に出ないと。とソラが言ってはみたものの、入り口の木門には死霊の灰緑色が敷き詰まっていた。
腕を撃たれようとも足を撃たれようとも、五体不満足の姿のままに、床を這って前進を行う。うめき声を上げながら、その軍は既にフロア中枢にまで戦線を押し上げている。
ソラがその不利な状況を確認すると、宙を舞っていた二つの剣を消し去った。
入り口に背を向け、玉座の後ろの壁を見つめる。
深く息を吸い込むと、脳裏に池袋の激闘が浮かび上がる。
右手を真っ直ぐと伸ばすと、巨大なハサミがのそっと魔法陣を割って現れた。
その両刃を閉じたまま、先端を壁に突き刺した。
「──巨大イケミミズクは池袋駅を壊した。城くらい……想像上の城くらい壊せる筈」
耳を突くような金属音がフロアに響き渡る。
──しかし。ハサミの刃を先端に壁に押し付けたまま、そこで止まった。
「……そうか。そういうことかよ!」
魔王は最初から交渉が決裂するものとして、訪れるであろうソラを閉じ込める為に城を用意していたのだと、ソラは理解した。
魔王という自分を餌にソラを誘い出す。そして自分は消えて魔物で入り口を塞ぐ。破壊不可能な壁の内側で、ゾンビたちに襲わせる。
そういう算段だったのであろう。
攻撃力が巨大イケミミズクと同等にまで跳ね上がったソラの攻撃を通さない内外壁の防御力が、それを物語っていた。
──しかし、魔王には計算外の存在が居た。
「……あ……ぁあ!!」
この城を壊せる者が一匹だけこの場に居合わせたことにソラが気づく。
その獏は空中で三日月にお腹を引っかけ、だらしなく浮遊停止している。
「夢夢ー!!」
「なんですかぁ?」
「ここ! この壁! 食べて!」
「あーなるほど! ふぁいふぁいさー!」
「皆さん! 夢夢を死守して下さい!」
大声で指示を飛ばしたソラに、怒号のような返事が返って来る。
男達は列を組み、銃をひたすらにぶっ放しながら、背中で一生懸命壁に噛り付く、一匹の獏を守っていた。
夢夢のお腹が膨れ上がると、やがで玉座後ろの壁に、人間が一度に二、三人は通れるほどの穴が空いた。
「げぇっぷ。もう食えねーです」
「夢夢ありがとう! 皆さん!」
「──全員、退避ぃいい!!」
──城の後部に空いた穴から、黒い群れが湧き出る。
切迫した精神と未知の魔物が襲い来る恐怖を押し殺しながら、必死に思考をフル回転させ、大声を上げて指示を飛ばし合う。
大声と銃声が秋葉原中に轟いた。
「──ソ……魔法使い君!」
「何ですか水髪さん!」
「君は逃げろ! ここは自分らに任せるんだ!」
「……皆さんは逃げないんですか!?」
「空を飛べるのは君しかいない……ゾンビの量を考えると地上を伝っての逃亡は無理がある! マツさんと連絡を取って魔王逮捕に乗り出せるのは、現状君だけなんだ!
それに僕は君との約束がある! 犯罪者が何処かで息を潜めているかもしれないし! 逃げ遅れた人も居るかもしれない!
君は逃げて魔王を捕まえろ!」
三日月にお腹を引っかけて、ふよふよとソラへ近づいた夢夢もまた、逃亡を促す。
「ほれ、行きますよぉ」
「……で、でも!」
「まーた童貞殿下っぷりを発揮しやがって! 城内で空中に逃げてたバクですけど、話は聞いてましたよ! 魔王の所在が分かりそうなんでしょう!?
時間が勿体ないですよぉ!」
ソラは今にも泣きそうな顔で、「……すいません」と水髪に零した。
水髪は笑顔でソラの言葉を受け取ると、銃を片手に灯りのない秋葉原の電気街へと駆け出していく。
ソラもまた片手剣に乗り込み、夢夢と共に空高くまで上がる。
ゆらゆらと歩行する大群が、秋葉原中を埋め尽くす地獄模様を、満月の薄明かりが照らしていた。
「……こんなに……」
「うぉぇ……いくら夢でも、あの化物は食べたくないですなぁ」
池袋の時とは、比べ物にならないほどの魔物量。恐らく、魔王は今回の異世界化に大自然の造形を施していないことから、その手間をモンスターの量を増やすことへ充てたことが、ソラの中で推測された。
浪漫風学ランの魔法使いは満月のシルエットになったまま、その空中に停止した。
「……残弾数……」
「はぃ?」
「水髪さん……弾の補充をしたっきり、一発も撃たなかったんだ」
夢夢は、ソラが何を言おうとしているのかを理解した為か、「……はぁ」と溜息を零し、飛んでくる発言より先に諦めの念を見せた。
「きっと残弾が少ないんだ……こんなに居るのに、少ない銃弾で間に合うわけがない……」
ソラの視線は前へ向かず、後ろめたく古城を見つめたまま動かなかった。
「──ボスですよぉ」
「え?」
「後一時間近く異世界化が続いたら、武器がなくなることを考えるとあの刑事を始めとして多くの人間が死にます。
一度電気の通う範囲に真っ直ぐ飛んで行って、外部に連絡を入れて、速攻であの男の元へ戻りましょう。で、ボスを倒せば異世界化が終わりますですぅ」
「……夢夢……ありがとう!!」
「五月蠅い! この童貞神が!」
「何か僕、神格化した!?」
魔法使いの少年は、直線的に秋葉原を脱出する為、夜の闇を滑った。
三日月型の乗り物に乗った、呆れ顔の黒い獏が後を尾けてきていた。
耳先と円らな瞳の目尻を垂らし、何処か温かい微笑みのような、そんな呆れ顔を魔法使いの後ろで浮かべていた。




